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16.



 その日の夜、俺はすぐに教えられた電話番号に連絡した。

 数コールののち、彼女は電話に出た。


『もしもし?』


 少々きつめの、疑念を感じさせるような声色だった。

 だがそれも、知らない番号から突然電話がかかってくれば、それは致し方ないだろう。


「突然お電話してすいません。

 俺は、朴俊一君の友達の、峰大河っていうんだけど…」


 すると橘藍美は、露骨に不機嫌そうなため息をついた。


『何よ、今更より戻そうって?

 そっちのせいで別れたんだから、せめて本人が連絡しろって伝えて!』

「ああ、いや違う! そうじゃないんだ! 落ち着いて、冷静に話を聞いてくれ‼︎」

『はぁ?』

「最近、春川葵って生徒が亡くなっただろ。多分君と同じ二年だ」

『ああ、知ってるよ。春川さんね…ほとんど話したことはなかったけど、まぁ気の毒だよね』

「その子について、ちょっと聞きたいことがあるんだ。

 ガハラの知り合いなんていないから、それで友達の俊一に相談して、橘さんの番号を教えてもらったんだよ」

『へー…でも、さっき言った通り、話したことなんて、ほとんどないからなぁ』

「なら、生前親しくしてた同級生とか、連れてこれないか?」

『一応、クラスに一人いるけど…』

「マジか! じゃあ、その子から話を聞きたいんだ」

『…まぁ、声はかけてみるけど』










 ・2月28日


「で、あんたが俊一君の友達の…」

「峰大河です。橘藍美さんだよな。で、この子が…」

「む、室井彩綾です…」


 次の日の放課後、俺は喫茶店にて二人の女子生徒と会っていた。

 俺の対面には、流行りのメイクで飾った今時の女子と、それとは対照的に化粧気がなく純朴そうな女の子が座っていた。

 普段つるんでいるグループが違うのだろう、室井彩綾はおずおずと所在無さげな素振りを見せていた。


「ありがとうな、室井さん」

「いえ…」

「橘さんもありがとう」

「どーも」


 おそらく本物の春川葵は、どちらかといえば内気な性格だったのだろう。

 室井彩綾という女子を見る限り、俺の知る葵のような快活さはない。

 どちらかといえば、文学少女のような大人しさがある女の子だ。

 ろくに話したこともない、しかも一軍女子ともいえる橘藍美に、見知らぬ男の前に連れてこられるのは不安だろう。

 しかしそれならば、尚更葵が彼女の友達のような地味な少女の名前を語ったりしたのか、それがわからなかった。


「じゃあ、まず聞きたいことなんだけど…春川葵さんって、どんな子だ?」

「どうって…普通の子ですよ。大人しくて、本が好きで…」

「橘さんは、どんな印象だ?」

「大人しくて地味な子よ。背が低くて、童顔で、眼鏡で、典型的な文学少女って感じ」

「…そうか。お亡くなりになったのは、いつ?」

「2月18日です。ちょうど、雪が降った日」

「18日…‼︎」


 それは俺と葵が最後に会った、あの雪の日だ。

 丁度その日に、本物の春川葵が殺害された。

 その直後に、俺の知る葵は失踪した。

 二つの事象には、何がしかの関連性がある事は明白だろう。


「そうか…それで本題なんだけど、二人ともこの写真を見てくれないか」


 俺は葵との写真を表示し、二人に見せた。


「俺と一緒に写っているこの女、こいつに見覚えはないか?」


 すると藍美は目を丸くした。


「あー。知ってるわ、この人」

「はい、私も見たことがあります」

「本当か⁉︎」

「ええ。何回か駅前で、他の生徒たちに声をかけてるのを見たことがあります」

「友達伝てだけど…なんかこの人、うちの生徒にバイトの斡旋とかしてるみたいよ」

「バイトの斡旋?」

「うん。確か私も金に困ったらバイト紹介してくれるって、友達が言ってた。

 なんか怪しいし、お金にもそこまで困ってないから断ったけど」

「名前とかは、わからないか?」

「確か『三島優衣』って名前らしいけど」

「三島優衣…」

「確か、明星大学の生徒って聞いたよ」

「明星大学…」


 この地域にある唯一の大学であり、玉野原の卒業生も多く進学している。

 現地にいけば、その辺でも情報収集出来そうだ。

 俺は、少し角度を変えた質問をしてみることにした。


「二人は、そいつと話したことはないのか?」

「私はないです。たまたま姿を見かけた程度なので…」

「あたしもないなー」

「じゃあ、春川さんって、その女と面識があったかどうかはわかるか?」

「はい、それはあると思います。一緒に話しているのを、見たことがありますから」

「本当か⁉︎ 何処で何を話していたとか、わかるか?」

「春川さんが亡くなる数日前、見たんです。下校途中に駅前で、三船さんと春川さんが…」









『これで、本当に大丈夫なのかな?』

『多分平気だよ。あいつの分は抜いてあるから、そこまで執着する理由もないし。

 それに知ってる? 本人か代理人にしか受付の人が通さないから、もし鍵を手に入れても使えないから意味ないの』

『でも…』

『それに、何かあった時のために、探してくれる人を見繕っておいたんだ』

『探してくれる人?』

『うん。多分今、私のことを一番大事に思ってくれている人。

 その人を代理人に指定してあるから、あいつも金庫を開けられない。

 何かあったら、その人が全部見つけてくれる。

 それでなくても年会費の支払いが滞れば、中身は自動的に警察に行く。

 そのことをあいつも知ってるから、迂闊に手は出せないはずだよ』

『…その人、本当に探し出してくれるの?』

『絶対に大丈夫。お互いに、大切な人だから』

『ならいいけど…』

『しっかりしなよ。最初に”自分”になりたいって言ったのは、そっちでしょ? じゃあ、しっかり気を強く持つのよ』







「金庫? 目当ての物?」

「なんのことかはよく分からないですけど…」

「探してくれる人…」


 それはおそらく、俺の事だろう。

 やはり自分に何かあった時、自らの手がかりを探して欲しい意志があったのは、確かな様だった。

 しかしその理由までは、掴む事が出来なかった。


「私が知ってるのは、それくらいです」

「そうか…ありがとう、助かったよ」

 それと、この件には危ない人間が絡んでいるかもしれないから、自分で無闇やたらに動き回ったら駄目だぞ」

「はい…」

「なんか物騒だねー、警察とか。春川さんって、そんなヤバいことに関わってたの?」


 橘藍美が口を挟んできた。


「そんな…考えたくないです。あんな大人しくて、いい子が…」


 室井彩綾は、スカートの端をきゅっと掴んで俯いた。

 大切な友達が亡くなって間もない上、隠された一面がありそうというのだ。

 ショックなのも当然の話だ。


「なんで、あの子が…」


 彼女は目に涙を滲ませた。

 それを見て、橘藍美も明らかに失言をしたと気づき、あたふたとした。


「あ、え、ごめん…」

「いえ…」

「…室井さん、大丈夫。春川さんの無念は、晴らしてやるからな」


 彼女の顔を見て、俺は決意した。

 もはや俺一人の問題ではない、彼女と関連する全ての人間に関わることなのだ。

 そのためにも、俺に出来る全ての事をすると誓った。






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