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23.

 

 ・3月10日


 次の日の朝、飯もそこそこに俺は急いで家を出た。

 平日の朝にも関わらず、私服で出掛ける姿を両親は見ていない。

 当然、俺の行く先も学校ではなかった。

 まっすぐに明星大学に向かっていた。




 ノックをするのも忘れて、俺は雑学研究部の部室のドアを開けた。


「うわ! な、何だよ君は」

「あれ、君は…」


 部室には、高山と数人の部員がいた。

 講義が始まる前の暇つぶしなのだろう、コンビニで買った朝食がテーブルの上に広げられていた。


「すいません、ちょっと失礼します」

「え、ちょ、ちょっと?」


 俺は彼らを無視して、進んでいった。

 突然見知らぬ男が立ち入ってきて何事かと思うだろうが、気を遣っている暇は残念だがない。

 目的のものは一つ、三島優衣のロッカーだった。


「二人しか知らない、大切な数字…」


 俺は思い違いをしていた。

 おそらく暗証番号は脈絡のない数字か、あるいは葵本人にしか関わりのある数字だろうと踏んでいた。

 だが彼女にとって大切なものが、他人にとって大切なものでないとは限らない。

 俺にとって重要なことである場合もある。


「0・2・1・0…よし!」


 予想通り開いた。

 俺の誕生日、それが彼女にとって本当に大切な数字だったのだ。

 そんな風に俺の事を想ってくれていた事が、本当に嬉しかった。

 しかし感傷には浸っていられない。

 すぐにロッカーを開けると、そこには付箋のついた子鍵があった。


(これは…何の鍵だ?)


 付箋には手描き文字で『朝陽銀行 玉野原支店 4387』と記されていた。

 俺は葵の直筆を見た事はないが、恐らくは彼女のものだ。

 これらのワードを見て、俺はすぐさま連想するものがあった。


「まさか…金庫って!」


 数々のキーワードが、頭の中で一つに重なった。

 その瞬間、俺は再び全力で走り始めた。


「すいません、お邪魔しました!」

「え⁉︎ ちょ、何だったんだ一体…」






 朝陽銀行・玉野原支店は駅から徒歩数分の距離だ。

 そこで俺は受付に駆け込んだ。


「すいません、貸金庫を開けたいんですが」

「はい、貸金庫の方でいらっしゃいますね。

 失礼ですが、お名前と身分証等を確認してもよろしいですか?」

「峰大河です。4387番の金庫を開けたいんです。

 おそらく僕が代理人として指定されているはずです」


『本人か代理人にしか受付の人が通さないから、もし鍵を手に入れても使えないから意味ないの』

『年会費の支払いが滞れば、中身は自動的に警察に行く』


 二人の会話が意味していたのが、まさか銀行の貸金庫だったとは思いも寄らなかった。

 しかし気づいてみれば、確かにと合点がいった。

 俺は鍵と生徒手帳を、受付係に見せた。

 受付嬢は奥の人間と相談をしに行ったが、やがて数分したらすぐに戻ってきた。

 平日から高校生がいる事に怪訝そうな顔をしたものの、大丈夫そうであった。


「峰さまですね、こちらになります」






 係の人間の誘導の下、俺は貸金庫のあるスペースに通された。

 仰々しい円形の鉄の扉を開けると、そこには多数の鍵付き金庫があった。


「4387番は、こちらですね」


 案内された金庫を開けた。

 そこには、見慣れたデコレーションの学生鞄が入っていた。


「これは…」


 間違いなく葵が使っていた、ガハラの指定鞄だ。

 ほぼ毎日見ていたので、間違えようがない。

 すぐに取り出して、中を改めて見た。


「これは…‼︎」


 そこには驚くべきものがあった。

 大量の保険証や自動車免許といった、身分証の類が大量に入っていた。

 その顔には俺の知る葵と、遺影にあった本当の春川葵の姿もあった。

 免許には『三島優衣』や『手越真奈美』、『二見茜』の名前もあった。

 恐らくこれは、偽造された身分証明書だ。


(これなら、物証になる!)


 これを岩見警部に見せれば、警察が動いてくれるはずだ。

 その時、携帯が鳴った。

 そこには室井彩綾の名前があった。


「もしもし?」

『峰くん⁉︎ 春川さんのお母さんが…』

「お母さん?」

『お母さんが、目を覚ましたの‼︎』







 病室の前に駆けつけると、岩見警部と他の警官たちが出ていくところだった。


「岩見さん!」

「おお、峰くんか。それが、電話で言っていた…」

「はい。これが証拠です」


 俺は、金庫で発見した学生鞄を岩見に渡した。


「なるほど…これなら、確かに身分詐称の証拠として十分だ」

「岩見さん、春川さんは…」

「ああ、もう聴取は終えた。一応面会はOKだが、事件に関することは聞いても口外しないでくれよ」

「わかっています」

「あと、これは少年課の仕事だから俺はうるさくは言わないが…」


 岩見は俺の方にぽんと手を乗せ、囁くように言った。


「平日の昼間から、学生がうろつくんじゃないぞ。

 あと、煙草くさいのも問題だ。うまく誤魔化せ」


 俺はびくりと反応した。

 岩見はそれを見届けると、手を振りながら去って行った。

 やはりプロの捜査官なのだろう、そうしたことはすぐにわかるという訳だ。

 俺は改めて日本の警官の優秀さを思い知った。


「何はともあれ…」


 春川母が目を覚ましたとなれば、もはや是非もない。

 俺は病室を軽くノックした。


「はい…」

「すみません、峰大河です」

「…どうぞ」





 頭と体に包帯を巻いた春川母は、酷くやつれていた。

 三日三晩意識不明の重体、しかも伴侶や娘まで亡くした心労を思えば、当然ではあるだろう。

 俺はベッドに歩み寄り、声を掛けた。


「お母さん…生きててよかった」

「はい、なんとか…」

「…ご主人と娘さんは、本当に…」

「……」


 春川母は、震える手で毛布をきつく掴んだ。

 娘に続いて旦那まで殺された悲しみは、察するに余りある。

 俺は迷いながらも、彼女に話しかけた。


「…お母さん。亡くなった二人のためにも、今度こそ聞かせてください。

 なぜ春川葵が二人もいるのか、あなたたちは何を隠しているのかを」

「…わかりました」


 春川母は語り始めた。








 春川葵という人物が二人いることは、もうご存知ですね。

 亡くなったあの子と、あなたが知っている葵さん。

 でも本当は、あの子たちは春川葵でもないんです。

 それどころか私も夫も、本当は春川という名前ではないんです。


 どういう事か、ですよね。

 その前にお話ししておきたい事があります。

 私たち三人は元々他人同士で、三年前まで顔を合わせた事さえありませんでした。

 そしてそれぞれ三人とも、多額の借金を抱えていました…それも合法的でないところから多数。

 当然その元締め達も、裏社会の人間たちです。

 彼らは借金の返済の一環として、私達に彼らのビジネスの手助けをさせました。

 ビジネスというのは、当然非合法なものです。

 売春、薬物取引、人身売買、詐欺、間接的にですが強盗や殺人まで…。

 そしてその中には、身分詐称や戸籍偽造といった、身柄をロンダリングするような仕事がありました。

 非合法な活動をするためには、本当の身分ではなく複数の名前を使い分けなければならなかったからです。

 実際私たち三人も身分の偽造に手を染め、結果として我々は春川の名前を手にしました。

 そして上からの指示で、しばらくこの一帯で仕事をするから、それまでは偽装家族としてこの家に住むようにと。

 これが私たち家族の真実です。


 最初のうちは、見ず知らずの他人同士でした。

 でもいつしか互いの境遇を知り、運命を共にする内に、お互いの中に絆のようなものが芽生えていくのを感じました。

 人というのは役割や社会的身分で作られる、というのを聞いたことがあります。

 私たちもそうだったのでしょう、いつの間にか三人とも、本当の『春川家』になっていったのです。

 しかし当然そんなことは許されません。

 彼らがこの一帯での仕事を終えれば、私たちは離れ離れです。

 それが私たちには堪え難かったのです。

 三人とも手を汚し続ける生活が嫌だったのもありますが、それ以上にせっかく手にした家族の安らぎ奪われたくなかった、そんな感情の方が強かったと思います。

 どうにかして彼らの支配と搾取から逃れる手はないか、そう思案していた時です。


 彼女が、助け舟を出してくれたのです。


 それが恐らく、あなたの知る『春川葵』なのでしょう。

 彼女は、娘が売春をしているときに知り合った関係で、同じ名前を名乗っていた時もありました。

 彼女は私たちよりも、元締めたちに近い立ち位置にいました。

 そんな彼女は、彼らに対して強硬手段を取ったのです。

 彼女たちが作成した偽の身分証全てを持ち出し、彼らを脅迫したのです。

「これら全てを白日の元に晒されたくなければ、我々を解放しろ」と。

 自分たちに何かあれば、これらは全て自動的に表に出るようになっているから、安心して欲しいとも言っていました。

 しかし…結果はご存知のとおりです。

 彼らは自らの犯罪が明るみに出る事よりも、裏切りの方を許さなかったわけです。


 彼女は何者なのか?

 …それは、私にもわかりません。

 ただ彼女が教えてくれた事があります。

 志賀村総合病院の601号室、そこに自分たちのボスがいるから、何かあればそいつを直接叩けば良い、と…。


 でももう、そんなことには全て意味がありません。

 私は全てを失ってしまいました。

 平凡な生活も、家族も、身分も、何もかも…






 そこまで言うと春川母は、両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 その光景はあまりにも痛々しく、見ていられなかった。


「…お話し、ありがとうございます」


 そして俺は、最後の真実を確かめに行く決意をした。







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