2.
校門の前で、心底つまらなそうな様子の禿げ頭が生徒たちに義務的な挨拶を交わしていた。
「おい、お前ら。急がないと遅刻だぞ」
生徒指導の谷川淳二である。
中年太りに禿げ散らかした髪、分厚い眼鏡と三拍子揃った嫌われる見た目だ。
俺たち三人は揃って適当に返事をした。
「はいよ」
「はーい、谷川せんせー」
「急いでいきまーす」
谷川は俺たちに聞こえるように舌打ちした。
それを見て皆、心の底から嫌悪感を覚えた。
こいつは別に素行や成績のいい生徒を依怙贔屓しているわけではない、単純に俺たちのような十代を『ガキ』と一緒くたにして嫌っているのだ。
それは生徒を目にする時の態度や、いかにもやる気のなさそうな授業を見ていればわかる。
その癖女好きの低俗な奴で、美人の女教師や女子生徒を見る目は酷く濁っている。
この学校の生徒なら全員それを悟って、この男を嫌っているのだ。
「くそっ、オイル切れか?」
校舎裏でタバコをくわえながら、俺は火がつかないライターに苦戦していた。
何度火をつけようとしても、カチカチと虚しい音が響くだけだった。
所詮コンビニの安いライターの上、この風の強さと乾燥では致し方ないのかもしれない。
「しょうがないなー、ほれ」
見かねた俊一が、自分のジッポーを差し出してきた。
シャキッという金属的な音を立て蓋が開き、ジッという鈍い音と共に太い炎が立つ。
さすがは成金の息子だけあって、持ち物にも箔がつくような豪華なものを持ち歩いている。
金無垢に装飾がついている、有名ブランドのジッポーだった。
「サンキュー」
なんとか俺は、煙にありつける事ができた。
ニコチンとタールを含んだ有害な煙が、俺の両肺を満たした。
副流煙を吐き出すと、脳味噌が快楽物質を形成するのがわかる。
一年の頃に覚えたものだが、今となってが俺の生活になくてはならないものとなっていた。
「お高いジッポーで吸うと、タバコも旨く感じるような気がするな」
「でしょー? 割と小物は贅沢して損はないよ」
「ファッションとかもそうだよね。小物こだわってるやつはオシャレ偏差値高いっていうかさ」
「そりゃそーよ、モテたいからね」
「それ以上モテて、何になりたいんだお前は。ヒモか?」
「それもいいねー」
「うわ最悪」
「タイガーとかは、モテたいとまではいかなくても、好きな人とかいないの?」
「いねーよ。好きな人といえば俊一、最近の女はどうなんだ?」
「最近?」
「ほれ、この前ひっかけたっていう、あの女子校の」
「あー、藍美ね。もう別れちった」
「また? 早いなー」
そんなふうに、大して興味もない瞬一の元カノの話へと話題をそらす。
俺の内面に踏み込んでほしくないからだ。
もし踏み込まれたら、その瞬間、俺の顔がどんな風になってしまうのかわからない。
いつも無理して鉄仮面みたいな表情を気取っているのに、それが崩れてしまったら——いったい周りからどう見られてしまうのだろう。
弱い俺を見て笑われることが、不安で不安で仕方がない。
「タイガーは彼女とか作らないの?
なんなら俺、軽い飲み会くらいだったらセッティングしてあげるよ」
「そりゃありがたい申し出ではあるけどよ。
そうやって俺が何人か彼女作った結果、結局お前のところに舞い戻ってきたの、覚えてねぇのか?」
「いやー、あれは例外じゃね?」
「それにこっちは病気かなんか移されるのだってごめんなんだよ。
とにかく、俺の彼女の話はもういいだろ。 それよりも悠臣の方が心配だぜ俺は」
「なんで俺なんだよ」
「お前顔もそこそこいいし、性格的にも割と落ち着いてるから、割と人気出そうなのよ。
なーんか話しかけづらいっていう理由で、女子科とだいぶ敬遠されてんじゃん。
おまけに俺とか俊一とかとつるんでるせいで、割と引かれてるタイプじゃん。
なんかだいぶ損してるなーって思ってよ」
「俺はそういうのいいよ。 っていうか、こうやって三人で話してるのが一番嬉しいわけだし。
まあ、こうして平和にやってるのが一番楽しいわけだからさ」
「あらまあ、おみちんてば良くないね。
なんかすっげえ年寄り臭いっていうか。
なんかちょっと老けて見えるよ、そういうこと言うと」
「確かにそれは否定できないかな」
そう言うと悠臣は苦笑した。
やっぱりこいつは心のどこかで読めない男だ。
だがしかしそれが俺に害を向けているかと言えば絶対にそうではない。
むしろ俺のことを気にかけ、常に俺が側にいて欲しい時は必ず彼がいてくる気がする。
それを考えればやはり俺たちが こうやって長い間 友達を続けていることは非常に不自然ではなかった。
そんな風にしていると、昼休み終了のチャイムが鳴った。
ただ、そうは言っても、俺たちのような不良生徒たちにとっては、焦る理由にはならない。
とにかく授業に間に合って、ある程度の成績をテストで残せればいいのだ。
タバコを地面に押し付けて火を消しながら、 3人はそれぞれノロノロとした仕草でゆっくりと立ち上がる。
「あ、やべー。
次、数学ってことは谷川かよ。だりぃなぁ」
「クラスの全員が、そう思ってるよ。
ていうか、谷川が好きな奴なんている?」
「いないだろーねー。
でも本当、なんで谷川って先公になんかなろうとしたんだろうね。
あんなに子供嫌いっぽいのにさー。
割と学校って人足りてないらしいから、職場環境も良くなさそうなのに」
「さぁな、働き口がないからとかじゃねぇか?
理系卒の無難な働き口なんて、想像つかないしな」
そんなノリで二人と話していたから、俺は前を歩く人間に気づかなかった。
校舎裏から向こうに出ようとする曲がり方で、俺は背の高い男にぶつかった。
「痛えじゃねえかよ」
背の高い男は、突き刺すような鋭い眼光で、俺を見下ろしていた。
その盛り上がった肩や、熱い胸板、そして、 真っキンキンに染めた髪は、 明らかに関わってはいけないタイプの男であることを示していた。
(げ、し、澁谷じゃねえか)
そう、何を隠そうこの学校の番長格、澁谷尊のご登場である。
現役高校生にして、地域の半グレをまとめ上げていると噂の男だ。
将来はヤーさん確定との呼び声も高い。
「何だよおい、人にぶつかっておいた挨拶抜きかよ、この野郎」
「 おめぇ、どこのクラスのだよ。 埋められてーか? 事件になるぜ」
両サイドの取り巻き達が威嚇を始めた。
二人とも柔道耳だったり拳ダコがあったりで、明らかに戦闘慣れしている。
こんな奴らとやりあった日には、本当に埋められてもおかしくはないだろう。
反射的にヤバさを察した俺は、 冷や汗で一杯になりながらも、 言葉を紡いだ。
「わ、悪い…曲がり角だったから、見えなかった」
「……気ぃつけろよ」
「おー澁谷久しぶりー」
俊一が後ろから口を挟んできた。
そう、この世紀のチャラボンボンは、何とあろうことがこの学校、というか、この地域有数の不良であるこの男、澁谷尊とも付き合いがあるのだ。
なんでも女絡みで結構、利害が一致するとかそういうことがあるらしいが、俺には分かりかねる。
いくら俺が女好きに生まれたとしても、こんな明らかにヤバげな男とは付き合えない。
「ねーねーまたパーティー開いてくれよー。
まあなんか変なもん売りつけてくるやつとかいるけどさー。
俺ああいうの結構大好きよー、いろんなすっげーいい感じのゆるゆるのギャルとかいるからさー」
「わかったわかった、しょうがねえな。じゃあまた近いうちにクラブ行くから、また連絡するよ 」
「ありがとうねー」
そして渋谷たちは去っていった。
去り際に左側にいた取り巻きの一人が、校舎の壁に向かってペッと唾を吐きかけた。
無礼を働いた俺とやり合えなかったことが、よほど悔しかったんだろう。
ああいった不良に至って、面子というのは何よりも大事であるからだ。
しかし、未成年で飲酒喫煙する程度のファッション不良の俺たちには、そんな根性や面子など全く持ってどうでもいい事である。
「ビビった。なんだよ、あいつら。こんな時間に何の用だ」
「さあな、大方授業でもフケるんじゃないか」
「おいおい、マジか。あいつら卒業できんのかよ、マジで」
「まあ、卒業できなかったら卒業できなかったでも、その道を歩こうっていう選択肢もあるんじゃない?
とにかく行こうぜ」
予想外のトラブルに見舞われながらも、俺たちは全員重い腰を上げ、授業に参加するために教室へ戻っていった。
俺の日常というのは大体こんなもんで、やる気の出ない1日のカリキュラムを、適当な真面目さと適当な不真面目さでやり過ごす。
先公も親も最初から俺に期待などしていない、犯罪を犯すなどの迷惑さえかけなければ、どうでもいいというのが大人たちの本音だろう。
その期待に応えて、俺は誰にも迷惑をかけず、何に対しても熱くならないような日々を送っていた。
きっと社会人になっても同じで、日々の生活をなんとなくで消化するような毎日なのだろうと、俺はそう悟っていた。
あの場所で、彼女に会うまでは。




