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10.


 それはいわゆる、お化け屋敷であった。

 絶叫マシンとはまた違ったタイプの、金切り声に似た叫びが聞こえる。

 恐怖を煽る様な重低音のBGMと、不気味なナレーションが聞こえてくる。


『想像ヲ絶スル恐怖ヲ、ゴ覧ニイレマショウ…』


 確かリニューアルしたと最近話題になっているのだ。

 SNSで特集された際、バラエティタレントが絶叫しながら回っていたのを覚えている。

 ネットでのレビューも高かったのを、俺は思いだした。


「絶叫マシンの次ときたら、コレだろ?」

「…マジで言ってる?」


 これまでに見たことのない、僅かな緊張の色が葵の顔に浮かんでる。

 想像通りのリアクションだ。

 まさか常に俺を子供扱いする葵が、実はホラー耐性ゼロだったとは思いもよらなかった。

 ニヤニヤ笑いが抑えられず、俺は口元を覆ってしまった。


「もしかして、びびってんのか?」

「び、びびってないわよ!」

「ほー、そんなら中に入って証明してもらおうじゃねーか」

「う…」


 葵は思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。

 それを見て俺は、内心ほくそ笑んでいた。





『グアアアア‼︎』

「きゃああああああ‼︎」

「いててて! 力強いっての‼︎」


 中に入ってからというもの、葵は俺に抱きついて離そうとはしなかった。

 恐怖に眉をハの字にして怯える彼女は新鮮であり、そして実のところ可愛らしくもあった。

 しかしそれを上回るほど彼女の力は強い上に、幽霊の脅かしよりも彼女の悲鳴の方が大きく、俺はそちらの方に驚いた。


「絶叫マシンは平気なのにホラーは無理とか、変わったやつだな」

「あたしからしたら、お化け平気な方がどうかしてるわよぉ…」


 そう呟いた彼女の声は、酷く弱々しかった。






 出てきてからの葵はずっと項垂れており、彼女の方がまるで幽霊のようだった。


「おい、平気かよ」

「…二度とホラー系やんないから」


 涙目で顔を赤らめて怒る葵は、かなり子供染みていて愛おしかった。

 無性に頭を撫でてやりたくなるような衝動に駆られる。


「葵にも可愛いところがあるんだな」

「うっさい!」

「次はホラー映画でも観に行くか」


 その発言に、葵は無言で繰り返し、俺の肩を殴ってくるのであった。








「はー、遊んだ遊んだ」

「満足したか?」

「うん」


 気がつけば閉園まで後少しという時間帯、人影もまばらになってきた。

 2人で夕暮れを見つめながら、俺たちは寄り添いながらベンチに座っていた。

 いつの間にか2人の距離は、触れ合う寸前まで縮まっていた。


「そういえば葵って、最近引っ越してきたとかか?」

「うん。高校入ってから、こっち来たの」

「そうか、じゃあここが初めてでもおかしくはないな」

「大河は生まれも育ちもこの辺?」

「そうだな」


 俺は、夕日を見つめていた。

 おそらくは葵も、同じく夕日を眺めているはずだった。


「きっとこれからも…この街で、同じ家と家族で、どうでもいい仕事について…俺の人生、そんなもんだ」

「覚めてるんだね」

「夢見るお年頃は過ぎたんだよ」

「大人ぶっちゃって」

「そっちはどうなんだよ」

「あたしは…」


 不意に彼女は、黙り込んだ。


「あたしは何処にでも行ける、誰にでもなれる…でも結局、自分が何者なのかわからない」

「…そうだな」


 俺もそうだ。

 何処へ行っても何をしても、自分が心から望んだものではないのだから、何一つ自分を満たしはしない。

 だからといって緩慢に日々を過ごしていても、虚しさばかりが募っていく。

 俺の人生は、四分の一もしないうちに八方塞がりだ。

 それが自分でも、わかりきっていた。


「…ただよ」

「?」


 だからなのかはわからないが、不意に言葉が漏れた。


「何処で生まれて、何処に行くのかはわからねーけど…誰と一緒に行くかは決めれるだろ」

「…ぷふっ」


 すると葵はクスクスと笑い出した。


「な、何だよ」

「そういう臭い台詞言うと、普通の女子は引くよ?」

「余計なお世話だ。つーか臭い台詞で悪かったな」

「…でも、ありがとう」


 そのまま何分かは、お互いに言葉が出なかった。

 そして葵の掌が、俺の手の甲を覆った。


「…大河は、私と一緒に行きたい?」

「ああ」


 気がつけば、二人は目を閉じていた。

 夕陽が作った二つの影が、ゆっくりと重なり合っていた。






 日はすっかり落ちて、俺たちは帰路についていた。

 街頭だけが照らす夜道の上、俺たちは二人ともに目を逸らして、何も話しかけれずにいた。

 さっきの事がお互いに大きすぎて、目が合うと照れ臭くて真っ赤になってしまいそうだった。

 しかしどれだけ気恥ずかしくても、俺たちは手を繋いで離せずにいた。

 まるで本音では二人とも、絶対に離れたくないという意思表示のように。


「なあ…」

「え?」

「そ、その、俺たちって…つつ、付き合ってる、事に、なるのか?」


 先ほどまでの行為まで発展した仲なら、そういう関係であってもおかしくはないはずだ。

 おそらくはそれが、一般的な感覚だろうと俺は思っていた。

 その言葉に、葵はキョトンとした表情を浮かべたものの、すぐにいつもの意地悪い笑みを浮かべた。


「大河はどう思うの?」

「え、あ…」

「大河は、私のこと好き?」


 それは、あまりにも核心的な問いだった。

 真っ直ぐに俺を見つめてくる葵に、心臓が跳ね上がるようだった。

 もはや後戻りできない状況で、早くなる鼓動を感じながら、俺は必死に声を出した。


「…ああ」

「じゃあ、ちゃんと告りなさいよ」

「今かよ⁉︎」

「物には順序ってのがあるでしょ」

「…俺は、葵が好きだ」


 とうとう口に出してしまった。

 俺がギリギリまで見ようとしなかった、見ることが怖かった俺の本心。

 ずっと言葉にすることが出来なかった、でも何よりも大事な、心の底での感情だった。

 すると葵は、今までに見た事もない様な、優しい笑顔を浮かべた。


「あたしも、大河が好きだよ」

「…!」


 その答えを、俺は心の中で予期はしていた。

 ひょっとしたら、彼女は俺を嫌いではないかもしれないと。

 しかしそれを、こうして言葉に出されると、予想外に俺は狼狽した。

 何せ告白して受け入れられるというのも、実のところこれが人生初体験なのだ。


「え、えーと、なら、付き合って…」

「ないよ、まだ」

「へ⁉︎ 」

「確かに両想いだけど、付き合ってくれって言われたわけじゃないし」

「なんだよ、そりゃ」

「言わなくても伝わってるだろ、って言うのは男側だけです。

 ちゃんと好意も感謝も、口に出して形にするもんなの」

「はぁ…わかったよ」


 確かに愛情を口に出さなくなって別れたというカップルの話は、巷ではよく聞く話である。

 面倒だなとは思いつつも、その言葉を口にできることがどこか嬉しかった。


「…春川葵さん、俺と付き合ってください!」

「喜んで!」


 満面の笑顔で、葵が俺に抱きついてきた。

 彼女のこんなにも無邪気なリアクションを見るのは、初めてである。

 その瞬間、俺はそんな彼女が、この世のどんな女性よりも可愛くて綺麗だと感じた。

 そんな女に密着されて、俺の顔は恥ずかしさで遂に真っ赤になった。


「これで彼氏彼女だね」

「あ、あぁ」

「何よ、その気の抜けた返事」

「なんつーか、まだ現実感がないっていうか…」

「嬉しすぎて、まだ実感が湧かないってやつ? 

 ふふっ、じゃあ早く実感できるようにならないとね!」


 何故か俺よりも、葵の方が嬉しそうだ。

 しかし彼女のそんな顔を見ていると、わざわざ口にした甲斐もあったと感じた。

 寒い季節の中で、お互いの温もりを感じるように、俺たちは抱き合っていた。

 同じ場所、同じ時間の中で、俺たちは同じ幸せを分かち合っていた。




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