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プロローグ

 もはや人通りもないに等しい、夜の帳が落ちた深夜の河川敷。

 夜明けまであと数時間という時間帯に、私は刺客に追われていた。

 追われている立場なら、ジッとしていた方が人目につかず、逆に良いはずだった。

 しかし彼らは半ば人海戦術に近い人間を動員し、私の隠れ場所を突き止めた。

 幸い追手は全員始末したが、それでもこの男は追ってきた。

 そして今、私は必死で隠れ家から脱出し、川縁の方まで追いやられていた。


「これ以上逃げ場はないぜ。観念して死にな」

「くっ…」


 この男の執念は一体何処から来るのか、私にはわからなかった。

 こいつの仲間は全て殺し、こいつを振り切るつもりだった。

 しかしこいつは追いかけてきた。

 徹底的な包囲網と監視、そして持ち前のスピードを活かしながら。


「散々なめた真似をしてくれたじゃないか…借りは返してもらうぜ」

「言いがかりもいいとこね、あんたには被害が及ばないようにしてやったっていうのに」

「結果は同じなんだよ、ボケがっ!」


 奴はナイフを突き出してきた。

 私はそれをかわして反撃しようとするが、それも奴の読み通り、寸前でバックステップし回避した。

 この男が多少反撃して退散してくれるような奴なら、どれだけ良かったか。

 警察にも頼れない今、私が生き延びるにはこの男をこの場で殺害するしかない。

 しかしお互いに戦闘訓練は受けており、簡単には殺されてはくれないだろう。


「俺にも捜査の手は及ぶんだよ…お前が最初から、余計なことさえしなけりゃな!」

「あんただって、本当の自分が欲しかったんでしょ⁉︎」

「それとこれとは話が別だっ‼︎」


 突進してきた男を、私は両手で受け止める。

ここまで執念で追ってきただけはある、凄まじい力と殺意が掴んだ拳から伝わってきた。

 突きを受け流そうとするが、男も必死に抵抗した。

 お互いに逼迫した状況が続き、お互いの歯を食いしばる音がギリギリと響いた。


「ぐっ…黙って、殺されろよ…死に損ない…」

「いやよ…あんただって、普通に彼と、一緒に…」

「余計な口を…叩くんじゃねえ‼︎」


 瞬間的に、大きな力であの男は私を振り払った。


「これで終わりだ!」


 ナイフを逆手に持ち換え、男はナイフを思い切り振り下ろした。

 奴のモーションが大振りになる瞬間を、私はその瞬間を見逃さなかった。


「くっ!」


 一瞬の半身開きで躱し、その手押さえつけ、ナイフの軌道を変える。

 すると、その頭身は男の腹を思い切り貫いた。


「ごはっ!」

「うおおおっ!」


 腹部から大量に出血し、男は悶えた。

 しかしこれだけでは、確実に命を奪うには足りない。

 確実に命を奪えるほどの、重傷を与えなくてはならない。

 腹に刺さったナイフを捻りながら、横一文字に切り裂くようにして、思い切り抜き取ってやる。


「ぐぼあっ!」


 男は口から大量に吐血し、そして同時に腹部からも大量に血を流して倒れ込んだ。

切り裂かれた腹からは、微かに内臓がはみ出ていた。

 これで内臓にも修復不可能なダメージを与えた上、間違いなく出血多量で長くはもたないだろう。

 完全に私の道を阻むものは、いなくなった。


「く、くそ…」

「…ごめん」

「な、なんで…謝る…」

「あんたもあたしと同じ。あたしの大切な彼に、ずっと呼ばれてた名前があったから」

「…」

「一緒にいたかったのは、お互いにきっと同じ、でしょ?」

「…」

「あたしたちは、きっと同類よ。こんな結末になったのが、悲しいくらいに」

「お、俺は…」


 その言葉の続きを、最後まで聞ける事はなかった。

 血の海の中で、男は自分の名前を欲したまま、絶命していった。


(…とりあえず、死体は始末しなきゃ)


 この男の遺体が、目の前の川にでも遺棄しておけば、発見は遅れるだろう。

 致し方なかった、正当防衛だ。

 そう自己弁護してみても、己の中で嫌悪が止まらなかった。

 自分のために人を殺した、もうこれで彼とは一緒にはなれない。

 しかしそんな事は、最初からわかっていた事だろうと、私は頭を振って余計な考えを捨てた。

 男の服の襟を掴み、私は近くの川まで引き摺った。


(本当に…さよなら、なんだね)


 もう何度目かになるか分からない程に、私は彼の姿を思い出した。

 永遠に忘れえぬ人を。

 自分に名前という存在意義をくれた、大切な彼を。

 思い出す度に、涙が溢れそうになる。


「…でも、行かなきゃ」


 しかし後戻りは許されなかった。

 全ては自分で選んだ道だからである。

 そうして私は、男の遺体を川に投げこんだ。











 僕は山手線に揺られながら、目的地へと向かっていた。

 予想通り渋谷方面へは満員に近く、席は埋まっている。

 毎日のESやら履歴書やら日程調整やらで、僕は疲れ切っていたが致し方ない。

 目的地に辿り着くまで、立って時間を潰すしかない。

 安物のリクルートスーツに身を包んだ僕は、仕方なくスマートフォンを取り出した。

 何か見たいものがあるわけではない、動画サイトで適当にお勧めをスワイプするだけだ。

 面接までは体力を温存しておきたい。


 僕は現在、大学三年生である。

 そして現在は10月を過ぎ、今年もそろそろ終わりに近づいて来た。

 加えて大学生活もいよいよ後半戦、となれば就職活動を頑張るしかない。

 僕に何ができるのか、何が得意なのか、何が好きなのか、それさえも未だ判りかねたが、しかしそれでも僕は全力でぶつかろうとしていた。

 昔の僕のように、冷めたままでは何も変わらないし、何もないままだ。

 そのことを理解しているからである。


 窓の外は曇り空であり、もう秋の真っ只中である。

 この空模様で湿気もなく雨も降らないのであれば、いよいよ冬の訪れは近い。

 大学入学とともに上京してきた自分だが、この季節の温度は地元と大して変わりない。

 不意に空を見上げれば、地元で過ごした季節を思い出してしまう。


(また、あの季節がやってくるのか…)


 あの日。


 どれだけ時が経っても、生涯忘れる事のない日々。


 あの日僕は、大切な人たちとその名前を失ってしまった。


 今となっては、あの時の僕に何が出来たのかとも思う。

 どんな自分になれば、何が出来たのか、そんなたらればの話をいつまでも頭の中で繰り返すときが、今でもたまにある。

 そしてそれが無意味であることに気付くのにも、もう飽きる程経験した。

 結局のところ、一人の人間に出来る事など大してありはしない。

 そういった結論に辿り着くのだ。


 今の僕は、それが原動力なのだろう。

 確かに人一人の力は微力だ。

 だからこそ、何事に対しても真剣に向き合い、強くならねばならない。

 あの日、何も出来なかった自分を、変えるため。

 僕が本当に、僕らしくあるために。


 やがて目的地である渋谷に到着した。

 満員に近い人間が、一気に出口の方まで流れ出た。

 その人の流れのままに、僕は渋谷駅で下車した。


 失ってしまった大切な人と、その名前を思い出しながら。

















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