6.
いつもの路地裏、いつもの放課後の時間に、いつもの銘柄のタバコを蒸す。
そんな時に、いつもの聞き覚えのある呆れたような声が聞こえた。
「あんたも本当飽きないわよね。毎日ここでヤニ吸ってるわけ?」
「余計なお世話だ」
ため息をつきながら、春川葵は今日も現れた。
長い睫毛も、瞳の色も、短いスカートも、輝くピアスも、そしてシトラスの香りも変わらずだ。
そして俺に向かって憎まれ口を叩くのも、そしてそれに俺が口答えをするのも、もはや日常になりつつあった。
「ま、今日はそっちの方角に用は無いんだけどね」
「はあ? そりゃどういう事だよ」
「いつもここ通って家帰ってるんだけど、今日夕飯外で食べるよう言われてんのよね」
「お前も今日は夕飯一人かよ」
「あんたもなの」
葵はしゃがみ込んだ。
「でも一人で外食って気が引けるし、コンビニのも気分じゃないし」
「…お前、一人飯躊躇するタイプかよ」
「何よ、悪い? 女一人だと居心地悪いことだってあんのよ」
俺は指摘されて、それはそうだろうと気付いた。
一人用の飲食店もあるが、確かに女一人、しかも女子高生では入りづらい。
周囲から浮くのを恐れる俺にとっては、強く共感できる事だった。
「ま、いいわ。どこかいい感じのお店ないかしらねー」
そう言いながら立ち上がり、彼女は通りへ出ようとした。
葵のその背中を見た瞬間、俺の頭の中に何かが迸った。
「あ…」
咄嗟に、自分でも何故か分からずに、俺は声を掛けようとしていた。
その伸ばした手が葵の方に向かって伸びた時、彼女は俺に向かって振り向いた。
「何よ?」
「いや、あの…」
こちらから声を掛けたにも関わらず、俺は次の言葉が言えなかった。
去ろうとする彼女に言いたい事があるはずなのに、それを伝える言葉が出てこない。
その様子を見た葵は何かを察したように、にやりと笑った。
「あー、わかった。あたしと一緒に夕飯食べたいんだ。
あんた人の目とか気にしそうだし、一人じゃ心細いもんねー」
「なっ…だ、誰が…」
「いいよ、付き合ってあげる。この辺のお店あんまり知らないし、案内してよ」
「…はぁ」
今度は俺の方がため息をつく羽目になった。
「うわ、何よあんた、その服」
「何がだ」
「超きしょい」
「はぁ⁉︎」
少し前に古着屋で巡り合った、アディダスオリジナルスのセットアップジャージだ。
黒地の豹柄のラインに一目惚れし、その場で衝動買いした代物である。
今となっては外出時は大抵これなのだが、こいつには不評らしい。
「田舎の駐車場にいるヤンキーファッションじゃん」
「お前にだけは言われたくない」
「あたしのは普通でしょ?」
「顔面がギャルのやつが何言っても無駄だ」
彼女は無地のトレーナーにスカート、スニーカーという出で立ちだが、しかしメイクや顔の派手さは誤魔化せない。
「とにかく行くぞ。多分早く入れるだろうからな」
「OK、案内してみて」
「ふーん、まあまあいい店じゃん」
二人で座った席で、葵は店内を見回した。
結局一旦帰って着替えた後、俺が店に案内する事となった。
俺が知っている店で、そこそこファストフード店以外で満足できそうなのは、恐らくここだろう。
中華や韓国料理をベースにした洋風創作料理店で、この辺りでは有名だ。
「ファミレス系連れてかれるかと思ったけど、結構女の子の好みとか気にするんだね」
「別にそういうわけじゃねぇよ」
確かに女と二人ということで、多少体裁を気にしたところはあるかもしれない。
しかし実際の所それが主な理由ではない。
俺はオーダーを取るため、店員にわかるように片手をあげた。
「はーい」
少々忙しそうな雰囲気を漂わせながら、若い男のウェイターが俺たちの目の前にやってきた。
「ご注文よろしいでしょうか」
「ビールで」
この店は表通りに面しておらず、かつ穴場な店なので人も少ないので、警察が飲酒光景を見ることも、誰かガチくる可能性も低い。
店員もだいたいやる気がないので、未成年に平気でアルコール類を提供するし、年齢確認などされた事がない。
葵は躊躇いなくビールを注文した俺を見て、ぎょっとした表情になった。
「…しょーがない、あたしも同じので」
「ビールお二つですね、かしこまりました」
足早にウェイターは去っていった。
「お前も飲むのかよ」
「一応ね。ていうか、あんたその年で道踏み外しすぎじゃない?」
「本当にヤバい奴は、半分ヤクザみたいになってるよ。
俺らは飲酒喫煙するだけで、暴力やら薬物やらは縁がない。
大して年齢変わらないだろ」
「…そうね」
そう言うと、何故か彼女は物憂げな表情を見せた。
「ま、付いてきたのもあたしだから、今夜は付き合うわよ」
「はいはい、ありがたい事だな」




