表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

25.

 


 拝啓 峰大河様へ


 肌寒い季節の中、いかがお過ごしでしょうか。

 多分この手紙を読んでいるという事は、あなたがバッグの中身を探し当ててくれたか、あるいは貸し金庫の手数料が払われなくなって、この封筒を含んだバッグが警察に行ったかのどちらかでしょう。

 いずれにしても、この手紙を読んでいる人が、私の大切な峰大河である事を祈るばかりです。


 まずはお詫びからだね。

 あなたの前から突然いなくなった事は、本当にごめんなさい。

 でも、あのまま一緒にいるわけにはいかなかった。

 もう知ってるかもだけど、私は春川葵という名前じゃないんだ。

 それどころか、本当の名前・生年月日・生まれた場所さえわからない。


 順を追って説明していくね。

 物心ついた時には、私に名前がない事を知らされていた。

 そして、私が生きていくためには、自分の身分を偽って、犯罪を犯さなければならない事。

 私の周りには、同じような境遇の子達がたくさんいた。

 何で私たちが名前がないのか、それはわからない。

 親に捨てられたからなのか、あるいは死別なのか、それか誘拐されたのか…とにかくみんな、生き延びるために手を汚した。

 私たちは、偽造された身分を複数使い分けて、たくさんの悪い事をしてきた。

 それこそ、ここでは書けないような恐ろしい事も、数えきれないほどに。


 玉野原近辺に再開発計画が立ち上がってるのは知ってる?

 それの利権に関わる事や、地域の非合法な仕事のために私たちは派遣された。

 私は主に近隣の学生に、売春とかに勧誘してた。

 その中で、仲間の一人も潜伏してる玉野原高校も探ってたんだ。

 そしてあの学校からの帰り道、あの路地裏であなたを、大河を見かけてしまった。


 あなたは虚な目で、タバコをふかしていた。

 初めて見たあなたの横顔を見て、一瞬でわかったような気がしたんだ。

 この人は私と同じで、何も持っていない人だ。

 自分が何者なのか、わからない人なんだ。

 だから実は、大河が私と初めて会うより先に、私はあなたの事を見ていた。

 そんなわけないのに、何故か似た者同士な気がして…でも普段使っている名前や身分だと、仲良くなれない様な気がして…だからお嬢様校の芦ヶ原の制服を使って、友達が使っている名前にして、声をかけてみたんだ。


 私、大河の事を空っぽって言ったよね。

 でも本当は、私の方が空っぽだったんだ。

 あなた以上に、私は私がわからない。

 ごめんね。


 大河に、お酒が強いって言われたね。

 確かにそれは体質なのかもしれないけど、それも実は私が二十歳以上だからなのかもしれないんだ。

 本当の年齢さえも知らないんだよ。


 自分の本当の姿を隠して、そのくせ本当の自分が何かもわからなくて…でも本当に欲しいものだけはわかった。

 それが大河だった。

 私の事を理解してくれた、似た者同士だった大河が、好きだった。

 私と一緒に歩こうとしてくれた大河が、いつしか世界で一番大好きになっていた。

 もちろん大河は私と違って、ちゃんとした表社会の人だけど、それでもお互いに共感し合ってた。

 このまま普通の女の子として、一緒にいれたらと思ってた。


 でもそれと同時に、私は私自身が物凄く嫌になって、そして怖くなった。

 こんなにも汚くて恐ろしい事をしてきた私が、大河の側にいていいはずが無い。

 私の罪を知ったら、大河はきっと私を軽蔑する。

 だから私は、本当の醜い私を、ずっと仮面を被って隠してた。

 できる事なら、今までの私を消し去って、生まれ変わりたかった。


 そんな時だった。

 同じように名前を持たない、売春に加担していた女の子の一人、私と同じ春川葵の名前を使っていた子が、私たちのトップに反抗したんだ。

 これ以上名前のない存在としては生きていけない、借金のカタにとられた義理の両親と、身分を手に入れて普通に暮らすって。

 私は、その子の気持ちが痛いほどわかった。

 血は繋がってなくても、絆が生まれた者同士と、真っ当に生きていきたいよね。


 だから私は、その子に協力する事にしたんだ。

 あわよくば私も新しい身分を手に入れて、大河と一緒になれるかもしれなかった。

 何もかも全てをリセットして、大河とこれからの人生を歩んでいきたかった。

 それでこのバッグに、私達の偽の身分証をありったけ詰めた。


 私たちに手を出せば、確実にこれは世に出る。

 だから向こうも手出しできないはずだった。


 それでも彼女は殺された。

 自分たちの事が晒されるより、私たちの裏切りの方が許せなかったみたい。

 次は確実に私の番、だから逃げる事にした。

 警察に自首して保護してもらうって手もあったんだけど、一度捕まれば、私は恐らく一生出てこれない。私の罪は、そのくらい重い。

 誰かの都合で、生まれた時から犯罪に加担させられ、残りの生涯も塀の中。

 そんな人生は絶対に嫌だと思った。


 ごめんなさい。私は我が身可愛さで、大河を捨てたんだ。


 もしかしたら、彼女の友達や家族から話を聞いて、このバッグを見つけてくれたかもしれないね。

 そうだとしたら、本当にありがとう。

 直接教えたかったんだけど、もしこのバッグの事を知ったら大河も狙われる可能性があった。

 だから大河自身に探してもらって、その場ですぐに警察に届けてもらう必要があったんだ。


 私を探してくれて、ありがとう。

 これが、本当の私だよ。

 何者でもなかった私が、初めてなりたい自分がわかってきた。

 お喋りで、気が強くて、大河の事が大好きな女の子、そんな風にいつまでもいれたらって思ってた。

 でも結局私は、最後まで自分の犯した罪から逃げたくて、でも逃げられなかった哀れな女だった。


 出会ってから付き合うまで、本当に短い間だったね。

 それでも間違いなく、今まで生きてきた中で、一番幸せな時間だったよ。


 私を、"春川葵"にしてくれてありがとう。

 きっと時間が経って、大河が別の人を好きになっても、あるいは私が別の人を好きになっても、きっとそれは変えられない事実だから。


 一緒には歩めなくても、今この手紙を書いている瞬間は、大河が世界一大好きです。


 さようなら。




 春川葵 敬具





 追伸:私の誕生日なんだけど、今度から今日この手紙を書いてる日にします。多分この後、最後に大河に会いに行く予定だから。










『あたしは何処にでも行ける、誰にでもなれる…でも結局、自分が何者なのかわからない』

『誕生日は…内緒』

『‼︎…よ、喜んでは、ない…と、思うよ』

『いいの。あたし、汚れてるから』





「違う…」


 俺は、膝から崩れ落ちた。


 違うんだ。


 理解なんかしていない。


 俺が、勝手に理解した気になっていただけだ。


 彼女の笑顔の裏に、何が隠されてるのか。


 俺の言葉が彼女にとって、どんな意味を持つのか。


 何一つとして、わかってやれなかった。


 誰よりも大切な人を。


 自分を誰よりも好きでいてくれる人を。  


「…なんでだ」


 何故俺は、わかってやれなかった。


 わかろうともしなかった。


 誰よりも側に居たはずなのに。


 こんな俺を、世界一好きだと言ってくれたのに。


 俺は、彼女に何をしてやれたのか。


 感情が満ちる度に、涙がボロボロと流れ出た。


 まともに立つ事さえ出来ずに、俺は地面に倒れ伏した。


「ちくしょう‼︎」


 アスファルトに拳を叩きつける音が、鈍く響いた。


















 気づけば夜もすっかり更けており、辺り一面は闇に包まれていた。

 俺ははっきりとしない意識で、舗装された道路を歩いていた。

 足取りはふらつき、真っ直ぐに歩く事も難しい。

 身体中に最早力が入らなかった。

 そして俺は、壁にもたれかかった。


(俺は…何のために)


 葵を追い求めて走り続けた結果わかったのは、もう俺たち二人は分かたれてしまった事、自分の無知と浅慮で彼女を傷つけてばかりだったという事実だけだった。

 そんな、あまりにも酷い現実を突き付けられ、俺はもう悲嘆に暮れる気力さえ失せていた。


 そんな時、意外な人物に出会った。


「よお、大河」

「…悠臣?」


 そこには悠臣が立っていた。

 時間的に学校から一度帰ってから出てきたのは明らかであり、実際に悠臣は私服だった。

 いつも通り、超然とした笑みを浮かべてはいるものの、その雰囲気にはどこか違和感を感じる。

 その正体に、俺は全く心当たりがなかった。


「学校休んでたから、心配したんだぜ」

「…そうか、悪い」

「春川葵の母親には会えたか?」

「…ああ、全部教えてもらった。

 でも色々教えるのは後にしてくれ」


 とても今はそんな気分になれない。

 心身共に摩耗し切って、言葉を紡ぐ事すら億劫だ。

 それに話せば長くなる上に、自分の言葉で自らの浅はかさを説明するには、俺は疲れ果てていた。

 しかし悠臣からは、予想していない返答が返ってきた。


「その必要はないさ。大体のことは知っているからな」


 その言葉と共に、悠臣は瞬時に俺の身体に何かを押し付けた。

 するとバチっという鋭く鈍い音が聞こえた。


「ぐっ⁉︎」


 それがスタンガンである事には、全身に耐えきれない程の衝撃が走ってから気付いた。


「あのくたばり損ないが。やっぱり喋ったか…まあ二人も殺してやれば、報いにはなるか」


 倒れ込む瞬間、俺は悠臣がニヤリと笑うのを見た。


「あの女にも報いを受けさせてやる…そのツラを見てみたいだろう?」

「な…に…?」


 そして俺は、意識を手放した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ