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第4話 狂気の瞳に宿る、初めての「光」

 リ・ユエは、俺の胸倉を掴んでいた手をゆっくりと下ろした。その動作は、まるで何十年も動かしていなかった機械のようにおぼつかない。彼の視線は宙を彷徨い、俺の言葉を咀嚼しているようだった。


「…助ける? この世界を、俺を?」


 彼の声は低く、疑念と困惑が入り混じっていた。その表情は、ゲームの攻略本に記されていた「完璧な異能者」とはかけ離れた、孤独な青年のそれだった。


「ああ。あんたが『天啓』なら、俺はあんたの『鍵』になる」


 俺は痛む背中を気にせず、まっすぐに彼を見つめ返した。俺はシン・ジエンという悪役令息だ。チート能力はない。だが、前世の俺の仕事は、複雑なシステムのエラー原因を突き止め、解決策を見つけ出すことだった。目の前のこの世界、そしてリ・ユエの能力は、まさに巨大なシステムエラーだ。


「この世界が『物語』だというなら、俺はただの破滅する悪役令息で終わるつもりはない。俺の転生は、この物語をハッピーエンドに変えるための、新たなプロットだと考えることにした」


 俺の言葉は、まるでリ・ユエの硬い装甲を叩く、小さなハンマーのようだった。彼は一歩後ずさり、広場の瓦礫に腰を下ろした。


「ハッピーエンド…」


 彼は、その言葉の意味を理解できないかのように、小さく呟いた。彼の瞳の奥で、再び空間を歪ませる力が微かに揺らぐ。それは、彼の心が動揺している証拠だ。


 俺は距離を詰め、リ・ユエの隣に腰を下ろした。瓦礫の冷たさが肌に伝わる。


「あんたは、この世界が『嘘』だと気づいている。そして、その嘘を一人で背負って、狂気に耐えている」


 俺は、彼の肩にそっと触れた。彼の身体は、冷たい岩のように固まっていた。


「俺は、あんたの狂気の源にある古代の呪文を知りたい。その呪文は、あんたの力を制御するためじゃなく、むしろあんたをこの世界の柱として縛りつけるためのものなんじゃないか?」


 俺の推測は、ゲームの知識とは無関係の、純粋なシステム解析だった。リ・ユエの表情が凍り付いた。彼はゆっくりと俺の方を向き、その瞳に、初めて驚愕と期待のような光が宿った。


「…なぜ、そこまでわかる」


「俺は、物語の外から来た人間だ。この世界の理の外側に立っている。だからこそ、あんたの力を、世界の外側から理解できる」


 俺は立ち上がり、リ・ユエに手を差し伸べた。


「シン・ジエンのチート能力は『知略』だ。非力だが、俺の頭脳で、あんたの呪いを解いてみせる。…さあ、立ち上がれ、世界の柱。俺の新しいゲームは、ここからだ」


 リ・ユエは、差し出された俺の手を、しばし見つめた後、静かにその手を取った。彼の指先は氷のように冷たかったが、俺は確かに、彼から微かな熱を感じ取った。


「…いいだろう。君の『プロット』に乗ってみよう」


 彼が立ち上がると、周囲の歪んでいた空間が、わずかに安定を取り戻したように感じられた。それは、絶望的な孤独を抱えていた世界の柱が、初めて支えを得た瞬間だった。

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