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21.

 

 ・3月7日



 その日は一日中、時間が経つのが遅くて仕方がないように感じた。

 授業中の教師の説明が念仏よりも鬱陶しいのはいつもの事だが、しかし今日は学校が終わればすぐに春川宅に行かなければいけないのだ。

 そうすれば彼女の行方も、何か手掛かりが掴める可能性が高い。

 貧乏揺すりをしそうになるのを必死に堪えて、俺は今日をやり過ごすつもりでいた。


 しかし気が変わったのは、昼飯を食い終わり三人で食後の一服を校舎裏で決めていた時だ。


「悪い、今日は授業早退けするわ」

「え?」

「俺このまま帰るから、悪いけど今度ノート見せてくれ」


 幸い財布はポケットの中にあるし、スマートフォンもしっかり持っている。

 残りの授業は二人に聞けばいいし、明日の授業の教科書は見せてもらえばいい。

 第一、俺たちのような素行不良の生徒が一、二回の早退を気にする方がおかしいのだ。

 俺は飲んでいた缶ジュースの空き缶に吸い殻を放り込むと、駆け出していた。


「あれ、ちょっとタイガー?」


 俊一は面食らったような顔でいた。

 しかし悠臣だけは違っていた。


「大河、ちょっと待て!」


 彼は俺の肩を掴み、無理やり引き留めた。


「どこへ行くっていうんだ?」

「うるせぇ!」


 俺はその手を乱暴に振り払った。


「葵の家族が話を聞かせてくれるかもしれないんだ! いちいち待ってられるか‼︎」

「ちょ、ちょっとタイガー…」

「お前、昨日の澁谷の話聞いてなかったのか?

 あの女絡みの件は、間違いなくスジモン関係だ。下手したらお前の命が危なくなるんだぞ」

「だからって、このまま何もしないでいられるかよ!」


 悠臣を振り払い、あたふたする俊一を置いて、俺は春川家へと急いだ。






 意外にも早く、春川家には辿り着いた。

 一度来たことがあるという事で、躊躇いなく進むことが出来たのだろう。

 まだ昼過ぎと言うことで早すぎるかもしれないが、あとで詫びればいい。

 もし誰もいなければ、出直せばいいだけの話である。

 俺はインターフォンを押した。

 ピーンポーンというありふれた音が木霊した後、特に反応は見られなかった。


(…留守か。早すぎたかな)


 考えてみれば、父親の方は勤めに行っていても不思議ではないし、母親も買い物か何かに出ていてもいい時間帯だ。

 俺は一旦どこかで時間を潰そうと、家を後にしようとした。

 しかしその時、ふと目に止まったものがあった。


(室外機…動いてる?)


 庭に設置された室外機は、僅かにウォンウォンと音を立てながらファンを回していた。

 これらが動いているということは、エアコンが室内で作動中という事である。

 二人とも留守なのに動いているのは、少し不自然なようにも思えた。

 もちろん単に暖房の消し忘れも考えられるが、あの二人がそこまで物臭な人間にも見えなかった。

 そして上を見上げると、二階も含めた大体の部屋から明かりが漏れている。

 明らかに部屋の電気が付けっぱなしである。

 空調も切り忘れた上、電気までそのままにしておくような事は、余程無精な人間でない限り有り得ない。


(……)


 何か嫌な予感を覚えて、俺は再びドアの前に立った。

 そしてドアをノックした。


「…誰かいますか?」


 問いかけには誰も答えることはなかった。

 恐る恐るドアノブを回し、そっと引いてみると、ドアはスッと開いた。


(鍵が掛かっていない?)


 意を決して、俺は中に入って行った。






 一階の廊下は電気がついておらず、薄暗かった。

 空調の可動音が微かに聞こえる以外には、全く音がしない。

 異常な雰囲気に、俺の心臓のリズムが跳ね上がった。

 ふと見ると、明かりが漏れている部屋がある。

 以前案内された、春川葵の仏壇がある部屋だ。

 忍び足で近づき、胸騒ぎを覚えながら俺はドアを開けた。

 そこにあったものに、俺は叫びを上げて腰を抜かす事となった。


「う、うわああああああっ‼︎」


 そこには、春川家の父がうつ伏せで倒れ込んでいた

 父の服には大量の赤茶けた染みができ、床には大量の血痕がまだ乾き切ってもいなかった。

 この出血量では、命がないことは目に見えて明らかであった。

 初めて見る命を奪われた亡骸というものに、俺は尻餅をついて後ずさった。


(な、なんで…なんでこんな事に…!)


 そしてすぐに気が付いた。

 父がこの有様なら、母も同じ目に合っていることは想像に容易い。

 俺は必死に立ち上がり、他の部屋を虱潰しに探し回った。

 二階や電気のない部屋のドアを開けてみたが、母親の姿は見当たらない。


(拉致された…それか外出して何を逃れたか…?)


 いずれにせよ、ここにいては危ない。

 何より死体がある空間から逃げ出したいという本能的恐怖が、俺を駆り立てた。

 全力で二階から階段を下り、靴の踵を履き潰しても構わずに俺は家を出た。






「はぁ、はぁ、はぁ…」

「あら、峰さん?」


 外に出ると、春川母がどうした事かといった顔で俺を見ていた。

 エコバッグを肩から下げ、中には野菜などの食品が入っていた。

 やはり買い物に出ていたところを難を逃れたのだろう。


「随分お早かったのね?」

「お…お母さん…!」


 喘ぎながら危険が迫っている事を伝えようとした時、俺は気が付いた。

 猛スピードで彼女の背後から、黒塗りのセダンが迫っている事に。


「あ…‼︎」


 危ない、と伝えようとした時には手遅れだった。

 彼女の身体は跳ね飛ばされ、宙を舞った。

 俺は、人の身体が吹っ飛ぶのを初めて見た。

 悲鳴を上げる暇もなく、唖然とする俺の真横を通り過ぎ、彼女は道路に体を投げ出す事となった。

 黒塗りのセダンはそのままバックし、すぐ後ろの十字路で方向転換し、逃げていった。


「お、お母さん‼︎」


 春川母は、頭から出血し片手片足が変な方向に折れ曲がっていたが、しかしまだ息はあるようだった。

 もどかしい手つきでスマートフォンを取り出し、震える手で110番のダイヤルを押した。


『もしもし、警察です。事故ですか、事件ですか?』

「ひ、ひ、轢き逃げです! く、黒のセダンが…家にも死体があって!」

『落ち着いてください、どの辺にいらっしゃいますか?』


 あまりのことに痞えながら、春川家の住所を言った。











 警察署という所に、俺は初めて来た。

 あの後、救急車とパトカーが大勢押し掛け、両親二人とも搬送される事となった。

 俺はパトカーに乗せられ、第一発見者として事情聴取を受ける事となった。

 そうして今、俺はドラマなどでもよくみる取調室にいるという訳である。


 俺はショックで放心していた。

 人の命が奪われた、そして目の前で人が殺されかけたその強烈な体験は、俺の視界をグラグラとさせた。


 しばらくすると、中年の少し強面の男性が現れた。

 スーツ姿であることを見ると、いわゆる『刑事』に当たる役職なのだろう。


「いやあ、この度は大変だったね。私は、県警の岩見という」

「け、県警…?」

「あそこの家の娘さんの春川葵さんが通り魔に遭ったのは知ってるかな?」

「ええ…」

「あの件を正式な殺人事件として、県警で捜査しているんだよ。

 ご両親が被害に遭われたのも、その事件に関連するものだと判断し、私が出てきたんだ。ご協力願えるかな?」

「は、はい」

「ありがとう。まぁ大変なものを見てしまって、動揺するのはわかるよ。とても子供の見るものではないな」


 岩見はパイプ椅子を引き、ゆっくりと腰掛けた。


「では聞きたいんだが、君が現場に居合わせたのは何故かな?」

「…母親の方に、呼ばれたからです」

「呼ばれた? それはどうして」

「……」


 ここまできたら、葵の一件を全て言うしかない。

 黙っていれば、俺の方があらぬ疑いを掛けられるだろう。

 この岩見という男が信じてくれるかどうかはわからないが、人が死んでいる以上話す他ない。


「…物証は一切ありませんし、疑われるかもしれないんですが…」








「なるほど…にわかには信じがたい話だな」


 俺は岩見に全てを話した。

 葵と付き合っていたこと。

 姿を見せなくなった彼女を追っていたら、彼女が別人だったこと。

 彼女が偽名を名乗り、売春の斡旋をしていたこと。


「確かに物的証拠は何もありませんし、疑われても仕方ないですけど…でも本当なんです。

 おそらく彼女のご両親が今回被害に遭われたのも、何か関係があるんだと思います」

「…わかった、心には留めておくよ。

 一応、私の名刺を渡しておく。何かあったら、ここに連絡してくれ」


 岩見は名刺入れから名刺を取り出し、俺に渡してくれた。

 それが俺の安全が保証されるものがどうかは、正直疑わしかった。


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