またね。
誰にも言えない、秘密がある。
その日、僕は友人と遊ぶ約束をしていた。
小学校からの親友で、中学も同じ、高校も同じ。
大学は違って、ソイツは県外へ行く。
最後に、2人で遊ぶ約束をしたのだ。
「おっせぇ!」
「ごめん」
待ち合わせに遅れてしまった。
悩み過ぎて眠れなかったとは言えない。
謝った直後にバスが来て、焦って乗り込む。
昼前なのにも関わらず、人は多かった。
並んで手摺りに掴まる。
受験を過ぎたからか。
よく見れば、同じ年代の子達が目立つ。
卒業式も終業式も終わって、やっと一息つける時期だからだ。
彼は明日には旅立ってしまうけど。
僕はずっと悩んでいる。
彼に話そうか、話すまいか。
「遅れたんだから、飯、奢れよ」
「………マックね」
捻りが無いなどと言われたが、それは無視した。
どちらかが遅れたらファーストフードを奢るという暗黙の了解が、いつの間にか出来ていた。
最後くらい、とは思ったけど。
予告通りの場所で食事をし、大型レジャー施設で遊び回る。
バスケにバッティングにボーリング。
その間、別れが近付いている事を、2人とも口にしなかった。
いつも通りにしていたかった。
多分、彼も同じ心境なのだろう。
明日の別れなど嘘のように。
やっぱり言えない。
彼は此方へ全く帰って来なくなる訳ではない。
年に数回は戻るだろう。
地元なのだから。
時折、寂しそうな顔を見せていた。
話さない事にしよう。
縁が遠くなってしまう前に、打ち明けたいのが本音だ。
でもそれは、自己満足なのかもしれない。
僕が楽になりたいだけという。
帰り道、彼が送れというので家まで向かう。
僕らの家は、バス停を挟んで反対方向なのだ。
彼の家に向かう道先には、太陽が沈んでいく。
とても眩しい。
眩しくて、目を開けていられない程だ。
両脇に立ち並ぶ家々が夕焼けに赤く染まり、黒い影を落としている。
夕日は、こんなにも照りつけて自己主張が激しいのに、何故もの悲しいのだろう。
「お前と友達で良かったよ」
不意に彼が話す。
秘密の話をする時の声で。
「ウチの親が離婚した時にさ、お前だけはいつも通りに遊んでくれただろ?」
はにかむように、僕をチラリと見た。
そんな事……。
ただ、どうしていいか分からず、自分だったらいつも通りが良いと思っただけだ。
「……うん」
彼も僕も、家が近付くにつれて無口になっていく。
寂しくなって俯くと、彼の影を視界の端に捉えた。
目線をそのまま背後に動かせば、どんどん長くなっていく2人の影。
並んだ影を見たら、無性に話したくなってしまった。
そんな考えを振り払おうと綺麗な夕焼け空を見上げる。
だけど勝手に、口から言葉が零れ落ちていた。
「……僕、男の人しか好きになれないらしい…」
さっき話さないと決めたのに。
どうしよう。
嫌われる。
拒絶されたら最悪の別れだ。
「…そうか」
彼は目を細めて、濃い橙と薄い青が交代劇を繰り広げる空を眺めながら言った。
呆気なさすぎる返事で、よく理解出来ない。
「…気持ち悪く、ないの…?」
恐る恐る、尋ねた。
彼はまだこっちを見ない。
見ないまま、
「ないよ」
と、言う。
そして、いつもと変わらない眼差しで僕を見た。
「何となく、分かってた」
「…わ、分かり易いのか?」
「言われなきゃ気付かない程度」
かくれんぼで、僕を発見した時のような笑顔。
彼の両親が離婚した時、僕らは8歳だった。
泣きそうな顔の彼をいつも通り遊びに誘って、でも、その顔を見せたくないだろうと思った。
「かくれんぼしよう」
「……幼稚だよ」
「いいから。お前が鬼だからな」
彼の気分が落ち着いて、僕を探しに来るまで待っていた。
その時も、今日みたいな綺麗な夕暮れで。
親友は、やっぱり親友だった。
「……泣くなよ」
「うん…」
しぶとい落陽に、目を焼かれているみたいだ。
離れても、一生友達で居てくれる奴なんだと思えた。
自分が同性しか好きになれないと気付いた時、死のうと考えた。
欠陥人間なのだと思った。
自分が嫌いで、何故こうなったのか親を恨んだ。
けれど、彼はいつもと変わりなかった。
変わらない強さもあるのだ。
自分を受け入れられるようになるまで苦しかったけど、身近に変わらないものが居てくれるのは、とても心強い。
そしてまた、彼は変わらなかった。
彼のその強さは恐らく、家族との別離を体験した時に培われたものだ。
よく遊びに通った、見慣れた家が見える。
僕は笑って、手を振った。
彼も、笑って手を振った。
お互いに、何だか恥ずかしかった。
照れくさくて、ありがとうと言えなかったけど、今度会えたら言おう。
だって、ずっと友達で居てくれるんだろう?
長く伸びた自分の影を踏みながら、帰り道を辿る。
アイツと友達で良かったと、嬉しくなる。
ふと顔を上げると、紫色に染まっていく空に、星が輝いて見えた。
またね。