1.
・1月8日
短い冬休みが終わり、新たな学期が始まる日。
始業式を昨日終えたばかりの俺、峰大河はその他大勢の生徒達と同じく、憂鬱な気持ちで通学路を歩いていた。
授業のつまらなさもそうだが、やはり人間関係がらみの面倒臭さは、嫌でも俺の気分を沈ませる。
そんな陰鬱な無表情の俺に対し、突然声が掛けられた。
「よぉ、大河」
「悠臣か…おーっす」
「元気がないな、そんなに学校再開が嫌か?」
背後から掛けられた声に気づいたお陰で、無表情を悟られずに済んだ。
俺の級友、田原悠臣である。
俺はいつも通りの笑顔を取り繕うことができた。 こいつの前では色々と笑顔を保つのが大変だ。
なにせこの悠臣というやつは、人の心の奥底までも見透かすような目をしている。
その鋭い眼光に、俺は時折酷く狼狽してしまうのだ。
常に仮面を被って生きることに慣れた俺にとって、あの目はどうしようもなく脅威だった。
「別に元気がないわけじゃねーよ。ただちょっと微妙に眠いだけだ」
「それにしちゃあ、なんか目に覇気がないな。 何か恋の悩みでも抱えてるんじゃないのか?」
「勘弁しろよ。俺の女っ気の無さ、お前はよく知ってるはずだろ」
「まあ、それもそうだな。 まあ、その辺はお互い様ってことでひとつ」
そんな風に不敵な笑みを浮かべると、 悠臣は俺の肩に手を置いて、ニヤリと笑った。
やはりこの男はどこかで読めない奴だ。
ただそんな男だからこそ、どこか信頼しているというか、 俺はほんの少し憧れているような節があるのだ。
「あれ、タイガーにおみちん、どうしたの? 珍しいじゃん、二人揃って登校なんて」
「ああ、なんだ、俊一か。 まあ別に、たまたま登校時間がかぶっただけだ」
こいつは朴俊一。いわゆる良いとこのボンボンだ。
俺は峰大河だからタイガー、悠臣は一文字取っておみちんと呼んでいる。
良いところいっても、昔から名のあるメーカーというわけではない、こいつの祖父の一代で名を成した総合商社の孫、つまりは成金の家系というわけだ。
その金とずば抜けたコミュニケーション能力に物をいわせて、所々で色んな女を作りまくっている。
おまけに、こいつの見た目もだいぶチャラい。
金に近い茶髪に両耳に開けた金のピアス、おまけに制服のシャツの中にのぞく有名フランドのネックレスは、否が応でもこいつの家の太さを実感させた。
「しかしまあ、肌が乾燥して仕方ねぇな」
「本当だよねー、ボディークリームないとやってらんないもん」
「これから更に気温まで下がるからね、やってらんないな」
そんなふうに話す1月の通学路は、乾いた北風が吹き荒れていた。
この地方都市においては首都圏ほど気候が激しくないのが売りのはずなのだが、しかしそれにしたって夏は暑いし冬は寒い。
乾燥がきついやつは、文字通り流血沙汰になってもおかしくはないのだ。
そんな厳しい季節を彼らと迎えるのは、これで二度目になる。
最初に話しかけてきたのは、悠臣の方だった。
学生生活の初日において、最重要なのは何処かのグループへの加入である。
入学式の日に、どこかのグループかに話し掛けなければ、漏れなく悲惨なぼっち生活になってしまう。
俺はクラスの中で、声を掛けれそうな所をキョロキョロと見回していた。
しかし皆はすでに、それぞれの集団を形成しつつあり、割って入れる雰囲気ではない。
そうして声を掛けあぐねていたところ、肩を叩かれた。
「どこに声かけようか、迷ってる感じか?」
そう微笑みかけたあいつの笑みに、俺は何か畏怖に似た感情を覚えた。
他人の事は何もかもお見通しのくせに、自分の事は欠片も悟らせない。
そんな底知れなさが、悠臣には昔からあった。
「あ、ああ…まあな」
「実は俺もなんだ」
それ以降、俺たちは話すようになった。
それからしばらくして、悠臣が俊一を連れてきた。
ある意味、クラスの一軍に近い立ち位置の男を引っ張ってきたのも、悠臣の凄いところだ。
初対面のにぱっとした、俊一のお気楽そうな笑顔は忘れられない。
それに加えて俊一自身の、他人に壁を作らない性格も手伝って、三人はすぐにグループとして固まった。
「えーと、大河だからタイガーかな? 悠臣はおみちんでいいでしょ」
あんまりにも適当な名付け方で、なぜか俺たちも納得してしまった。
そうした経緯を経て、俺たちはそこそこに真面目で、そこそこに不真面目で、まずまずの品行方正、これまたまずまずの不良振りを見せながら、普通の学生性格を送っていた。
「冬に外でタバコ吸うとまずいよねー」
「わかるわ。なんでだろーな?」
「確か風が強いと、味が変わるらしいよ」
「なんで?」
「確か燃える速度が変わるせいだったような気がする。
ほら、火か付いてる炭とかに息吹きかけると、真っ赤になって暑くなったりするだろ?」
「あーなるほどな。悠臣って雑学にも詳しいのな」
「雑学っていう程かな?」
寒空の下で、中身のない会話をする。
俺たちは三人とも、そんな季節を繰り返していくのだろう。
たとえ卒業して離れ離れになっても、各々で。




