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27.

 


 ・3月20日


 久々に顔を出した学校で、俊一は相変わらずそうだった。

 教室にで俺と、いつも通りに気楽そうに駄弁っている。


「しっかしおみちんも、急に転校だなんて。一言くらいあってもいいのになぁ」

「…そうだな」

「メッセージ返ってこないし、電話も使われてないって…夜逃げみたい」

「…」


 夜逃げというのは言い得て妙だ。

 あいつは夜更けに、俺の元から駆け出していった。

 全ての罪と共に。

 俺は黙り込んでしまっていた。


 家族への嫌がらせは止まったらしい。

 しかし俺は、とても俊一に真実を告げる気にはなれなかった。

 その上話しても信じてもらえるかどうか、わからない。

 友人が大量殺人犯で、俊一の情報収集が目的で身分を偽装して近付いてきたなんて、現実味がない。

 何より、あんな真実を知ったところで、俊一がショックを受けるだけでプラスになるものはない。

 本人が気にしないのであれば、このまま黙っておくのが一番だ。


「顔色悪いよ? どうかした?」

「…なんでもねーよ」










 ・3月28日


 そして迎えた三学期終業式。

 もう在校生達はほぼ全員帰り、あとは部活のある生徒が残っているだけになった。

 そんな中で、俺は彼女と二人で学校にいた。


「どうかしたの? こんなところに呼びつけて」


 終業式が終わった後、俺は湯浅を校舎裏に呼び出していた。

 いつも俺たちがたむろしていた場所。

 もう澁谷たちも悠臣もいない、俊一もすでに帰ったとなれば、ここにはもう誰も寄り付かない。

 その光景は、やたらと寂しげにも映った。


「…この前は、すみません」

「ああ、いいのよ。気にしないで」

「…ちょっと、聞いていいですか」

「何?」

「…先生の旦那さんって、亡くなってるんですか?」


 一瞬、湯浅の体がピクリとした。


「…誰から聞いたの?」

「谷川、先生から」

「もう…内緒だって言ったのに」

「谷川には、打ち明けてたんですね」

「先生だけじゃないわ。他の先生方は、みんな知ってる。

 生徒たちには、気を遣わせたくないから、言ってないの」

「…気を使うようなこと、なんですか?」

「うん。ちょっと亡くなり方が特殊だから」

「特殊?」

「…三年前に、自殺したの」

「!」


 俺は、その言葉に凍りついた。


「もともと大学の同級生でね、同じ学科だったの。

 私の前ではいつも朗らかで優しくて、私に気を使ってくれた。

 そんな彼が内心大好きだった…だからこそ、彼が告白してくれた時は本当に嬉しくて、すぐにOKしたわ。

 こんなに素敵な人と一緒に入れるのが、幸せでしょうがなかった。

 だから私が教員免許を取って、彼が研究職について、それで卒業してすぐに結婚した。

 お互いに人生を一緒に歩いていける…そう思っていた。

 でもね、私は知らなかったの」

「知らなかった?」

「研究室での彼は、いつもピリピリしていて、笑顔なんかほとんど見せないって。

 物事に没頭すると、完璧主義で成果を焦りすぎる余り、他人も自分も遠慮なく傷付ける人だった。

 たまに飲みに行くと、すごいネガティブな事を常に吐き出すから、一緒にいる方も疲れちゃうって話。

 そんなだから誰からも敬遠されて、一人ぼっちになっていって、一人で全てを抱え込んでいって…」

「……」

「私の前では、仮面を被っていた。

 誰よりも私のこと愛してくれていたからこそ、自分のネガティブな面を一切見せなかったんだと思う。

 でも…正直に話してくれていたら、仮面の下の素顔を見れていたら、全てを私に打ち明けていてくれたら…違う未来があったかもって、今でも思う。

 お葬式でも、彼のご両親から言われたわ。隣にいたあんたが、何で気づけなかったんだって…ご両親からしたら、その通りよね。

 何も話さずに、何も見せないで、あの人は旅立ってしまった…妻である私なら、わかってあげれたのかもしれないのに」


 その言葉は、俺に突き刺さった。


「峰くんも、きっとそうでしょう?」

「‼︎」

「わかってるよ、生徒のことだから。

 本当はどこにも居場所が無い事、でもわかってくれる人を探していた事、私のような大人を信じていない事。

 そして…きっとあなたが、大切な誰かを失った事も」


 俺は、拳をきつく握りしめた。


「…先生は、今でも旦那さんが好きですか?」

「好きよ。世界で一番愛してる」

「…俺も、あいつの事が誰よりも好きで、大切だった。

 あいつも俺を好きになってくれて、俺の気持ちに寄り添ってくれた。

 こんな俺に全てを預けてくれて、俺も離れたくはなかった」


 気が付けば俺は、膝を着いてしまっていた。


「でも俺は…何も知らなかった、何も出来なかった‼︎

 彼女のことなんてわかろうともしないで、ただ軽はずみな言葉で傷つけただけだ!

 俺があいつの一番側にいたはずなのに、わかってやれたはずなのに…気がついたら、葵も悠臣も…永遠に、俺の側から…」

「そうだね…大切な人のこと、わかっているつもりでも、全然わかってない。

 私もあの人のこと…あの人が、私に見せていない心があるって、何で気付かなかったのか、今でも自分が許せないの」


 湯浅はしゃがんで、俺を胸に抱いてくれた。

 彼女の声は震えていた。


「俺は…謝りたい。

 何も出来なくてごめん、何もわかってやれなくてごめん、何も知らないくせに無神経な言葉で傷つけて、本当にごめんって、葵に謝りたい。

 でも、もう…謝る事さえ出来ないなんて…あんまりだ…」

「辛いよね、ごめんなさいも言えないのは…」


 湯浅の手が、俺の頭を撫でた。


「俺は大馬鹿だ…先生が…ずっと大事な事を、伝えてくれていたのに、何にも気付けずにいた…何にも知らないで、傷付けて…本当にごめんなさい…」

「いいのよ。先生も、峰くんと一緒。

 あの人の本当の気持ちなんて、何一つ気付けないままに、失ってしまった。

 本当に…救いようがないくらい馬鹿だったの…」


 俺は見栄も何もかも捨てて、湯浅の胸で泣いた。

 彼女のシャツに涙が染みるのも構わずに、涙を流し続けた。


「葵は自分の事、汚れてるって…それは違う、汚れてなんかいない。

 葵は世界一綺麗で可愛くて、大好きだよって、今でも伝えたい…あいつの隠してた顔を知っても、気持ちは変わらないんだって」

「うん…」

「あいつ、言ったんだ…いつか俺が、他の誰かを好きになるって…でも、そんな日が来るなんて信じられない!

 俺は、世界で一番葵の事が好きだったんだ‼︎ 葵が誰よりも大切で、愛おしくて、側にいたくて…だから、あいつ以外を好きになって、幸せになれるなんて思えない…どうやったって思えないんだよ、先生…」

「私もそう。

 今もあの人の事を、誰よりも想ってる。誰よりも愛してる。

 だからこそ、他の誰かを愛する未来が想像できなくて、もういない彼の想い出に縋ってしまう…」


 俺の頭上に、滴り落ちるものがあった。

 湯浅も涙を流していた。


「大丈夫…別れが辛いのは、大切な人だったから。

 だから…今はまだ、無理に忘れようとしなくていい、無理に幸せな未来を信じようとしなくていい、それだけ他の誰かを愛した証だから。

 悲しんであげたほうが、きっと手向けになるから…」

「湯浅、先生…」


 俺たちは二人とも、長い間声を上げて泣いていた。






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