第25話 家族の承認と、リビングの混乱
翌日。リ・ユエは、泥のついた服を完璧に洗濯・消毒した後、自ら子供のために作った「愛の学習プログラム」を持って、リビングに現れた。
「シン・ジエン。私は、この子供との『共同責任』を果たすため、効率的な学習計画を立案しました」
リ・ユエは、デジタルパッドを広げ、完璧なグラフを見せる。
「一日の時間割のうち、98.5%が『シン・ジエンとの対話と身体接触』に割かれています。残り1.5%は『単独での食事と睡眠』です。私の割り当ては、『共感と道徳の指導』、時間は計30分です」
俺はソファでコーヒーを飲みながら、その完璧な計画にため息をついた。
「98.5%が俺との接触か。それはもう学習プログラムじゃなくて、溺愛プログラムだろ。まあいい、やれ」
子供は、俺の膝の上で、リ・ユエの計画書を覗き込んだ。
「これ、なあに？」
「君が、シン・ジエンを愛する方法を、より適切に表現するための論理構造です」
リ・ユエは真剣だ。
「愛を表現するのに、論理が必要なのか？」
子供はそう言いながら、パッドに手をかざした。
その瞬間、リ・ユエのデジタルパッドが、ピンク色の巨大なマシュマロに変化した。
「リ・ユエ、プログラムがマシュマロになったぞ！」
「…解析不能。愛を論理で表現しようとすることが、子供の『愛は非論理的であるべき』という感情と衝突し、現象化したようです」
リ・ユエは、マシュマロとなったパッドを両手で持ち上げ、困惑に満ちた目で眺める。
「君の論理は、甘すぎて食べられません、ということか」
俺は笑いをこらえられない。子供の能力は、リ・ユエの理詰めな愛情表現への、痛烈な皮肉だ。
「食べちゃえ、あのマシュマロ！」
子供はそう言って、リ・ユエに迫る。
「排除も修復もできません。私のシステムでは、食べ物を破棄する論理は存在しない」
リ・ユエは、まるで爆弾を抱えているかのように、マシュマロを慎重にソファに置いた。
その時、子供が立ち上がり、リビングの隅に置かれた大きな花瓶を指さした。
「パパとママが、仲良しだといいな！」
子供がそう言った瞬間、花瓶が二つの絡み合った青と赤のバラに変化した。青いバラはリ・ユエの異能の色、赤いバラはシン・ジエンの侯爵家の色だ。
「リ・ユエ、花瓶が俺たちの愛の象徴になったぞ。今度はエラーじゃない、承認だ」
俺は感心した。子供の力は、二人の感情が一致した時、美しい現象を起こすのだ。
リ・ユエは、絡み合ったバラを見て、一瞬、感動したような表情を見せた。しかし、すぐに父親としての冷静さを取り戻す。
「…解析します。『仲良し』という感情が、この子の『愛を具現化する能力』のトリガーになっている。これは、共同での感情表現が鍵であることを示しています」
リ・ユエは、俺に真剣な眼差しを向けた。
「シン・ジエン。私は、君の感情を完全に共有することで、この子の現象を制御します。非効率ですが、これが最も早く『愛の次元』を上げる方法です」
「つまり、俺はあんたの感情の教師ってわけか」
「教師であり、共犯者です」
リ・ユエは、マシュマロの横に座り、論理的な愛の学習を再開した。その横で、子供は満足そうに微笑んでいる。
俺は、コーヒーカップを置き、笑みを浮かべた。悪役令息の知略が、今、家族愛という名の、最も非論理的で美しいシステム構築に挑んでいる。
