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14.

 ・2月20日


 月曜にもなると、あの出来事がまるで夢のようにも感じられた。

 人生初めての体験という事もあるのだろう。

 葵との事を思い起こす度、夢見心地になってしまう自分がいた。

 初めて触れた葵の体の白さ、体内の温かさと湿り気、舌の感触、それらが全て現実離れし過ぎていた。

 そしてその行為も単純に性的な欲求だけでなく、純粋な愛情に満ちていた事も、リアルさがない原因かもしれなかった。

 普通なら、男女間のこうした関係は、もっとドライに終わるはずだ。

 それがこんなにも深いものになるとは、想像もしていなかった。


「タイガー、お〜い」

「大河、どうかしたのか?」

「ほぇ…うわ⁉︎」


 いつの間にか、俊一と悠臣が視界の真ん中に立っていた。


「何が”ほぇ…”だよ。ボケっと歩いてると転ぶぞ」

「気が抜けてるタイガー初めて見たわ」

「あ、ああ…悪い…」


 いつもの通学路で、意識を半ば手放した状態だったようだ。

 確かに二人に声をかけられなければ、何か事故が起こったかもしれない。

 まさしく浮かれている状態だったらしい。


(…いまだに現実感がねーな)











 放課後、いつものように葵を待つ。

 しかし何処か、いつもと違うような空気が漂っていた。

 どうしようもない胸騒ぎが、先程から収まらない。

 昨日の葵は、どう考えても普通ではなかった。

 もしかしたら、彼女はもう俺の前に姿を現さないのではないか。

 そんな最悪な予感の中で彼女を待っているのは、とてつもなく不安だった。



 一時間が過ぎた。



 二時間は過ぎた。



 もう、とうに夜は更けた。



 待てど暮らせど、彼女は来なかった。




 自室にて、俺は苛立ち紛れにタバコを吸いながら、変化のないメッセージ欄を確認した。

 幾度となく送ったメッセージは、一向に返ってこない。

 電話も使用されていないか、電源が入っていないの一点張りだ。

 ただひたすらに、無意味な発信履歴だけが溜まっていった。


「くそっ!」


 俺は感情のままに机を叩いた。





 ・2月21日


 次の日も俺は、路地裏で葵を待ち続けた。

 何かの間違いだ、きっと今日こそは来てくれるはずだと、そう信じながら彼女を待っていた。

 来るはずだ、来て欲しい、お願いだから来てくれ。

 そんな風に縋るような思いで、俺はずっと待っていた。


 その日も結局、葵は来なかった。




 ベッドの中でも、眠れない日々が続いた。


(葵…会いたい)


 あんなにも絆を確かめ合った俺たちが、どうして。

 行き場のない感情だけが、胸の中で蠢くだけだった。

 今でも彼女の声、体温、感触、全てを鮮明に覚えている。

 彼女が俺の側に居ないことが、耐えられなかった。


(俺は…捨てられたのか?)


 そんな馬鹿なと思いながらも、では何故彼女は俺の前に姿を現さないのかという疑問は、頭の中から消えてくれなかった。

 何かのきっかけで俺に愛想が尽きてしまったのか? もしそうなら、何が理由で?

 答えのない疑問ばかりが、脳内をぐるぐると廻り続けるのであった。







 ・2月24日


「タイガー、最近変じゃない?」

「なんか凄い目つき悪いぞ」

「…そうか?」


 三人でいつも通り校舎裏でタバコを蒸している時に、二人に指摘された。

 最近寝不足な上に、精神的に不安定なことも手伝って、恐らく顔色は最悪である事は自分でも予測できた。


「四六時中メンチ切ってる感じじゃーん」

「話なら聞こうか?」

「…別にいい」


 こいつらに話すような事じゃない。

 話したところで、具体的な解決策が出てくる訳じゃないだろう。

 とにかく俺に今できる事は、あの場所で待ち続ける事だけなのだ。



 この場所で待ちぼうけを喰らうのも、何度目になるのか。

 気が付けば、一人で立ち尽くすことにも慣れてしまっている自分が、少し嫌になりつつある。

 慰みに、彼女との日々を思い返してみる。

 最悪な出会い、初めての理解、初デート、誕生日、雪降る中での結び合い…。

 あまりにも突然に、彼女と音信不通になってしまった。

 これではまるで、春川葵という人間が、そっくりそのまま消えてしまったかの様だ。

 その時ふと、俺は彼女の言葉を思い出した。


『もしもあたしが、突然この世界から消えちゃったら、探してくれる?』











 芦ヶ原女子専門高等学校。

 俺は気が付けば、その校門の前に立っていた。

 突然姿を消してしまった葵、その行方がわかるとしたら、恐らくここしかない。

 だがしかし、そこまで来たところで俺は立ち往生していた。

 他校に、しかも女子校に入るなんて初めての経験である。

 どういう手順で葵の事を聞けばいいのか、まるでわからない。

 気づいた時には、帰宅途中の女生徒たちが俺を遠目に見つめ、ある者は周りの友人とヒソヒソ話をしていた。

 それに気づいた俺は、顔が一気に熱くなるのを感じた。

 ここでこうしていても仕方がない、校舎に入ろうとした瞬間。


「おい、お前」


 やたらと無愛想な声と共に、肩に手を置かれた。

 振り返ると、警備員が刺す様な目で、俺を睨みつけてきた。


「あ、いや…」

「ちょっと来い」








「お前なあ…そういう事なら、ちゃんと裏から入って用務員室に声を掛けろ」

「…はい」

「側から見たら不審者だろうが。待ってろ、先生方に話してくる」


 あの後、しどろもどろになりながらも、ここに来た掻い摘んで経緯を説明した。


 春川葵の知り合いである事それなりに親しく遊びにも行っていた事、彼女が突然何も言わずに姿を消してしまった事。

 流石に男女交際としての関係は言えなかったが、察したかもしれない。

 俺は用務員室の前で、奇異の目に晒されながら立たされていた。


 そうこうしていると、警備員が戻ってきた。

 しかし何処か沈痛な面持ちだ。


「あー、その…お前の探してる、春川葵さん、な…」


 警備員は帽子の鍔に手をかけ、目元深くまで降ろした。


「1週間前に、亡くなったそうだ…」









 俺は、全身が壊れそうになるほど全力で、目的地まで駆け出していた。

 警備員の話によれば、通り魔により二目と見れない程惨たらしく切り刻まれたとの事だ。

 葬儀は全て済ませているはずだが、焼香くらいはいいだろうと、学生証を見せて身分を明らかにする事で住所を教えてもらった。

 そうして十数分間全力疾走した後、俺は住所の場所に辿り着いた。

 二階建ての平凡な一戸建て、俺の家とほぼ同じだ。

 身体的キャパシティを超えた運動で、息は絶え絶え、足はふらつくという有様だが、それでも俺は力を振り絞ってインターホンを押した。


『はい』


 しばらくすると、女性の声がインターホンから響いてきた。


「はあ、はあ…あ、あの…春川葵さんの友達です…その…お、お、お亡くなりに、なったって…‼︎」


 自ら発した言葉の恐ろしさに、内心震えた。

 疲労も相まって、俺は言葉に詰まってしまった。

 しばらく息を切らしていると、家のドアが開いた。

 そこには疲れきった様な、青白い顔の中年女性が立っていた。


「…どうぞ」







「葵のお友達は、この前皆いらしたと思ったんだけど…でも、あの子も喜びます」


 一歩一歩進みながら、心臓が早鐘のように鳴った。

 見たら、確信せざるを得ない。

 春川葵が、死んだ。

 俺の彼女がこの世を去った。

 世界で一番大切な人に、もう二度会う事が出来ない。

 それを事実として受け入れるのが、怖くて堪らなかった。

 しばらくすると母親が歩みを止め、襖を開けた。

 そこには仏壇と、白髪混じりの眼鏡の男性が座っていた。


「あら、お父さん」

「ん…その子が」

「ええ、葵のお友達よ」


 想像通り、葵の父親だった。

 心労が祟っているのか、厚い眼鏡からは目尻の隈がはっきりと見え、顔も母と同じく青白い。


「…この度は…」

「ああ、すまないね。さあ、こちらへ…」


 そうして、俺は仏間に通された。


「さあ、お線香を…」


 数メートル先に、仏壇があった。

 身体中がガクガクと震えるのが、自分でもわかった。

 圧倒的事実を前に、俺の歯がカチカチと鳴った。

 そしてゆっくりと腰を下ろし、遺影を見た瞬間。


 また別の衝撃が、身体中に叩きつけられるような感覚に陥った。


「……」

「どうか、されたかしら?」

「…これは」

「⁇」


「この人は、誰ですか?」


 遺影の中の人物は、眼鏡で目の大きい、童顔の少女。

 その素朴な雰囲気は、俺の知る彼女ではなかった。


 その瞬間、俺は見た。

 2人がぎょっとした表情をするのを。


「彼女は…俺の知ってる春川葵じゃありません。」





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