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19.

 

 俺たち三人が通されたのは、繁華街の奥にあるクラブの、いわゆるVIP席だった。

 眼下では極彩色のレーザーと照明でステージが照らされ、DJが機材を弄っていた。

 そしてフロアはオーディエンスに満ち、熱狂の渦の中にあった。

 それらを見下ろせる席で、俺たち三人に対する形で澁谷が豪勢なソファに寄りかかっていた。


「俺に聞きたいこと?」


 煙草の煙を吐き出しながら、澁谷は俺に話しかけた。


「あ、ああ…そうだ」

「ちょっと女関係でさー、澁谷も協力してやってよ」


 誰とでも仲がいいのは構わないが、余計な事を言うのは勘弁してほしい。

 俊一に対して、そんな風に思った。


「まあいい。手短に話せや」

「お、おう…この写真の、女なんだけど…」


 俺は内心びびりながら、おずおずと葵との写真を澁谷に見せた。


「この写真の女が、売りの斡旋やってるって聞いたんだけど、本当なのか?」

「え、そうなの⁉︎」

「ありゃまあ」


 俊一と悠臣は驚いた表情を浮かべた。

 それもそうだろう。

 初めて話す内容である上、そこまで悪辣な行為に関わっているというのは、想像出来ないはずだ。


「ああ、そうだ。何回かは話したことがあるぜ」

「本当か⁉︎」

「つまり、この女の素性を知りてぇって事だな?」

「そうだ」

「言っても俺もそこまで話し込んだわけじゃねぇ。

 こいつが回してくる女を、客に仲介するだけだからな。大した話はしてねぇ」

「そうか…そもそも、澁谷は何でこの女と知り合うことになったんだ?」

「まぁ、あの辺の繁華街の一体の売春は俺たちが取り仕切ってんだ。

 で、俺らのケツ持ちの柳瀬組から『リクルーター』を派遣するっつって、あの女が送られてきたんだ」

「リクルーター?」

「俺たちに女の斡旋するってこったな。大学や高校に行って、金に困ってる生徒かなんかを誘い出したんだろうよ」

「…じゃあ元々はヤクザの女、って事なのか?」

「それもわからねぇが、ただ組員曰く、あいつはヤクザよりもっとヤバいところから来ているって話だ。

 下手に素性を探ると消されかねねぇって、だいぶブルってたぜ。だから俺も、余計な詮索はしてねぇ」

「名前とかは?」

「一応便宜上『手越』って名乗っていたが…多分偽名だ。

 お前や他の学生に名乗っていた名前も、多分本名じゃねぇ」

「……」


 スケールの違うやばさに、俺は黙ってしまった。

 明らかに堅気では無いところにまで、話が進んでしまっている。

 自分が追い求める真実の危険さに、尻込みしてしまいそうだった。

 しかしそれにしても、またしても振り出しに戻ってしまった状態である。


「にしても、意外とみんな売春なんて手ぇ出しちゃうんだね…」


 俊一が横から口を挟んできた。

 話の苛烈さにショックを受け、思わず口についてしまったのだろう。


「大体そんなもんだ。新品のバッグやらスマホやらを買うために、簡単に股を開くやつは割といる。

 もちろん片親で本当に金がない奴や、家出してきた奴なんかもいるにはいるがな」

「でもそういう女って、風俗とかキャバじゃないのか?」


 俺も疑問を口にした。

 確かにそういった手合いの女は知ってはいるが、そういうのは正規の店を通すのが普通だ。

 違法なものに手を染めれば、自らの身も危うくなる。


「安く買い叩かれる上に店に中抜きされるから、女の方が儲かんねぇんだと。

 何より奴らは未成年も多い。普通ならそれが足枷になるが、俺らみたいなシノギやってると、それはある意味ブランドになる。

 成人してないJKやJDを食いたいなんて変態野郎は、わんさかいやがるからな。谷川の野郎もその一人だ」

「谷川?」

「生徒指導の谷川だよ。あいつ、うちらの女とホテルに行きやがったことがあんだよ。

 奴が俺たちに大きく出れないのは、そういう理由もあんのさ」

「えー…最悪すぎる」


 俊一が引きつった表情をした。

 俺も聞いていて吐きそうになった。

 恐らく俊一が目撃したラブホテルの一件も、澁谷たちのグループから売春したのだろう。

 なんともおぞましい話である。


「…にしても、売春がシノギってのも意外だな。もっと強盗とか特殊詐欺とか、腕力で稼いでるのかと思った」

「ああ、その手のやつは基本やらねぇ。

 基本ゲス野郎かその筋の奴からしか金はとらねぇ主義だ。タタキにしても闇金からとか対立してるグループとかな」


 意外にも、澁谷には自分なりのポリシーがあるらしい。

 それは悪人でも筋を通す、古き良き侠客のような雰囲気があった。

 そういう意味では、俺はこの男を本当の意味で理解出来た気がする。


「まぁ、どういう理由があるかは知らねぇが、あの女を深追いするのはやめておいたほうがいいぞ。

 どう考えたって堅気じゃねぇし、俺らだって手が出せねぇクラスのやつだ。危なすぎる」

「……」





 ・3月5日


 真っ暗な寝室、ベッドの中で俺は葵の言葉を、頭の中で反芻していた。


『私、汚れてるから』


 彼女が放った言葉の真の意味に、俺は気付きつつあった。


(葵…お前は…)


 確かに合点のいく話ではあった。

 彼女が趣味嗜好が大人びている理由も、行為に非常に慣れている理由も、これで説明がつく。

 しかし深くは考えたくはなかった。


(汚れてるなんて…そんな…)


 確かに経験人数が多いからと言って、それで何が変わるわけでもない。

 しかし売春という行為に手を染め、しかもそれを斡旋していたとなれば、それはどうだろうか?

 俺の見ていた彼女は仮初で、本当は愛のない行為でも躊躇いなく行うのではないか?


(違う…葵は、確かに俺を愛してくれていたはずだ…)


 俺に見せてくれた笑顔や温もり、それら全てが偽りだとは、とても信じられない。

 しかし、すぐさまもう一人の自分が頭の中で喚いた。


(何が違うもんかよ! お前の愛した女は売女だったんだよ‼︎ そんな女が好きだと?

 認めろよ、お前はあの女を心の底では軽蔑してるんだ。誰にでも寝れる女だと、あの死んだ春川葵みたいにな‼︎)

(黙れ、黙れ! 俺は…俺は‼︎)


 目をきつく閉じて、俺は頭を掻き毟った。

 二つの感情が、頭の中で堂々巡りしていた。

 もう彼女に再会したとして、どんな顔をすればいいのだろうか?

 その答えを、俺は失いつつあった。




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