17.
・3月1日
明星大学は、玉野原高校からおよそ五駅ほどの距離がある、隣町の大学だ。
周囲の高校出身で、偏差値が真ん中から下の奴らは大体ここに入学する。
俺は『三島優衣』と名乗っていた女の情報を探るため、学校が終わった後のキャンパスに赴いていた。
幸い俺には、この大学にコネがあった。
指定された待ち合わせ場所である、校門近くの喫煙所に彼は立っていた。
「お久しぶりです、松川先輩」
「よお、峰。元気してたか?」
この男、松川聖は俺や悠臣、俊一の二歳上の先輩であり、この大学に現役合格していた。
松川も俺たち三人と似たような存在で、どちらかといえば落ちこぼれタイプだった。
俺たちが入学した時、酒や煙草も当時三年だった彼とその友人に教えられた。
その時からの付き合いで、俺はいまだに連絡先を持っていたのだ。
「田原や朴はどうしてる?」
「相変わらずですよ」
「おお、なら良かった」
「で、先輩。例の件なんですけど…」
「それな。話はつけてあるから、ついてきな」
「それで、この人が…」
「はじめまして、高山広斗です」
「どうも、峰大河です」
紹介された高山という男は、まさしく今時の大学生といった風貌だった。
適度に勉強し、適度に遊び、適度に就職する。そんな未来がありありと想像できるような、まさしく普通の人間である。
「この人が、三島さんのことを知りたいって?」
「ええ、そうなんです」
「俺の後輩だから、ちょっとくらいは悩みを聞いてあげたくてさ」
明星大学に松川が在籍していることを知っていた俺は、すぐさま彼に連絡を取ったのである。
その際、俺が葵(三島優衣)と撮った写真を送付し、この女に見覚えはないかどうか聞いてみた。
松川曰く、キャンパス内で見かけた事はあるが話したことはないそうで、詳しい話を聞くのであれば同じサークルだった人間に聞くといいということを助言された。
そこで俺はその先輩であった高山を紹介してもらい、事情を聞いてみることにしたのだ。
「んー、まぁ俺もそんなに話したことがあるわけじゃないからなぁ…まぁ、座って座って」
「ああ、どうも…」
通された場所は、彼らが使っていたサークルの部室だった。
サークル名は『現代雑学同好会』。世の中にありとあらゆる雑学を収集し、ライフハックにしたり自慢の種にしたりと、様々な目標で情報を仕入れるのだそうだ。
部室内は雑然をしており、お世辞にも綺麗とは言い難かった。
各種ロッカーが壁際に建てられ、床や机には物が散乱し、綺麗なのは座るよう促されたソファくらいのものだった。
「で、三島さんのことだけど」
「ええ。このサークルに所属していたということで、間違いはないんですね?」
「ああ、そうだよ。って言っても、無口で無表情な人だったから、あんまり俺も含めて部員と交流がなかったんだ」
「無口で無表情…」
にわかには信じがたい話だった。
あの明るく、眩しい笑顔を浮かべる葵が、もう一つの冷たい一面を持っていたとは。
「なんか意図的に人との接触を避けてる感じだったな。明星祭…学園祭がある時も、バイトが忙しいとか言ってほとんど手伝わないような子だったよ」
「…だとしたら、彼女はなんでこのサークルに入ったんですか?」
「わからないけど、多分ここのロッカーがあるからじゃない?
他の部室には個人用のロッカーがないんだよ。
ここって昔は体育系の部活が使ってたらしくてね、その名残で置いてあるんだ」
「ロッカーがあるから?」
「あんまり見られたくないものとか、バイトに使うとかで家に置いとくより学校に置いといた方がいいものとか。
そういうのをみんなロッカーに入れてるんだよ…あ、一個思い出したな」
「?」
「数日前に部員が間違えて三島さんのロッカーを開けようとしたことがあったんだ。
そうしたら三島さん、血相を変えて止めに入ってさ。『絶対に触らないで!』だってさ。
あんなに怒ったのを見たこともないから、みんな唖然としちゃったよ」
「そのロッカーっていうのは…」
「あれだね」
高山が指差した先には、ネームプレートに『三島優衣』と書かれたロッカーがあった。
その下に手書きで『絶対開けるな!』と書かれたステッカーが貼ってある。
取っ手の横に4桁の目盛りがある事から、ダイヤルロック式らしい。
「中に何が入ってたかは、わからないんですか?」
「いや。今も鍵がかかってるから、開けられない」
「そうですか…暗証番号は、わからないですよね?」
「さすがにね」
大学の設備であるから、叩き壊して中を見るわけにもいかない。
これに関しては、後回しにする他ないだろう。
「他に何か、噂があったりとかしますか?
例えば、女子高生にバイトを斡旋したとかなんとか」
「あー、それか。まぁ、これは根も葉もない噂なんだけど…」
不意に高山の目が泳いだ。
恐らく、何か口に出すのが躊躇われるような内容なのだろう。
しかし、その程度で俺は引き下がるわけにはいかなかった。
「お願いします。どんな些細な事でも知りたいんです」
「うーん…これ俺が言ったって言わないでくれよ」
そう念押しして、彼は続けた。
「同じ学部の奴らが夜の繁華街で朝まで飲んでた時に、三島さんの姿を見かけたらしい。
そいつによれば、芦ヶ原女子高の女子生徒とか、うちの女子大生と一緒にいたんだって」
「夜の繁華街で? 一体何で…」
「それがどうも…つれてる女の子はみんな、いわゆる『立ちんぼ』ってヤツらしい」
「‼︎」
立ちんぼというのは、女性の路上売春の客寄せだ。
それを率いていたのが、三島優衣という事らしい。
「うちの生徒たちが、オープンキャンパスで来た生徒達の顔を覚えていたらしくてね。
みんな大分びっくりしていたよ、その子たちが自分たちに向かって売りの交渉してくるんだから」
「……」
俺は唖然としてしまった。
まさかバイトの斡旋というのが、未成年による売春の斡旋とは予想もしていなかった。
「三島さんが、ここの女子生徒やガハラの女子高生を売春業者に斡旋してるって、結構噂になってるんだよね」
「…じゃあ、その時に見かけた女子で知ってる人とか、いますか?」
「いや、いないな。そいつらも連絡先は知らないみたいだったし」
「そうですか…」
「ただ、そいつの元締めのことは知ってるよ。
結構ここいらじゃ有名だからね、現役高校生のくせに半グレのトップだって」
「⁉︎」
現役高校生で半グレのトップ。
俺はそれに覚えがあった。
それは同席していた松川も同じだったようだ。
「それって…峰と同じ二年の澁谷じゃないのか?」
「…多分」
「知り合いなの? まぁ確かに玉野原の生徒とは聞いてるよ。
ただもう、この件にはあんまり関わらないほうがいいよ。
なんせ半グレまで関わってるとなったら、突けば絶対藪蛇だからね」
「…なるほど」
今までの話で、俺は完全に思い出した。
死亡した本当の春川葵、彼女を何処で見かけたのかを。




