第1話 悪役令息は、破滅の運命から逃げられない
目が覚めると、見慣れない天蓋付きベッドだった。
豪華な装飾、絹のシーツ、そして何より、見知らぬ天井。
「……は?」
混乱しながら体を起こすと、ずしりと重い違和感が襲った。自分の手を見て、さらに息をのむ。細く、白く、まるで陶器のような完璧な手が、俺の手だった。
「……シン・ジエン?」
口からこぼれたのは、自分の名前ではなかった。それは、昨夜寝る前にプレイしていた中華BLゲームの、悪役令息の名前。
まさか、転生したのか?
昨夜、ゲームの全ルートをクリアしたはずだ。主人公を何度も罠にはめ、破滅していく悪役令息、シン・ジエン。その最後のバッドエンドまで見届けたばかりだった。
俺は、ゲームの知識をフル活用して頭の中でシナリオを組み立て始める。
シン・ジエンの破滅は、主人公の親友である「受け」のキャラクターを陥れようとするのが原因だ。
「よし、まず事件を起こすのをやめよう。簡単だろ」
俺はベッドから飛び降り、鏡に向かう。そこに映っていたのは、ゲームのキャラクターと寸分違わぬ、端正だがどこか冷たい表情の青年だった。
「……イケメンすぎるだろ、おい」
俺は思わずため息をつく。
「シン様、朝食のご用意ができております」
扉の外から、従者の声が聞こえた。ゲームの設定通りだ。俺は計画を実行に移すため、従者に声をかける。
「今日の予定は全てキャンセルだ。人に会う用事はない」
「しかし、本日、リ・ユエ様が都にいらっしゃいます。ご挨拶だけでも……」
従者の言葉に、俺の思考は停止した。
リ・ユエ――ゲーム最強の異能力を持つ、寡黙な天才。彼が、こんな序盤に都に来るはずがない。
「リ・ユエ? なぜ彼がここに?」
「お探し物があるそうで……」
俺の胸に、嫌な予感がよぎる。ゲームのシナリオにはなかったはずだ。
「シン様、どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。……リ・ユエは今、どこにいる?」
俺は震える声で尋ねた。従者は少し戸惑いつつも、場所を告げる。
その場所は、ゲームでリ・ユエの能力が暴走する場所だった。
俺は全速力で走った。ゲームの知識が通用しない――その嫌な予感は、確信に変わっていた。
広場に到着すると、そこはすでに瓦礫の山だった。人々の悲鳴が響き渡る中、一人の青年が静かに立っている。
彼の周りだけ、空間がねじ曲がっているように見える。これが、最強の力……。
「リ・ユエ……」
俺は呆然と呟いた。ゲームでは、彼は感情を表に出さない冷静な男だった。しかし、目の前の彼は、静かな怒りを全身から放っている。その瞳は、何かを探し求めるように揺れていた。
突然、彼は俺の方を見た。そして、ゆっくりと口を開く。
「……見つけた」
彼の声が響き渡る。その瞬間、彼の周囲の空間がさらに歪み、まるで世界が悲鳴を上げているようだった。
俺は理解した。
この男は、単なる「最強」の異能力者じゃない。
この狂気は、攻略本には書かれていなかった"爆弾"だ。
俺の破滅回避計画は、あっけなく瓦礫の下に消えた。
いや、それどころじゃない。俺は、この世界そのものの崩壊に巻き込まれるかもしれない。
俺の物語は、ここから始まる。