第17話 狂気の瞳に宿る、冷たい独占欲
アリアの宣戦布告は、広間の喧騒をものともせず、俺たちの間に突き刺さった。
「貴方の隣の紳士は、とても美しい。ですが、その愛は異常です。物語の中心は、貴方ではない。私――新たなヒロインです」
リ・ユエの瞳に、激しい動揺が走った。それは、俺の政務上のリスクを排除した時の冷徹な論理ではない。全身の筋肉が微かに硬直し、その視線はアリアから一瞬たりとも離れない。まるで、己の存在を脅かす異質なシステムを解析しようとしているかのようだ。
俺は、リ・ユエの手にそっと触れた。魂の繋がりを通して、彼の心の奥底の恐怖が流れ込んでくる。
「シン・ジエン…この女性は…」
リ・ユエの声は、か細く震えていた。
「彼女は、私を『物語の中心』に引き戻そうとしている。君と私、悪役令息と世界の柱が結ばれたプロットは、システムにとって『エラー』だと判断されたからだ」
アリアは、俺たちの言葉に微笑みを深める。
「ご名答です、シン・ジエン殿。貴方の知略は素晴らしい。貴方は悪役として世界を支えるリ・ユエ様を解放しました。それは物語の破壊です。世界は、愛と平和のヒロインである私を中心に、物語を再構築する必要があるのです」
彼女はそう言うと、周囲の空気が、一瞬にしてセピア色に変わった。広間にいた貴族たちの会話が、不自然なほどに繰り返される。
「――おや、シン・ジエン殿ではないか」「――おや、シン・ジエン殿ではないか」
リ・ユエの表情が、一気に蒼白になる。
「世界の行間が崩壊している…! 彼女の存在が、世界の虚構を表面化させている」
「彼女が、システムが作り出した真の主人公の雛形だからだ」俺はリ・ユエの手を強く握りしめた。「だが、見ていろ、リ・ユエ。俺は彼女に、『真の主人公』の座を渡すつもりはない」
俺はアリアに優雅に一歩近づいた。
「アリア嬢。ご忠告痛み入ります。ですが、私は貴方と親しくすることにしました」
アリアの微笑みが、初めて凍り付いた。
「なぜです? 貴方の魂の安定には、私との協力が最も論理的です。貴方の隣の紳士は、貴方を独占し、孤立させます。私は貴方に自由と真の平穏をもたらします」
「残念ながら、論理は俺の専門だ」
俺はリ・ユエを、アリアの目の前に引き寄せた。
「俺は、リ・ユエの異常な愛をこそ選んだ。なぜなら、彼の愛は『機能』ではない。俺の魂と繋がったことで、彼は初めて自由な感情を持った。俺は、世界を維持するための完璧なシステムよりも、俺のために狂気的な愛を捧げる、この男の人間性を選んだ」
リ・ユエは、俺の言葉を聞き、大きく目を見開いた。その瞳に、冷たい青い光が、再び灯り始めた。しかし、それは世界の安定のためではない。俺の言葉を信じる、純粋な愛の力だ。
俺は、アリアに向け、宣戦布告をした。
「リ・ユエの愛が異常だと? 結構だ。俺は、その愛を理解し、受け入れる。さあ、リ・ユエ。アリア嬢との交流は、侯爵家の政治に必要だ。あんたの『独占欲』という名の感情で、俺の隣から彼女を追い払ってみろ」
俺は、リ・ユエの論理回路に、「愛の独占欲」という名の、最大のバグをインストールした。
リ・ユエの瞳の冷たい青い炎は、今や燃え盛る嫉妬の炎へと変わっていた。
「…シン・ジエン」
リ・ユエの声が、広間に響き渡る。その声には、悲しみも、使命感もなかった。ただ、俺を奪われることへの、純粋な恐怖と怒りだけがあった。
「私が、君を、君の魂を…奪う者を、許さない」
リ・ユエの異能が、世界を歪ませる力を発動させた。広間のシャンデリアが爆発寸前まで激しく揺れ、アリアの周りの空間が、鉛のように重くなり始めた。
システムに選ばれたヒロインと、愛に目覚めた元・世界の柱。二つの異質な力が、悪役令息を巡って激突する。




