22.
・3月8日
翌朝の朝礼でも、俺は頭が働かなかった。
あまりにも非日常的なものを見た事と、もはや自分の理解の範疇を超えた域に達している事に、俺は心身共に疲弊していた。
何せ人生で初めて、人間の他殺体というものを見てしまった。
その上自分の目の前で顔見知りの人間が轢き逃げに遭い、瀕死の重傷を負わされたのだ。
葵の事は未だ気になるものの、ここまできたら自分には何もしようがない。
どれだけ想いがあろうと、所詮は一介の高校生に出来る事など、限られているのだ。
『えー、皆様に悲しい報告があります』
校内放送で、校長の声が響いた。
『昨夜、本校三年生の澁谷尊くん、堀川淳一くん、前田俊哉くんがお亡くなりになりました』
このアナウンスに、生徒全員が騒然となった。
そしてそれは俺も例外ではなく、文字通り開いた口が塞がらなかった。
澁谷尊は、皆が知っている、俺もこの前クラブで会った半グレのリーダーだ。
堀川と前田は、確か澁谷の取り巻きで、常にボディガードの様に側にいた二人だ。
「うわー、死んじゃったって。こりゃ殺されたとかじゃない?」
「あり得るね。一応は悪人なんだ、恨みはいくらだって買ってるだろうさ…って大河、どうした? 顔が真っ青だけど」
「…ああ」
奴らが三人とも、死んだ。
恐らく他殺と考えて、間違いはないのだろう。
葵の両親の件と併せて考えると、おそらくは彼女に関しての情報を漏らしたから殺された、と考えるべきだろう。
ということは、春川葵及び三島優衣の情報を持っている自分は、どうなってしまうのか?
俺はそこまで考えて、考えるのを拒否した。
(やめろ…やめろ、考えるな!)
しかし体の震えは止まってはくれなかった。
部屋に帰ってからも、俺はベッドの中でガタガタと震えていた。
葵の裏の顔を知った人間が、順番に消されている。
恐らくそれは、俺も例外ではない。
次に消されるのは、自分の番かもしれない。
そう考えると、恐怖のあまり心臓が早鐘のように鳴った。
(やめろ…やめてくれ…助けてくれ…)
恐怖をかき消すように硬く目を瞑っても、体の震えが止まることはなかった。
・3月9日
結局一睡も出来ないまま、俺は朝を迎えることになった。
ギンギンに冴えてしまっている頭が、鈍く痛んでいた。
通学路がゆらゆらと揺れているかのようだ。
意識は朦朧とし、眠くはないはずなのに目蓋が重い。
「おはよう、大河」
そんな調子だからか、いつもの悠臣の挨拶にも俺はびくりと体を震わすことになった。
いつどこで誰に襲われるか、わかったモノではないからである。
「おいおい、どうした。渋谷が死んだのがそんなにショックか?」
「そ、そりゃあな…」
「なんか目の下クマがすごいけど」
「…寝てないからよ」
「大河といい俊一といい、今日は揃って満身創痍だな」
「俊一?」
「あれ、聞いてない? 俊一も顔がひどい事になってるよ」
「…二人とも、おはよー」
背後から俊一の声がした。
しかし何故だか、その声にはいつものような明るさがない。
その理由は、直接俊一の姿を見てわかった。
振り返った俺は、その顔に驚いた。
「しゅ、俊一…お前どうしたんだ、その傷」
「あー、いてて…昨日チンピラに襲われちまったんだよ」
「チンピラ? なんでだよ」
「最近のここ一帯の開発で、地上げが流行ってるみたいなんだよねー。
それで俺たちの一家もヤーさんに交渉されてるってわけなんだけど、俺の爺ちゃんがここの土地に思い入れがあるみたいでさ、立ち退きに応じないんだよ」
確か俊一の実家の事業は、いまだに彼の祖父がワンマン事業で経営しているらしい。
その祖父が首を縦に振らない事には、何事も動かないのだろう。
「そういや聞いたことがあるよ、この辺の開発にヤクザが噛んでるってさ」
「ああ、多分柳瀬組の連中だろうけど…」
「おいおい冗談じゃねぇぞ、警察には行ったのか⁉︎」
「もちろん行ったよ。でもあいつら、多分雇われのチンピラだろうしねー。
身代わり立てられて終わりだろうよ」
「…マジかよ」
「まぁそんなわけで、当分は夜遊びできないわ。ごめんねー」
俊一は軽く頭を下げた。
俺は授業中も考えていた。
もし朴家が立ち退かなければ、俊一への危害は続く。
果たして彼の祖父が応じるだろうか?
その可能性は低かった。
この件に関しては、彼の祖父の事業そのものが関わっている。
孫の怪我程度で応じるか、どうかは判らなかった。
聞くところによれば、かなり頑固で強引な、悪い意味で昔ながらのワンマン社長らしい。
そういった意味でも望み薄だ。
(何とかならないのか…)
そこまで考えて、俺はふと気が付いた。
(待てよ…柳瀬組…?)
『俺らのケツ持ちの柳瀬組から『リクルーター』を派遣するっつって、あの女が送られてきたんだ』
「‼︎」
不意に、点と線が繋がった。
その瞬間、俺は授業中にも関わらず立ち上がってしまった。
「⁉︎ お、おいどうした、峰」
数学教師が、驚いた顔でこちらを見つめていた。
また周りの生徒からも、どよめきが起こっているのを感じた。
やらかしてしまったと瞬時に悟った俺は、顔を真っ赤にした。
「あ、いえ…なんでもないです」
気まずい思いをしたまま、俺は席に着いた。
その場では大人しく座ったが、俺はある考えに頭が支配されていた。
自室で煙草をふかしながら、俺は考えていた。
(いま朴家に危害を加えている柳瀬組…澁谷たちのバックについていたのも柳瀬組…そいつらを経由して棗が派遣された…)
どう考えても偶然に偶然が重なり過ぎている。
何かの関連を疑った方がいいのは明白だろう。
(…そうだ、よく考えればおかしいぞ)
本当に葵の裏の顔を知った人間全てがターゲットなら、俺はともかく悠臣や俊一が生きているのは不自然だ。
あの日澁谷から話を聞いたとき、あの二人も同席していたのだ。
売春を斡旋していたことを知る人間全員を消すのなら、俺たち三人も同じである。
俺や悠臣がたまたま順序的に難を逃れただけでも、俊一の件は説明がつかない。
わざわざ襲えるチャンスがあったにも関わらず、怪我を負わせるだけで済んでいる。
(口封じで殺したのは間違いない…なら、向こうの情報を知らず、かつこの件に深く関わっている人物はいないか?)
もしそんな人物がいるのであれば、今回の一件の重要な手掛かりを持っていることは想像に難くない。
そしてそんな人物に、俺は一人だけ心当たりがあった。
俺まスマホを手にとり、彼女の電話番号に向かって電話をかけた。
(室井彩綾…彼女なら)
本物の春川葵の親友であり、直接的に事件のことを知らない彼女なら、まだ無事であると同時に、警察も注視していない可能性があった。
何コールかの後、彼女は電話に出た。
『もしもし?』
「室井さんか? 突然ごめんな、峰だけど」
『はい…』
「ちょっといくつか聞きたいんだけど、いいか?」
『ええ、いいですけど…』
「ありがとう。最近、室井さんのところに警察とか来たりしたか?」
『警察? いいえ…』
やはり直接棗の裏の顔を知らない彼女は、警察のマークからも外れていた。
電話してみて正解だったと言うことである。
『あの…私も今、電話しようと思ってて』
「え?」
『今メールが届いたんです、春川さんから』
「⁉︎」
『送信日時が、今日に指定されてたみたいで…今、転送しますね』
しばらくすると右手で掴んでいたスマートフォンから、微かな振動が伝わった。
室井沙彩からメールが転送されてきたのだ。
文面には、こう書かれていた。
『沙彩ちゃんへ
私の身に何かあった場合、このメールが送信されるようになっています。
もし沙彩ちゃんがこのメールを見る時は、最悪の場合私は生きていません。
だから万が一に備えて、伝えなければいけない事を伝えておきます。
私が死んだら私か、もしくは私と同じ名前の女性を探しにくる人がいると思います(警察の人ではありません)。
そうしたら、『あなたの誕生日で鍵は開く』と伝えてください。
その数字がなんなのかは、私もわかりません。
親友からそう伝えるよう言われただけなので。
でも、その人が私の無念を晴らしてくれるだろうとも言っていました。
だから沙彩ちゃんも、その人を信頼してあげてください。
あと私の事件についても、出来る限り調べないでください。
あなたの身に危険が及ぶ可能性があります。
どうかいつまでも、平和な日々で暮らしていて。
今まで、本当にありがとう。
暗くて無口な私を、いつも気遣ってくれたよね。
沙彩ちゃんのおかげで、いつも何かに追われるような日々が、楽しくなったんだ。
私がいなくなった後でも、友達でいてね!
春川葵』
「これは…」
『春川さん…自分がいなくなる事を、予期していたんですか?』
彼女の声は、微かに震えていた。
「多分な…」
『一体、彼女は何で…』
「余計な詮索をしちゃいけない。
春川さんの言う通り、室井さんにも危害が及ぶ。
とにかく、教えてくれて、ありがとうな」
そう言うと、俺は通話を切った。
恐らく『親友』というのは、葵の事だ。
彼女が本物の春川棗を通して、室井沙彩に伝え、最終的に俺に回るようにした。
『鍵は開く』との一分があるが、それが俺には引っ掛かった。
「鍵って……待てよ、そういえば」
一つだけ、思い当たる節があった。
恐らくは、あそこしかない。




