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4.

・1月9日


 その次の日も、その女はそこに現れた。

 愛も変わらず派手な制服と、不機嫌な表情をセットで仁王立ちしていた。


「またあんたなの?」


 心底呆れた様子で、女がため息を吐く。


「そりゃこっちのセリフだ」


 頭にきたので、俺は女に向かってメンチを切った。

 何故見ず知らずの女子高生に、ほぼ誰も通らない場所でイチャモンを付けられねばならないのか。

俺は心底納得がいかなかった。


「なにガンくれてんのよ」

「当たり前だろ」

「きゃーおまわりさーん、助けてー、未成年で喫煙してる不良に襲われてまーす」

「て、てめぇ!」


 女は、あろう事か警察を呼ぼうとしていた。


「誰か呼んじゃうわよ」

「…ちっ」


 致し方なく、俺は煙草を地面に叩き付け、ローファーで踏み潰した。


「これでいいのかよ」

「上出来じゃない」


 女は得意げに俺の横を通り過ぎて行った。

 すれ違う瞬間、俺は彼女の左耳に光るダイヤを模した石のピアスを見た。

 同時に、そのある意味刺々しい見た目や言動には似つかわしくない、シトラスがかった爽やかな香りも鼻腔に感じた。


「変な女だ…」





 ・1月10日


(マジで何なんだよ、あの女は)


 翌日の休み時間。

 そう考えながら俺は学校の廊下を、トイレに向かって歩いていた。

 ふと目についた光景が、俺の胸を悪くさせた。


(谷川に湯浅…)


 明らかに谷川は鼻の下が伸び切っている。

 噂では他の男性教師も大体こんな感じで、湯浅に対してはデレデレになってしまうらしい。

 話を聞いていると、他の女性教師からやっかみを喰らいそうである。

 そして湯浅は、相変わらず笑っている。

 明らかに鼻息が荒い谷川に対しても、まるで俺たちに接するのと変わらない様な笑顔で対応していた。


(…気味悪い)


 俺が湯浅なら、谷川を殴りかねない。

 何が彼女をそうさせるのか、俺には理解できなかった。







「あれ感心。今日は吸ってないのね」

「そろそろ来ると思ってたからな。さっさと行け」


 今となっては、この女の来る時間帯が予測できる。

 どうせ文句を言われるだろうから、その時間だけ煙草を吸わなければいい。

 それがお互いにウィンウィンな関係というものだろう。


「言われなくても、邪魔するわよ」

「本当に邪魔なケースは初めてだぜ」


 すれ違いざまに、俺は憎まれ口を叩いてやる。

 そのくらいの権利は、俺にだって一応あっていいはずだ。

 奴が通り過ぎたのを確認した後、俺は新しいメビウスの封を開け、煙草を取り出した。


「あたしが通り過ぎたら、即吸うのね…どんだけニコチン中毒なのよ」

「俺の楽しみを一方的に邪魔してるんだから、当然だろ」


 ライターでタバコの先端部に火をつけ、ニコチンの香りを鼻腔に感じる。

 紫煙を吐き出しながら彼女が通り過ぎて行った方に顔を向けると、彼女が後ろを振り返って俺の方を見ていた。

 自己主張の強いアイメイクのせいだけじゃない、強い視線が何故か胸に焼き付くように感じた。


「とりあえず肺癌には気をつけるのよー」

「余計なお世話だ」


 ひらひらを適当に手を振りながら去る女に対して、俺は吐き出した煙で返してやった。










 ・1月11日


「やばいよ谷川、昨日夜の風俗街で見ちゃったよー」

「うわ、それは最悪だね」

「俺も彼女とホテル入ろうとしてる時に、あいつが超若い女と出てくるの見たんだけど、絶対デリヘル嬢だよ。

 しかも会話が『うちの生徒たちとしてるみたいで興奮する』だの『素直で可愛くて、うちの高校の生意気なクソガキどもとは大違い』だってよ」

「…ドン引きだな、それは」

「最近駅周りが改装中で、人通りが多いから誤魔化せると思ってんだよ」


 いつも通り教室で3人で駄弁っている、授業間の休み時間。

 俊一を悠臣が、谷川の素行ついて話していた。

 確かに谷川は女好きの傾向があり、それは女子生徒を見るときにも垣間見えた。

 もちろん生徒全員一括で嫌いなのは間違いないが、それでも若い女の体だけは好きなのだろう。

 時折女子生徒の体を舐め回すように見ているのを、複数の生徒が目撃している。

 実際俺も見たことがあるが、鳥肌が立つような光景だった。

 あの瞳孔が開いた目は忘れられない。


「ねぇタイガー聞いてる?」

「え? ああ聞いてるよ」

「なんかすっげー上の空なんだけど、どしたの?」

「あー、いや…」


 俺は話に入るタイミングを逃してしまっていた。

 普段ならこんな事は、まず有り得ない。自然な流れで、二人の会話の中に混じれるからだ。

 ここまで調子が狂う原因は、一つしか思い当らなかった。


「俊一、大河もそろそろ春がやってきたんだよ」

「うっそマジ⁉︎ 俺そんな話聞いたこともないよ⁉︎」

「お前らアホか。そんなの出来たら即報告するに決まってるだろ」


 それは半分嘘で、半分は本当かもしれなかった。

 俺は適当な感じに誤魔化しつつも、心の中にはざわつくものがあった。

 それはおそらく、原因があの女だからだ。

 あの長い睫毛と薄ピンクのリップ、そしてシトラス系の香り。それを恋愛系の話と絡められると、俺も流石に戸惑うものがある。


「いいラブホ紹介しとこっか?」

「男女交際でいきなりホテルの話出すとか、男でも引くノンデリぶりだな」

「いやはや、色々とお盛んなお年頃だねぇ」


 酒やら煙草やら女やら、あと身の回りの下らない大人やらの数々。

 そんな物をネタにして楽しむのが、平凡な男子高校生3人の日常なのだ。

 所詮そんな物だと俺は思っていた。

 大体の奴らは皆平凡か、それ未満の存在だ。俺だって例外ではない事ぐらい察しが付く。

 だから周りの奴らに上手く合わせて、本当の気持ちを隠さなくては。

 何かに対して本気で、命がけで挑むなんてのは、エンタメの中だけにしか存在しない。

 少なくとも、俺たちのような平凡な者たちの人生は、きっとそうだ。







「…何やってんだ、お前は」

「見てわかんない? お昼食べてんの」

「ずいぶん遅い昼飯だな」

「お弁当忘れちゃったのよねー」


 あろうことか、あの女は俺よりも先に、いつもの場所にいた。

 しかもペットボトルのブラックコーヒーとスティック栄養食で、優雅なランチをきめている。


「言っとくけど、ご飯中に煙草はやめてよね。味が最悪になるから」

「人様のスペースを土足で踏み荒らしといて、よくまあそこまで上等な台詞が吐けるな」

「誰もあんたの物だなんて言ってないでしょ」

「ならお前のもんでもねぇよ」

「誰の場所でもないなら、あたしが使ってもいいでしょ? 少なくとも未成年で喫煙するわけではないし」

「……」


 最終的に何も言い返せなくなってしまった。

 苛立ちの行き場をなくした俺は、頭を掻き毟った。


「さっさと食い終われよ」

「りょーかい。十分にゆっくり味わって食べてあげる」

「随分と可愛げのある台詞じゃねえか。絶対男からもてないだろ」

「あんたには言われたくないわ」

「何でだよ」

「いかにもパッとしなさそうな見た目と雰囲気じゃない。

 そのくせ半端に流行りの髪型とか真似て、不良っぽくピアスして煙草ふかしてパンツローライダーっぽくして、中身が空っぽよね」

「……!」


 その言葉は、核心を突いていた。


 そうだ。

 俺は、空っぽな男だ。


 周りから浮きたくなくて、必死で大多数の人間の真似事をしている。

 本音を必死に隠して、周囲の意見に同調する。

 俺が本当の自分を出してしまったら、絶対に奇異の目で見られるから。

 今となっては、何が本当の自分なのか、それさえもあやふやになってしまったからだ。


「…」

「あとお前呼ばわりはやめてよね。失礼でしょ」

「はぁ? じゃあなんて呼べばいいんだよ」

「……」


 一間置いて、彼女は言った。


「春川葵。それがあたしの名前」

「…あっそ」

「あんた無愛想ねー。女子の名前聞けたんだから、もう少し喜びなさいよ」

「聞いたところでいい事ねぇよ。

 ていうかそっちだって、あんた呼びはやめろ。俺にも名前はあんだよ」

「へぇ。じゃあ名前は?」

「峰大河」

「ふーん。名前負けね」

「余計なお世話だ」


 そうこうしているうちに、彼女は食事を終えていた。

 丁寧にゴミを全て鞄の中に入れ、俺に背を向けて言った。


「またね、大河」


 その言葉が、何故か彼女が立ち去った後も、俺の中に残り続けた。

 おかげで煙草を吸うのを、うっかり忘れてしまっていた。

 慌ててボケットからメビウスを取り出し、火を付ける。

 吐き出した煙を眺めながら、俺は呟いた。


「…葵」








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