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7.

 


 そして葵はすでに三杯目を飲み終わり、次の酒のオーダーを探していた。


「…よく飲むな」

「それはまあ、確かにね。あんたくらい下戸の方が普通よ」


 彼女の言うとおり、俺はまだ二杯目のビールを半分飲み終えた程度だった。

 一方葵はというと、初手ビールに二杯目ハイボール、そして日本酒ときた。

 所詮俺も気取っていても十代、そこまで酒が強い自信はない。

 だがしかし目の前の女は、とっくに大人の女になったかのように飲酒していた。

 そして、彼女が酒のあてにしているものが、俺は気になった。


「魚介燻製盛り合わせに和洋ピクルスかよ。

 社会に疲れたアラサーOL的チョイスだな」

「人の好みにケチつけるんじゃないわよ。

 あんたこそソーセージ盛り合わせにエビフライタルタルソース、全体的にお子様ランチの延長じゃない」

「うっせえ」


 そんな憎まれ口を叩きながら、彼女は言った。


「あんたって、玉野原の生徒よね」

「そうだけど」

「友達とかと一緒に行こうとかならなかったわけ?」

「そりゃあ…」


 俺自身でさえ、不思議でしょうがなかった。

 なぜこんな生意気な口を聞く女と、一緒に夕飯など食おうと思ったのか。

 答えに迷っていると、葵が意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「なるほどー、あたしをナンパしたかったんだね。

 まぁしょうがないわよねー、思春期男子にはこのくらいの美少女が暇してたら、即声かけたくななっちゃうよね」

「はいはい、その通りだな。くたばれ」

「とても女子への言葉とは思えないわね、もてないでしょ」

「余計なお世話だ。それを言うなら、お前こそ俺と一緒にいる理由がないだろ。

 俺のところに寄らずに、学校の友達とそのまま夕飯に行けばよかったろうが」


 そう言うと、葵は顔を伏せてしまった。


「…知られたくない、から」

「知られたくない?」

「私が何にもない、人間だって」

「……」


 その感覚は、俺にも覚えのあるものだった。


「自分に何が出来るのか、何が出来ないのか、本当にしたい事…それさえもわからない、人間だって」

「…そうか」

「ま、つまらない話ね。とりあえず飲みましょ!」


 そう言って、葵はジョッキのハイボールをあおった。








「いやー、満足満足」


 すっかり夜もふけ、23時を回ろうとしている時間帯である。

 葵はたっぷり飲み食いし、酒も入っているのか、かなりの上機嫌のようだ。

 それでも千鳥足にはなっておらず、ハキハキと道路を歩いていた。


「なかなかのチョイスだったぞよ、褒めて遣わす」

「そりゃ光栄極まるね…うぇ」


 そして俺は、彼女に対して反抗心が燃え、つい自らの許容量を超えて飲んでしまったようだ。

 同じ十代のくせに、葵が酒をガバガバ飲んで平気な顔をしているのが、悔しかった。

 そんなふうに意地を貼った結果がこれでは、情けないものだ。

 俺は頭の中が掻き混ざり、足元がグラグラと揺れているような感覚に陥っていた。


「そーいう飲み方してるから、お子ちゃまなんじゃない」

「うっせぇ、若年増…」

「減らず口までお子ちゃまね」






「じゃ、あたしはこっち方面だから」

「そうか。じゃあな」

「じゃねー」


 葵は背中越しに手を振って、俺と別れようとする。

 その背中を見た瞬間、俺の中に何か衝動が湧き上がるのを感じた。

 去ろうとする彼女に、何か声をかけねばならないような気がしてならなかった。


「……葵!」


 気がつけば、俺は彼女を呼び止めていた。


「何?」

「…俺も、同じだ」


 俺の意思を無視して、知らないうちに勝手に言葉が出ていた。

 まるで葵に聞いてもらうためだけに、秘めていたかのように。

 その言葉を打ち明けるための相手を、これまで待ちわびていたかのように。


「誰かと合わせないとやってられない、集団の中で浮いたら終わりだから。

 でも本当の自分ってなんなのか、なりたい自分って何なんだ、そもそも俺に何が出来るんだって考えたところで、何も答えが出ない。

 だから…その、あー…えっと、だな…」


 最後まで言おうとして、俺は言葉に詰まってしまっていた。

 わざわざ彼女を呼び止めておいてまで話していて、それがこのザマだ。

 何かを言いたいはずなのに、何を言いたいのかが分からない、どんな言葉で説明したらいいのかわからない。

 意地を張って酔い潰れたり、大切な言葉が出てこなかったり、散々な有り様である。

 肝心なところ格好がつかない自分自身が、俺はひどく恥ずかしかった。


「ふふっ…あはは!」


 そんな俺の様子を見て、葵はおかしそうに笑った。


「な、何だよ!」

「ごめんごめん。でも、あたしの事励まそうとしてくれてたんでしょ?」


 葵は嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 果たしてそうなのかは、俺自身にもわからなかった。

 気がつけば、どうしても伝えなければならないような気がして、言葉が不意に口をついて出ただけだ。


「ありがと」


 そう言って、彼女は背を向けて、帰路についていった。

 遠くなる葵の背を、俺は見えなくなるまで見つめていた。


(何で俺は、あんな…)


 そして気が付いた。

 俺が初めて、葵の名前を口に出した事を。





 ・1月15日


 週明け、相変わらずの放課後の喧騒の中、俺たちは教室にて三人で固まっていた。


「なんか最近、引越しとか多くない?」

「みたいだね。俺のお向かいさんも、この間引っ越しが決まったって言ってたよ」

「まぁこんな何もない所より、もっと都会に近い場所を選ぶってことかあ」

「最近この辺も、再開発するらしいのにね。なあ大河?」

「え? 悪い、聞いてなかった」

「おいおい、睡眠時間足りてないんじゃないのー?」

「別にそういうわけじゃねえよ」

「となるとあれだな、今度こそ女絡みかな?」


 悠臣は薄く笑った。

 一体こいつの勘の良さは何処から来ているのだろうか。

 こいつが何某かの諜報機関の一員だと言われても、なんだか納得してしまいそうだ。


「おりょりょ、ついに俺の助け無しでも春が来ましたかな⁉︎」

「黙ってろよ。悪いけど、俺は先に帰るぜ」


 二人には悪いとは思いつつも、俺は足早に教室を後にした。

 向かわなければならない場所があるからだ。








 二人での食事以降、俺たちの距離は急速に縮まった気がする。


「へぇ、煙草吸ってないじゃん」


 今日の葵は腕を組んで、したり顔を浮かべていた。

 差し詰め自分が俺にタバコを辞めさせたと、得意になっているのだ。

 ふふんという鼻息が、今にも聞こえてきそうな程である。


「お前にごちゃごちゃ言われるのが嫌なだけだ」


 その程度で天狗になってもらっては、こちらも経つ瀬がない。


「やだー、気ぃ使ってくれるんだー、大河くん優しー」

「うるせぇんだよ」

「ふふ、ありがと」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、葵は礼を言った。

 その言葉に対して、なぜだか俺は悪い気がしなかった。


「…どーいたしまして」


 気がつけば、俺の口元まで緩んでいた。

 それに伴って、胸の辺りが解けていくような、微かな温もりを感じていた。

 これまでの人生で全く味わったことのない感覚に、俺は少し戸惑いを覚えた。


「まぁ吸殻掃除する人も大変だろうし、吸わないほうがいいよ」

「細かいな」

「非喫煙者からしたらポイ捨ては最低の行為です。あたしが見てないところでも、ちゃんとゴミ箱に捨てるのよ」

「しょーがねーな」

「素直でよろしい」

「嬉しくねぇな」


 憎まれ口を叩き合いながらも、二人とも笑い合っていた。

 不思議と、それがどんな時間よりも飾らない自分自身でいられる、そんな気が俺はしていた。



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