第28話 家族会議と、愛の数値化の限界
週末の朝。侯爵家の豪華な応接室で、史上最も非効率な「家族会議」が開かれていた。議題は『家族内の愛情表現の最適なバランスの構築』である。
リ・ユエは、中央のテーブルに、昨夜徹夜で作成したらしい巨大なボードを広げた。そこには、複雑なグラフと数式がびっしり書き込まれている。
「シン・ジエン、このグラフを見てください」
リ・ユエはレーザーポインターを使い、『愛情表現の効率とリスクの相関図』を指し示した。
「私の解析では、君へのハグは、魂の安定値を9.7%向上させますが、子供の嫉妬値を8.2%上昇させます。最適解は、『5秒間のキス1回』、『2秒間のハグ3回』に分散させることです」
俺はコーヒーを吹き出しそうになった。
「愛を秒で区切るな! それはもう愛情表現じゃなくて、タイマーつきの作業だ!」
「作業ではありません。これは感情の最適化です」リ・ユエは真剣だ。「愛は、最も貴重な資源です。効率的に運用すべきです」
その時、子供がテーブルに肘をつき、リ・ユエを睨みつけた。
「あのね! パパの愛は、秒で測るものじゃないの! 気持ちが大事なの!」
「『気持ち』とは、非論理的な一時的感情です。数値化できなければ、安定した運用は不可能です」
子供は、リ・ユエのその論理的な愛の定義に、激怒した。
「じゃあ、これで測れる?」
子供はそう言うと、テーブルの上の分厚い報告書に手をかざした。報告書は瞬時にピンク色の巨大な定規に変化した。
「リ・ユエ、お前の報告書が、愛を測る定規』になったぞ!」
リ・ユエは、その定規を見て、眉をひそめる。彼の異能は、この子供の愛の具現化を、もはや止められない。
「この定規で、君の愛の深さを測ってみろ! 測れるものならね!」
子供はそう言って、定規をリ・ユエに押しつけた。
リ・ユエは仕方なく、その定規を手に取った。そして、シン・ジエンに近づき、俺の心臓の辺りに定規の端を当てた。
「解析します。『リ・ユエからシン・ジエンへの愛の深さ』は…」
定規の目盛りが、チカチカと激しく点滅し始めた。普通の定規なら1メートルまでだが、その定規は無限に伸びていく。目盛りには、「永遠」「宇宙の果て」「システムエラー」といった非論理的な数値が次々と表示される。
「…解析不能! 定規が示す数値は、私の異能の限界値を超えています!」
リ・ユエは、定規を床に落とした。定規は再び、分厚い報告書に戻った。
「パパの愛は、測れないんだよ!」子供は得意げに言った。
俺は、床に落ちた報告書を拾い上げ、優しくリ・ユエの手に戻した。
「いいか、リ・ユエ。俺たちの愛は、タイマーでも定規でも測れない。それは、不完全な二人が、毎日一緒にいることで生まれる、エラーだらけの奇跡だ」
俺は、リ・ユエの肩を抱き寄せた。
「お前は、この子の『愛は非論理的であるべき』という純粋な要求を受け入れろ。そうすれば、この子の力も、破壊ではなく創造のために使えるようになる」
リ・ユエは、俺の言葉に静かに頷いた。
「…わかりました。私は、論理的な思考を一時的に停止し、『非論理的な愛の奇跡』の受け入れを試みます」
リ・ユエはそう言うと、そっと子供の頭を撫でた。その手つきは、もう論理的な『保護』ではなく、温かい『愛情』に満ちていた。
その瞬間、子供の瞳が輝いた。愛のバグは、家族の絆という名の、最も美しいシステムへと進化を遂げようとしていた。




