大切なもの
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魔龍が広げたその翼は、夜空よりも黒く、闇よりも禍々しい光を放っていた。
その姿は、まさに魔の龍であった。
リオは突風に飛ばされた際に足を痛め、動けない状態にあった。
これで残り動くことの出来るのは美紀1人となる。
美紀は今、リオ以外の倒れている連中を救助している最中である。
つまり、無防備。
リオは美紀に向かって叫んだ。
「美紀逃げて!!このままじゃあんたも」
リオの声が聞こえたらしく美紀が振り返る。
「大丈夫…あたしも……闘えるから」
美紀は口を一文字に結び、強い眼差しで魔龍を見る。魔龍は、リオから美紀へと意識を変える。
低く唸り、美紀を威嚇する。
しかし美紀は動じない。
ゆっくりと両手で地面に触れ、詠唱のように言葉を唱える。
「聖なる大地、強き力、今命を得て、敵を切り裂く刃となれ、我を守る盾となれ」
その詠唱に伴い、美紀の周りの地面が隆起し、二つの形へとなっていく。
「石傀儡、牛頭!馬頭!」
その形は意思を持ったように動き始めた。
斧槍を持った人間の体に牛の頭を持つ人形。
両刃の剣を持った人形の体に馬の頭を持つ人形。
両方魔龍と同じくらいの大きさであった。
突然現れた不可解な物体に魔龍は少し警戒する。
「行け……牛頭、馬頭」
美紀の指示で二体の人形が走り出す。
走る振動で地面が地震のように揺れるので気持ち悪い。
と、リオが思っていると、目の前に一体の石で出来た人形が立っていた。
大きさは2mほどの鎧兜を纏った武者だった。
武者は何も言わずにリオを肩に担ぎ上げて美紀の方へ走り出す。
石ながら中々速いので多少驚いた。
あっという間に美紀の元へ到着。見ると、ライズ達も回収されていたが、煉だけ見当たらない。
「煉君は……まだ助けられてないの……岩に深くめり込んでる」
美紀はリオの考えを読んで説明した。
むこうでは二体の人形と魔龍が大乱闘を繰り広げていた。牛頭の斧槍が魔龍の体を打ち付け、馬頭の剣が切り裂いていた。
魔龍も自分と同等のサイズを持つ人形、しかも二体同時は辛いようだ。
魔龍は翼を羽ばたかせ、その場から少し離れたら場所へと移動する。
当然、牛頭、馬頭は魔龍の元へと駆ける。
牛頭は左から、馬頭は右からそれぞれの武器を降り下ろす。
完璧に決まった。そう思われたが、違った。
それぞれの武器が魔龍をとらえようとした瞬間、牛頭と馬頭の動きが停止したのだ。今まで動いていたのが嘘のように止まっており、ただの石像と化していた。
「何で……?何で動かないの…」
美紀は二体の人形に向かって指示を出すが、ピクリともしない。
魔龍は、動かなくなった二体の人形を、頭の双角で貫いた。
右の角は牛頭を、左の角は馬頭を貫いていた。
それでもまったく動かない二体。
魔龍は止めとして、角を一度引き抜き、回転の勢いを乗せた尻尾で二体の人形を上半身と下半身に引き裂いた。
もはや原型を残さず、ただの土塊となって地面に降り注ぐ。
魔龍は美紀へと狙いを定め、一気に接近する。
美紀に襲い掛かろうとする魔龍の前にリオが立ち塞がる。
風の刃を連続で放ち、視界を潰そうとするが、止まらずにリオを撥ね飛ばす。
巨体から繰り出される体当たりはリオに甚大なダメージを与える。
リオは地面に落下し、気を失った。
魔龍は邪魔者がいないことを確認し、美紀に向かって口を開ける。いびつな形の牙がいくつも生えており、人間の肉を引き裂くのは簡単である事がすぐに分かった。
美紀は恐怖にかられて動けなかった。
震える足は言うことを聞かない。
美紀は死を覚悟して目を強く閉じる。
その時、
「火爆……飛脚!!」
岩に埋まってるはずの煉が、炎を纏った跳び蹴りを魔龍の顔面に当てる。
「もう一丁っ!!」
さらにもう一蹴り浴びせる。その脚撃で魔龍の牙が数本へし折れた。
「はあ…はあ、間に合った…」
煉は肩で息をしている。
かなりのダメージを受けているようだ。
「煉…君」
「おう、悪いな。遅くなって。抜けるのに結構手間取っちまってさ」
「うん……でも、リオちゃん達が…」
美紀は目に涙を浮かべて倒れて気を失っているリオ達を見る。
「お前ら…」
「あたし…何も出来なかった…守れなかった…」
泣きながら煉にすがり付く美紀に煉は、
「美紀、お前がいなかったら、もっとヤバかったと思うぜ?後は任せろ」
優しく励まし、煉は魔龍に向き合う。
先ほどの魔龍の攻撃で煉は、肋骨三本、内臓破裂数ヵ所の重傷を負っている。
さらに右腕にヒビ、拳は砕けていた。
戦う前から差は大きすぎる。勝つことはまさに夢のまた夢である。
しかし煉に撤退の二文字は無かった。
意地ではない。
仲間を傷付けられたからだ。シヴァからやられた時も、煉は怒り狂った。
今の煉は、許せない。
この気持ちで動いているのだ。
「う…うう、煉…?」
煉が戦闘に入ろうとした時、リオが目を覚ました。
そしてリオだけでなく、ライズ、十蔵、ウェドも目を覚ます。
「お前ら、無事だったか。安心したぜ」
煉は少し笑って駆け寄る。
「煉こそ、大丈夫……じゃないよね?」
ライズが倒れた状態で煉を見る。
「お互いだろ。まあ心配すんな。速攻で片付けるからよ」
「無理でござるよ。煉殿の体は…拙者達よりもボロボロで…ござる」
「本当は…動くのも……相当キツいはずだよ」
十蔵とウェドが煉を止めようとするが、
「確かにボロボロだよ。でも、今動かなきゃ、ヤバイからよ」
煉は鋭い視線を魔龍に向ける。
魔龍はどうやら回復したようで、ゆっくりこちらに接近してくる。
「やらなきゃなんねえ時があるからなあ!!」
煉は自分のエレメントを再び解放する。紅蓮の炎を身に纏い臨戦体勢に入る。
そこで、煉は自分の体の異常に気付く。
エレメントの解放が一次解放で止まっているのだ。
煉は二次解放をしたはずだったが、今ではこれが限界らしい。
煉は舌打ちして悔しげにうめく。
「ちっ……これでやるしかねえってか」
その煉に向かって魔龍が拳を構えた状態で駆けてくる。
お互いの距離がみるみる縮まっていく。
やがて目の前まで接近しま魔龍が煉と周りに倒れているリオ達に拳を振り下ろす。
「させるかよおっ!!」
煉は右腕に炎を集中させた拳、火禺鎚を魔龍の拳にぶつける。
その瞬間、煉の右拳が完全に砕けた。
激痛にふらつきながらも、魔龍を押し返す。
しかし追撃の左の拳が再び振り下ろされる。
「火禺………鎚ぃっ!!」
煉は右ではなく、左の拳を打ち放つ。
再びぶつかり合う黒い拳と炎の拳。
「なめんなあああっ!!」
何とか押し返す。
しかし、今度は左の拳を痛める。折れてはいないが、使うことは不可能だ。
両手を使用不能にされた煉に魔龍は、しっかりくんだ両拳を振り下ろす。
決まれば死ぬ。
防ぐにも術がない。
魔龍の一撃は容赦なく煉に叩き込まれた。
普通の人間なら即死の攻撃。しかし、その拳の下では、まだ煉が生きていた。
上半身を曲げてリオ達の上に覆い被さるような形で魔龍の一撃を受け止めた。
体からはいくつも出血してえり、額からも血を流していた。
それでも煉は、倒れなかった。
「おい………クソ角蜥蜴野郎」
煉が地から響くようなドスの効いた声を発する。
「こいつらに…手ぇ出すんじゃ…ねえよ」
拳の下から見上げる煉の瞳は、赤に染まっていた。
「大事な…仲間によお」
煉が自然に口にしたその言葉は、煉に1つの答えを与えた。
大事な仲間。
「親父も…同じようなこと…言ってたっけ」
煉はその時、爛が言っていた言葉の意味が分かった。
「本当の強さは……力じゃねえ。大切なものを…守れること…か」
言葉の意味を理解した煉は、危機的状況にかかわらずにかるく笑う。
そして、自分のエレメントに語り掛ける。
「なあ…聞こえてるか?エレメントよお。気付くの遅くなって悪かったな…」
返事はない。それでも続ける。
「今さ、お前の力が必要なんだ。こいつら守る為に…」
反応が感じられない。
それでも、煉は続ける。
「こいつを倒す為にじゃない。仲間を守る為に力をくれ。俺がどうなってもいい!この先何があってもいい!!だから…!!」
煉は魂の底から叫ぶ。
「俺に応えろ!!エレメントォォォォォッ!!!!!」
その瞬間、煉の体から放たれた膨大な炎が煉とリオ達を包み込む。
炎は巨大な柱となり天を貫く。
魔龍は今までと違うことを感じ、後ろへ飛び退く。
これが、煉の進化の始まりである。
次回をお楽しみに