欲しがり義妹が、今回は欲しがりません!
「お姉さま? 私、そのドレス欲しいわ」
「……」
義妹からのいつもの要求が出た。それを義母は笑って褒める。
「リリアちゃん、偉いわ! 遠慮無く欲しがれる子は強いのよ」
「……」
「ディアナ、早くあげなさい! あなたにはその淡い色のドレスは似合わないわ。ホントにあの女に似て、執着するんだから」
私に嫌みを言う女性は、私の義母だ。
そして、彼女が馬鹿にしているのは、私の亡き母だった。
義母は、父と母が結婚する前、父から言い寄られていたそうだ。
「あなたのお父様は、本当は昔から私を好きだったのよ。それなのに……」
「奥様が病気で寝込んでいる時も、あなたのお父様は私のところに来ていたのよ。困った人よね」
義母から何度も聞いたセリフ。
父は、母を裏切っているのかなとは薄々思っていたが、確信したのは、母が病気で亡くなった後。
父が、義母と義妹を屋敷に連れ込み、義妹のリリアが私の2歳下であると知ったときだ。
私は父からの愛情をあまり感じていなかったので、父に愛人がいたと聞いても、他人事のような気持ちだった。
(私を産んだことで母が病気がちになってしまったから、父は私に興味がなくなったようだし)
義母は、屋敷に来てから、すぐに我が物顔で屋敷の女主人として振る舞うようになった。前からいるメイド達は、最初は戸惑っていたが、仕事なので嫌な顔をせずに従っている。
「なに黙っているのよ! 欲しいと言っているんだから、リリアちゃんにあげなさい!」
私は黙って、リリアにドレスを渡す。
「……わーい」
リリアは人の物を欲しがる癖があり、母親に似ているのかもしれない。
ドレス、アクセサリー……そして友人まで。 私のものは何でも欲しがり、義母がうるさく言うので、私は諦めて渡していた。
◇
そんなある日、私の元に婚約者が会いに来た。
「やぁ、ディアナ。今日も素敵だね」
「こんにちわ。ルヒト様」
彼は、侯爵家の次男であり、我が侯爵家に婿入りする予定だ。
でも、私はこの婚約者が苦手だ。
有能で顔も良い。そしてお調子も良い。 女性にもモテるので選び放題のはずだが、何故か私に執着をしてくる。
確かに、私は次期当主だが、我が家以上に裕福な侯爵家はいくつもある。
(まぁ、でも彼としては、これくらいのレベルの侯爵家をのし上がらせることに面白みを感じそうだわね)
私がルヒト様と一緒に屋敷の庭に出ると、義母とすれ違う。
「あら! ルヒト様。こんにちわ。今日はリリアもいるので、あとから挨拶に行かせますわね」
「夫人、お邪魔しています」
これまでの義母の態度から見れば、考えるまでもない。
義母は、彼をリリアの婚約者とさせたいのだろう。幸いと言うべきか、タイミングが合わずに、今までリリアはまだ彼に会ったことがない。
(でも、今日会えば、たぶんリリアは欲しがるわね)
彼女がほしがるなら、婚約者を渡してしまおうと思う。
どうせ彼が見ているのは、私自身ではなく、侯爵家当主の私に興味があるんだから。
(そのときは、当主をどうするかも考えなければならないわね)
「お姉さま! 今日はお姉さまの婚約者様がいらっしゃっているとお聞きしまして」
「こちらが、ルヒト様です。ちゃんとご挨拶しなさい」
「ルヒト様。はじめまして。リリアです」
「はじめまして」
ルヒト様はニコニコと応対する。この笑顔に歓声を上げる女子生徒を何人も見たことがある。
リリアも、この笑顔を見れば、一気に彼を自分の物にしたくなるだろう。
しかし、私の予想に反して、リリアの反応は薄かった。
「……」
「リリアも、ご一緒して良いですか?」
「あぁ、もちろん!」
ルヒト様はそつなく会話をする。 私と話をしつつ、リリアにも話を振る。 リリアはニコニコとしているが、積極的に話そうとはしない。
(ルヒト様のことを気に入りすぎて、緊張しているのかしら……)
◇
ルヒト様が帰り、私とリリアの二人きりとなった。
「……お姉さま」
「なに?」
「あの人、怖いくらいお姉さまのことを……いやなんでもありません」
(いつも何でも私の物を欲しがるのに、ルヒト様のことは欲しがらないのかしら?)
ルヒト様が帰り、私とリリアが部屋に戻ろうとしたとき、義母が現れた。
「リリアちゃん。ルヒト様って、あなたにとってもお似合いだわ。ディアナにはもったいないわ」
「でも……」
リリアがいつもと違って、少し戸惑っている。
「リリアちゃんには、婚約者がまだいないから、ちょうどいいじゃないの。次期侯爵夫人になれるわよ」
「……」
いつもだと、リリアは「欲しい!」と騒ぐのだが、今回は大人しい。
そんなリリアの様子を見て、義母は目をつり上げた。
「ハッキリ言いなさい!」
「はい……」
「欲しがらない子は、私の子ではありません!」
リリアが黙り込む。
義母はリリアを猫かわいがりしていると思っていたので、義母が怒る姿に驚いた。
「……欲しいです」
「そうでしょ? 今日初めて会ったばかりだからね。何度か会ってお近づきになりなさい」
義母はそう言うと、満足げに去って行った。
私がいるのに、私の婚約者を欲しがれというなんて、内心少し笑ってしまった。
ただ二人の様子を見て分かったことがある。
リリアは、欲しいから欲しがっていたんじゃない。欲しがる子どもとして育てられていたのだろう。
「……」
リリアはその場に立ちすくんでいた。
「……ねえ、欲しがるだけじゃダメなのよ?」
リリアが顔をあげる。
「え?」
「本当に欲しいのか自分に聞いてみる。そして、本当に欲しいなら、自分で勝ち取る」
リリアは納得が出来ないような顔をしている。
「……欲しいなら、欲しいって言い続けるんでしょ? それでもダメなら奪うんでしょ?そうお母様からは言われてますわ」
私はため息をつく。
「全然違うわ。いいわ。私があなたに手本を見せるから、見てなさい」
私はリリアを連れて、父がいる執務室へと向かった。
私は扉を叩く。
「ディアナです。今よろしいでしょうか」
「……入れ」
私たちは執務室に入る。 父は机で帳簿を見ている。
「お父様。最新の会計専門書を買いたいのです」
「最新の? 今あるのではダメなのか?」
「えぇ。帳簿の管理をするのに最新の知識を得ていた方が効率よいと思うのです」
「ふむ……いくらなんだ?」
「銀貨10枚なんですが、出してもらえませんか?」
「10枚?!」
父が腕を組んで考え込む。
「さすがに高すぎないか?」
「そうですよね……。じゃあ、代わりに学園の図書室で書き写してきます。インク代や資料代として、今月のお小遣いに銀貨6枚足してくれませんか?」
父が少し考える。
「3枚」
「5枚」
父の提案に対して、私が間髪入れずに言う。
「……4枚」
「お父様。成立ですね」
父がため息をつく。
「誰に似たのやら……」
◇
執務室を出ると、リリアが興奮している。
「すごい……! お父様は、物は買ってくれるけど、お金はくれないのに!」
「これが、欲しいものを勝ち取るための交渉よ」
リリアは目をキラキラさせている。
「欲しいものがあれば、叫んでもダメ。奪ってもダメ。自分で手に入れるのよ」
「はい! お姉さま!」
「あなたはルヒト様が欲しいのよね?」
「え……まぁ……そうですね」
「だったら、ルヒト様に求められる女性になればいいのよ」
「求められる……」
「そう。欲しがるんじゃなくて、欲しがられるようになればいいの。だから――明日から特訓よ!」
「え? ……わ、分かりました」
リリアの歯切れが悪いのが少し気になったが、侯爵家の長女として、リリアをちゃんとした淑女にしなければ。 ルヒト様の婚約者としてふさわしい淑女にさせる。私は使命感に燃えだした。
(手っ取り早く、ルヒト様から、どんな女性が好きなのか聞いた方が良いわね)
◇
「ふーん。それで、リリア嬢を、僕好みの女性にさせるっていうわけね」
「えぇ。いまはまだ幼いし、少し我が儘なところがありますが、ルヒト様にぴったりの素敵な女性に育てて見せますわ。ルヒト様は必ず好きになってしまうと思います」
「……僕が好きになる、ねぇ」
「なので、ルヒト様はどういう女性が好きですか?」
「僕は君の婚約者だっていうことは分かっているよね?」
「ええ。もちろんです。ルヒト様は『次期侯爵当主』の婚約者ですわ」
「……なんだか誤解しているようだけど……まぁ今はいいや。僕が好きな女性は、勉強熱心な女性、落ち着いた女性かな」
「わかりました! 教育してきます!」
「君はどうなんだ?」
「え?」
「君はどういう男性が好きなんだ?」
「私ですか?」
「あぁ。僕の好みを聞いたんだから、不公平だろ?」
「私は……わからないです……」
「わからない?」
「強いて言えば、私のことを好きな人……でしょうか」
「……そうか! 安心した!」
「安心? よく分かりませんが、良かったです」
◇
「お姉さま? この山積みとなっている本は?」
リリアが軽く震えている。
「ルヒト様は知性的な女性が好みだそうなの。だから、まずはこの図鑑を読みましょう」
「わ、私、本を読むと少し頭が痛くなるようで……」
「頑張れば頭痛も消えるわ! 求められる女性になりたいでしょ?」
「え、ええ」
「今日から頑張るわよ!」
リリアは、一瞬ギュッと目とつぶる。そして、目を開けると、覚悟を決めたように背筋を伸ばした。
「お姉さま。私、頑張りますわ!」
私の予想を超えて、数週間後には、リリアは、本をどんどん読み進めることが出来るようになっていた。私が用意した図鑑以外にも、私が読んだことのない本や教科書なども読みあさっている。
「お姉さま、教えて欲しいんですが。このページに書いていることなんですが……」
「あたたた……ちょっと頭痛が」
「お姉さま。頑張れば頭痛が消えますわ!」
(リリアに、こんなに速読力と読解力があるなんて。予想外の才能だったわ)
知性は私を超えそうな勢いなので、次は落ち着いた女性の特訓だ。
「今日は、落ち着いた女性を学びます」
「はい! お姉さま」
「どんなことがあっても驚いてはいけません」
「少し怖いですわ」
「淑女として動じないことが大切ですわ。声のトーンも落ち着かせて、表情もわかりやすく出してはいけません」
「お姉さま!」
リリアが震えながら大きな声を出す。
「今言ったばかりでしょ? 大きな声を出さずに――」
「お姉さまの肩に、大きな虫が!」
「……ぎゃーっ!!」
屋敷中に、私の叫び声が響き渡った。
◇
「リリア嬢の教育は順調なのかい?」
「はい。かなりルヒト様好みの女性に成長していると思います」
今日はルヒト様が屋敷に遊びに来て、二人でお茶をしているところだ。
あいにく、リリアは出かけてしまっている。
「物事に熱意を持って取り組むところは素敵だけど、方向性がなぁ……」
「あ、リリアに会って行かれますか? もう少しで帰ってくると思うのですが」
「いや、いい。今日は君だけに会いに来たんだから」
ルヒト様はいつものにこやかな表情から少し真面目な表情に変わった。
私の目をじっと見る。いつもと違うルヒト様に、私は少し胸が跳ねた。
「君自身は、欲しいものはないのか?」
「私は特に……」
「ちなみに、僕が欲しいのは――君だよ」
「……当主である私が、ですよね?」
「もちろん。それも含めて君の価値だろうね」
「リリアが、ルヒト様にふさわしい淑女になったら――後継者の地位を譲っても……良いかもしれないと思っています。そうしたら……ルヒト様にとって、私の価値はなくなってしまいますね」
「君は本当に何も分かっていないな」
ルヒト様が深くため息をつく。
「リリア嬢を後継者にしてもいいくらい導いているのは、君が価値を『創り出す』側の人間だからだろ?」
「……」
「だったら、君自身の価値も誰かに委ねるな。自分自身で決めるべきだ」
「……私の価値は私が創る」
「あぁ。まぁ、もし君が自分を無価値だと言い張っても、僕が君を求めることは変わらないけどね」
ルヒト様はそう言いながらウィンクをする。 私はクスリと笑ってしまった。
本気なのだか冗談なのだか分からないが、ルヒト様の言葉を聞くと、温かくなる。
私は小さい頃から『後継者として優秀であれ』と育てられた。 父は厳しく愛情表現はなかった。と思っている。 なので、後継者として必要だから育てられていたのであり、後継者でなくなれば、私の存在は必要でなくなるだろう。 私はたまに不安になっていた。
でも、ルヒト様は後継者のディアナではなく、一人のディアナを見てくれている。 今まで、私は肩書きのない『ディアナ』は何もないと思っていた。
リリアの教育が終われば、次は熱意を自分に向けたらどうなるだろう。
「ありがとうございます。自分が欲しいと思える自分を創ります」
私は、ぼんやりとではあるが、進むべき未来が見えそうな気がした。
◇
「リリア。本当に欲しいものを手に入れたのね」
「ええ。お姉さまのおかげです。ありがとうございます」
あれから1年後、リリアは知性と落ち着きある品性を兼ね備えて素敵な女性へと成長した。
学園1年生となったリリアには、縁談が沢山舞い込み、義母は「もっと高位の方を狙えるわ」「王太子の婚約者の座を奪いなさい!」などと欲を出していた。
しかし、リリアは、図書室通いで知り合った、研究好きの侯爵令息の三男を選んだ。 そのときの義母の発狂具合はとんでもなかったが、リリアはそんな義母を一喝した。
「お母様。欲しがってばかりでは本当に欲しいものは手に入りませんわ。欲しいと思われるような人間にならなければ」
「……リリアちゃん?」
「だから、お父様は、また他の女性の元に行ってしまったのですわ。お母様は努力をせずに、ただ叫んでいるだけですもの」
義母はリリアから初めて反抗されたようで、愕然としていた。
リリアが言うように、父には今他の女性がいるようだ。女性関係以外は、厳格で領地経営もしっかりしているのだが……。
「お母様も、お姉さまから学んだ方が良いのでは? 私がいまあるのはお姉さまのおかげですもの」
「……っ!」
義母は何も言えずに、部屋に引きこもってしまった。
あの義母が今さら変わることは無理だろう。これからも、欲しい欲しいと一人でただ叫び続ける人生を送るのだろう。
「言い過ぎちゃった」
リリアが舌をペロッと出す。
「あっ! 淑女らしくなかったですね」
私は苦笑する。
「可愛らしいし、私しかいないからギリギリセーフね」
「それにしても、リリアのお相手の方、素敵な婚約者ね……私にちょうだい?」
私が笑いながら言う。
「あげません! お姉さま、欲しがっちゃダメですよ?」
リリアは一瞬慌てた顔になるも、すぐに笑顔になった。
「……ねえ。リリア。あなたには、責任を負わせちゃって申し訳ないわね」
私は、侯爵家の後継から降りることを父に宣言していた。 父は最初渋っていたが、リリアも一緒に説得してくれたのだ。 今のリリアには安心して任せられる。リリアを支えてくれる婚約者もいるので、大丈夫だろう。
意外だったのは、当主を降りることを了承した父が、いつでもこの屋敷に戻ってこいと言ってくれたことだ。後継者じゃなければ必要ないわけではなかったようだ。
「私と彼で、侯爵家を更に盛り立てるので安心してください。お姉さまは、今まで欲しがらなすぎです! これからは自分が欲しいものを、とことん追い求めてほしいです」
「ありがとう。隣国に行ったら手紙を書くわね」
私は母方の親戚がいる隣国へ行くことにしたのだ。
そこで、何が出来るか分からない。でも、後継者のディアナではなく、一人のディアナとして、自分が欲しいと思える自分を見つけたいと思う。
「私も返事出します」
リリアが、少し涙ぐむ。
◇
出発の朝。
私が馬車に乗り込むと、ルヒト様が当然のように乗っていた。
「……なぜいるんですか? 婚約解消の話は解決しましたよね?」
「ああ。侯爵家の後継者との婚約は解消して、僕の婿入りの話もなくなった」
「……ごめんなさい。あなたの婿入りという話を突然なくしてしまって……将来設計が変わってしまいましたよね」
「本当だよ。責任取ってくれよな」
ルヒト様はそう言いながら笑う。
「隣国で生活をすることになるとは、僕の人生設計には含まれていなかったよ! まぁ、君さえいればどこでも楽しく過ごせると思うよ」
「……私自身が、好きになれる私を見つけに行くんですよ? 今後どうなるかはわからないのですよ?」
「もちろん、知ってるさ」
「もし、見つからなかったらどうするのですか?」
「見つかるまで付き合う。それに、僕は欲しいものを諦める趣味はないんだ」
「ルヒト様の欲しいものって……」
「何度も言わせたいのか?」
「……確認です」
「意外と欲しがりだな。君は」
そう言うと、ルヒト様は私の手を強く引き寄せた。
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