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【秋の文芸展2025】固く結びた紐の如く

作者: 山吹シルル

敬語が下手です。後、あまり内容を理解できなかったので、白村江の戦いは省略させていただきます。

本当に申し訳ございません。

「皇子!」

蘇我入鹿(そがのいるか)ッ! 覚悟ォ!」


 私が皇子と親睦を深めるきっかけとなったのは、間違いなくあの時だろう。

 其の時、奈良の法興寺では蹴鞠の会が催されていた。

 其の名の通り、蹴鞠をする会。

 私もそこに同席していた。

 そして、其処で初めて皇子との対面が叶った。

 皇子は、私よりも十は年下で、朗らかな人物だった。

 噂には聞いていたが、身分の違いから中々会えなかったため、この邂逅は嬉しいことだった。

「それっ!」

「ほっ!」

 鞠が次々と回っていく。

 蹴られて空高く舞う鞠の軌道を見届けるのは、気持ちが良かった。

 何度か見届けた頃、皇子にも鞠が回ってきた。

「わっ!?」

 皇子が蹴ろうと足を上げられた刹那、その沓が足から飛んで行ってしまった。

「あちゃ~」

 皇子はきまりが悪そうに苦笑いされると、飛んだ沓を取りに行こうと歩き出された。

 私はすぐさま動いた。

 皇子の沓を手に取り、静かに献上した。

「やぁ、すまなかった」

 皇子は自嘲気味に笑って沓を受け取ると、とんとん、と履かれた。

「あぁ、そなたはたしか……」

中臣鎌足(なかとみのかまたり)、と申します」

「おぉ、そうだった。鎌足、感謝する」

「いえ、当然のこと」

「つまらぬ男だなぁ……もう少し喜んでも良いだろうに」

 私は言葉を止め、皇子の顔を拝見した。

 きょとんと此方を御覧になっている。

 だが、其処には何か大きなものが潜んでいるのではないか。

 直感で、そう感じた。

「そうだ、私は中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)。よろしくな。鎌足」

「存じ上げております」

「そうか。存じ上げておるか。はっはっは!」

 皇子は屈託なく笑われた。


 其の頃、帝の臣下である蘇我蝦夷(そがのえみし)、入鹿親子の横暴な振る舞いが目立ってきていた。

 帝しか許されぬ行動をし、果ては厩戸皇子(うまやとのおうじ)が亡くなったすぐ後にその子の山背大兄王(やましろのおおえのおう)を襲撃し自害に追い込むなど、帝を凌ぐほどの強い権力を持ち、朝廷を揺るがしていた。

 無論その行動に反感を持つ者も少なくはない。

 私や皇子もその一人だ。


 私たちはよく、蘇我氏に不満を持つ者を集わせ、多武峰(とうのみね)で密談を重ねた。

 帝に仕える身として、蘇我親子の横暴は目に余りすぎた。

 打倒、蘇我。

 それが為、普段は朗らかな皇子も真剣な面持ちで幾重にも話し合われ、綿密な計画を練った。

「鎌足、本当にそれで良いのだな」

「はっ」

「……もう、後には引けぬぞ」

「……はっ」

 計画の全容が決まり、皇子と何度も其を復唱した。

 数日後、新羅、高句麗、百済より使者が来られる。

 そして、飛鳥板蓋宮大極殿(あすかいたぶきのみやだいごくでん)にてその式が執り行われ、入鹿も大臣としてそこに必ず出席する。

 式の最中。

 蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)殿が使者の書を読み上げている間だ。

 その間に、入鹿を討て——!


(どうした。何故まだ行かぬ!)

(怖気づいてしまったようです!)

(なっ……軟弱な……ッ!)

 決行の日。

 入鹿はかねての通り、帯刀せずに出席している。

 書を読み上げる石川麻呂殿は、この計画を伝えてある故か緊張で明らかに挙動不審になっていた。

 しかし、不振がった入鹿を何とか上手いこと言いくるめたようだ。

 全てが計画通り。

 だが、其処で予想だにしていなかった問題が発生。

 入鹿を殺すよう指示しておいた者が怖気づいたのか、物陰に隠れたまま中々斬りかからなかった。

(鎌足! 奴等に何とか喝を入れろ!)

(無理です! とうにやりましたがこの有様です!)

 皇子とは目線で会話をしていたが、大体の内容は伝わっている。

 向こうも分かっているはずだ。

 皇子はギリリと歯を強く食いしばると、自ら入鹿の前に躍り出られた。

 無謀な!

 私はつい叫んでしまった。

「皇子!」


 決行から数日後、特に用向きなどは無いのだが、私たちは再び多武峰で言葉を重ねていた。

「いやぁ、鎌足。昨日考えたのだが、私たちは随分と派手なことをやらかしてしまったのではないか」

 皇子はまたあの朗らかな顔に戻られていた。

 私も一大事への緊張がほぐれ、口元を緩めて言葉を御返しした。

「そうかもしれませぬ。何せ、あの蘇我を打ち倒してしまったのですから」

「帝も見逃してくださったし、蝦夷はあの後自分の屋敷に火を放って自害したようだし。いやぁー! 色々と手間が省けた」

「これも、皇子の行動力が為せる業ですな」

「何を言うておる。鎌足の器の大きさのおかげだろう」

「いえ。そのようなことは」

「何を謙遜しておる。全く、相も変わらずつまらぬ男であるな!」

「「はっはっはっはっ!」」

 皇子の言動に乗せられ、つい私らしくない笑い声を出してしまった。

 ……やはり皇子は、人を惹きつける才を御持ちである。

 蹴鞠の会でのあの直感は間違っていないようだ。


「皇子! 皇子皇子皇子!!」

「気づいておる! なんだ鎌足!」

 皇子の元に走ってやっとその姿を認めた私は、息を切らしながら一大事を伝えた。

「帝が退位され、皇子に皇位を継ぐよう命じています!」

 其の頃、今の帝が退位され、次の帝を探しているところであった。

「あぁ、聞いている」

「……既に聞いていらっしゃったのですね。良かった。それで、どうするおつもりで?」

 その問いに皇子は一呼吸置かれると、空を見上げて、なんてことない世間話のように言葉を紡がれだ。

「皇位は継がぬつもりだ。今継いだら、入鹿を暗殺したことが皇位を継ぐためと誤解されかねん。一度、他の者に継がせて其の時を見計らうつもりだ」

「流石皇子。私も同じことを助言しようとここに参ったのです」

 その言葉に、皇子は空を見上げたままくすりと笑った。

 風が、其に呼応するようにさぁと流れていく。

 皇子は其のそよ風に当たって気持ちよさそうに伸びをした。

「鎌足、私は皇太子にはなるつもりだ。皇太子となり、やりたいことがあるのだ。手伝ってくれるな?」

 私は息を吞んだ。

 皇子が、一臣である私に期待してくださっている。

 それが、どれだけ名誉なことであるか、分かっているつもりだ。

「はっ! 国のため、皇子のために、この命捧げる覚悟であります」

「うむ! 良い返事だ!」

 皇子は私に、いつもの笑顔を向けられた。

 結果として、皇位は皇子の叔父である軽皇子(かるのおうじ)が継がれ、皇子は皇太子に、私は内臣(うちつおみ)に任じられることとなった。

 皇子は私を重宝してくださり、私も存分に国の為に尽力することができた。


「帝を中心とした国が良いよなぁ」

「それならば、ここをこうすれば良いのでは?」

「いや! それよりもこれをああすれば効果的だろう」

「いやいや! それならばこちらもこうする必要があるでしょう!」

「いやいやいや! それはこっちの政策で抑えているから大丈夫だろう!」

「いやいやいやいや!」

「いやいやいやいやいや!」

 皇子や私、他の臣と会議に会議を重ね、帝の下、新しい政治の方針を示すことに成功した。

「……鎌足」

「はっ」

「先日出した改新の詔だが、一体どのような内容であったか」

「まさか皇子、あのように会議をされたのにもうお忘れになったと?」

「いや、そんなことは無いのだが……ほら、内容が分からぬ者も居るかもしれないだろう?」

 私はあたりを見回した。

 人っ子一人も見当たらない。

「……いずこに?」

「ま、まぁ良かろう! 解説せよ!」

「はぁ……」

 私は皇子の言葉に負け、仕方なく解説することとなった。


 まず一つ、豪族らに私有地を持つことを禁じ、全て国のものにさせた。

 豪族が力を持ちすぎず、帝の言うことを聞かせやすくするためだ。

 公地公民制、とも言う。

 二つ、地方を国、群に分け、国司や郡司を派遣させた。

 朝廷の意向を地方まで行きわたらせるためだ。

 また、公地公民制によって国のものとなった土地と人民を直接管理させ、地方の豪族の勝手な支配を防ぐためでもある。

 三つ、班田収授法を出した。

 班田収授法とは、公地を区切り、公民に貸し与える代わりに税を納めさせる法令だ。

 この区切った公地を、「口分田」と言う。

 また、公民を戸籍に登録し、税の納入の記録をすることとなった。

 四つ、税の内容を定めた。

 簡単に言ってしまえば、租、調、庸だ。

 主に米や布、塩などを納めることになる。

 主な規定はこの四つだが、他にも様々なことを定め、実行された。


「……このような感じですか。皇子」

「良き、誠に良き。感謝するぞ、鎌足」

「はぁ……」

 一体この解説は誰に向けてだったのであろうか。


「あ~っ! 鎌足さま、こんにちわ!」

「……どうも、コンニチハ……」

 采女(うねめ)安見児(やすみこ)殿、今日も挨拶してくれたなぁ……

 可愛いし、美しいし、何より元気そうで……私が女子(おなご)にこのようなことを考えるとは、予想だにしていなかったな……

 これは……

「おおっ? おぉおぉおぉお~?」

「げっ! 皇子!?」

「『げっ!』ではないわ鎌足ィ! 其方、まァた采女の安見児とイイ雰囲気ではないか~! 『采女の』安見児と~」

「御許しを! 皇子ー!」

 采女とは、帝の下で働く女官として献上された女性らのことである。

 帝の下で働く者たちの為、手を出すなど禁忌中の禁忌!

 なのに! 私は! その禁忌を! 破りかけている!

 普通ならば、厳しく処罰されるところであろう。

 しかし……

「鎌足、一人の女子の前で緊張しおって~! そのようでは女子の心を掴めぬぞ!」

「皇子、何故御助言を!?」

 皇子は処罰どころか、私の愚行を一緒に楽しむような言動を取られている。

「皇子さまもこんにちわ!」

「安見児、元気そうで何より。鎌足が其方を想っておるからな、常に健やかでおって元気な姿を見せてやれ」

「皇子!?」

「はい! もちろんにございます!」

「安見児殿!?」

 私は頭を抱えた。

 何故皇子はこの禁忌を許しているのか……?

「鎌足、『何故皇子はこの禁忌を許しているのか……?』と考えておるな」

「何故其を……!」

「顔に書かれておる」

 皇子は滑稽なことを言う子供を見た時のように御笑いになった。

 そして、安見児殿を下がらせると、突然訳の分からぬことを口にされた。

「鎌足、私たちの関係はまるで固く結んだ紐の様だと思わぬか?」

「固く結んだ紐、と言いますと……?」

 私はその言葉の真意が理解できなかった。

 恐らく信頼関係を表しているのだろうが、其が今の状況と何の関わりがある?

「友情のことよ。入鹿の暗殺のあたりから今まで、一層強くなったと思わぬか?」

「はぁ、其は感じております」

「仲違いもしたな。まァ、直ぐに修復したが」

「ええ。……ですが、何故今、それを?」

 皇子は、分かっておらぬな、とでも言わんばかりに首を横に振られた。

「固く結んだ紐は、簡単なことでは解けぬ。そうであろう」

「…………」

「つまり、其方が少しくらい禁忌を犯したとしても、この友情は滅せぬ。これなら伝わるか」

「……!」

「安見児、其方にくれてやろう」

「……皇子!」

 感謝の言葉を申し上げようとした私の行動は皇子に制された。

「ただーし! 条件がある! 安見児への愛を今ここで和歌にしてみよ!」

「和歌、ですか……」

 即興とは、なかなかの難題だ。

 私はその場で暫く考えた。

 そうして、ゆっくりと口を開いた。


「……っはっはっはっはっ! あっはっはっは! 熱烈であるな鎌足! ——死ぬ! 笑い死にするっ!」

「そ、そこまででしたか、皇子。というか死なないでください!」

 腹を抱えて大笑いする皇子と、その横で顔を真っ赤にして戸惑う私、傍から見れば随分と滑稽な図だっただろう。

 其処まで私の句は熱烈であっただろうか?

「ひゅーっ、ひゅーっ……よし、もう一度言ってみよ。鎌足」

「……われはもや安見児得たり皆人の得難にすとふ安見児得たり」

「ぎゃっはっはっはっ!」

 意味としては、「私は安見児を手に入れた。皆が手に入れられないと言っていた安見児を手に入れたのだ」というものだ。

 再度御笑いになり、悶えられる皇子に、私はただ戸惑うしかなかった。

 ……少しばかりは熱烈だろうか?


(……ついに……ついにこの時が来たのだ……)

 私はきっと皇子と同じことを考えたに違いあるまい。

 ……いや、もう「皇子」ではなかった。

 中大兄皇子はあの時から機会を待たれ続け、ようやく手に入れられたのだ。

 ずっと望んでいた、「帝」と云う位を。

 感激だ。

 いや、感激と云う言葉では足りぬ。

 入鹿の暗殺を決行して以来、二人で待ち続けた望みだったのだから。

 しかし、手放しには喜べなかった。

一つばかり、悩みの種ができてしまったからだ。

((大海人皇子(おおあまのおうじ)……!))

 其は、皇太子のことであった。

 帝としては、我が子、大友皇子(おおとものおうじ)を皇太子にし、そのまま自分の一族で皇位を守りたかったのであろう。

 しかし、先の戦乱、白村江(はくすきのえ)の戦いで活躍を見せた帝の弟君の大海人皇子は皆に慕われ、帝の器に相応しい男だ。

 其は私も帝も解っているとは思うが、帝の親心と云うものも私には分かってしまう。

 ……だが、今は大海人皇子を無下にするわけにはいかぬ。

 白村江の戦いで大海人皇子は豪族から多くの支持を得ている。

 其の大海人皇子を無下にすれば、多くの者からの不満が集まろう。

 今は何も出来ぬのが悔しいところよ……!


 其から帝は、私と、大海人皇子と共に政治を御進めになるようになった。

 大海人皇子は優秀な方であった。

 皆から慕われるに相応しい器量を持っている……あまり認めたくはなかったが。

 しかし、優秀さと信頼は直結するわけでは無い。

 帝も、我が子を退いて皇太子となった大海人皇子を良くは思っていないはずだ。

 大海人皇子に対抗するため、此からも大紫冠(だいしかん)として帝の政を御支えしなければなら…………


 私は、病に倒れた。

 心当たりはあった。

 前、落馬して下半身をやられてしまったのだ。

 それが引き金となってしまったか……

 恐らく、もう長くは生きられないだろう。

 ……悔しい。

 皇子が帝となられてすぐであったのに。

 まだまだその行く末を見届けたかったのに。

 其の時、誰かの足音が此方に向かってくるのに気付いた。

「鎌足」

 帝だ……

「すまない。気づいてやることができなくて」

「いえ……」

 私は弱々しく返すことしかできなかった。

しばし、沈黙が流れた。

 私が死の間際と云うこともあって、それはいつもの穏やかなものではなかった。

 重苦しく、息苦しささえ感じるものであった。

「鎌足、懐かしいな」

 帝が不意に言葉を紡がれ始めた。

「あの蹴鞠の会の日……あの日から何かが始まったような気がした。そして、入鹿の暗殺を決した。それから、どれだけ其方に助けられたことか……ッ!」

 帝はボロボロと落涙された。

 つられて私も目尻に熱いものが浮かんでくる。

「鎌足、其方に大織冠の位と『藤原(ふじわら)』の姓を授ける。今まで、本当に……ありがとう……」

「帝……ッ!」

 大織冠と云うのは、位の中でも最高のものだ。

 しかも、賜姓——帝から姓を賜る——とは、臣として名誉あることだ。

 大織冠と藤原の姓、其らを同時に授けてくださるとは……

「鎌足、此らはこれまでの感謝の証だ。臣として、私の友として……感謝せよ……!」

 帝はそう仰ると、まだ落涙されたまま私に精一杯の笑顔を向けられた。

 其は、昔の無邪気な笑みとは程遠かった。

 しかし、それで充分だった。

「帝……」


 翌日、私の鼓動は止まった。

 私の脳裏に浮かんだのは、最期まで帝……の姿であった。


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