27 Green sleeves, now farewell, adieu ~緑色の袖よ、さようなら~
翌日の朝、アランたちはベリンガールの首都、ベネノアから出発した。
道中、雨が降ったりしたものの、予定通り、三日後の午前にロンデロントの領事館に到着する。
帰り道は寄り道することも無く、予定していた町に立ちよるだけだったから、行き道よりも随分と楽で、全員、元気なままであった。
馬車を一度、領事館の正面玄関前に停車して、迎えに現れた衛兵やメイドたちと一緒に荷物を降ろしていく。
一通りの荷物を降ろし終えたあと、近衛騎士が「殿下」と言った。
「今後、外出のご予定は?」
「外出? 特に無いな」
「では、我々は今から、捜査の続きに戻ろうと思います。もし外出なさる場合、一度、使者を使って我々にご連絡ください」
「休んでいかないのか?」
「馭者台でジッとしていたせいか、体を動かしたくて……」
「予定より楽な日程だったからな」と苦笑った。「俺も少し、裏庭を散歩しようと思う。――ああ、君。俺の荷物は執務室へ、彼女の荷物は、いつもの客室へ運んでくれ」
アランが衛兵へそう命じてから、近衛騎士の二人を見送って、アーシェに庭先を歩かないかと提案した。
どうでも良い誘いだったが、アーシェが賛成したから、二人で領事館の裏にある庭へ移動する。
――少しだけ、アーシェが普通の少女になってきたと思える。
「どうかなさいましたか?」
アーシェがアランの視線に気付いて尋ねると、彼は苦笑い、
「すまない、無理に付きあわせたかと思って……」
「いえ、私もずっと座りっぱなしだったのと、帰り道が楽に感じられたので、体を動かすのは賛成です」
「他の場所へ立ちよることも無かった分、ゆっくり帰ってこられたからな」
「せっかくですし、歩きながら今後の予定でも考えますか? エルエッサムへは行くのでしょう?」
「そうだな…… 君も色々思うことはあるだろうが、協力してくれると言うことだし……」
「スーズリオン学園、でしたか?」
「ああ。エルエッサムの中心部にある大きな複合施設で、基本的に寮生活となる」
「リョウと言うのは、どういったところなのです?」
「学生用の集合住宅だと思えばいい。以前と変わりなければ、二人で一部屋を使うことになる。
相手が先輩なのか同級生なのか、決まってみないと分からないが…… 基本的に同性で、あまり年齢の離れた人とは一緒にならないはずだ」
「と言うことは、部屋では、誰かと常に一緒と言うことですか?」
「今までのように部屋でアレコレと作業する、と言うのは難しいだろうな」
「殿下も、その寮と言うところには行けないのですか?」
「残念だが無理だ。しかし、報告によると学園から少し離れたところに空き家が一件、あるみたいなんだ。交渉次第だが、今のところ、そこを借りようと思っている」
「では、そちらへ行くのは問題ないと?」
「ああ。ただ、頻繁に来られると怪しまれるから、会う場所や時間帯は、いくつかに分けて用意した方が良さそうだ」
「――それで、どうやって学園の関係者となるのですか?」
「君をアル・ファーム王家の特別推薦で、錬金専攻がある調合学部に入学させようと思っている。そこへ行ってもらう理由は、人数が多くて紛れやすいのと、魔結晶を使うのは大概、錬金術だからだ。マードック社から学園に流れた魔結晶について探っていても、怪しまれにくいと思う」
「なるほど、錬金術ですか……」
「ただ、別の方法も考えてはいる」
「別……?」
「アーシェ、君は調合術を多少は身に付けていると、そう言っていたな?」
「基本を知らず、人並かそれ以下ですが……」
「目指すところが錬金専攻なのは変わらない。変わるのは入学方法で、『家庭教師』を付け、編入受験に合格して入ってもらう、と言うものだ」
「それは、その…… どういうものです? 具体的に」
「俺の知りあいに、孤児院の先生となるべく、学園へ行こうと考えている女性がいる。その方から基本教科を教えてもらって、錬金術に関しては専門家から教えてもらう…… そのあと、編入試験で普通に学園へ入学すると言うものだ」
「随分と時間が掛かりそうな方法ですね?」
「そうだな。最短で半年、普通は一年ほどか…… 捜査はそのあいだも続けるつもりだが、停滞するのは否めない」
「それでも、何か得があると……?」
アランの足が止まる。アーシェも止まった。
「先程も言った、教師になるために学園へ行く予定の女性…… アリスさんと言うんだが、その方と交流を深めてほしいと思ってな。そうすれば、少なくとも学園内に一人、仲間が増えることになる。何より、特別推薦だと君の存在が学園中に知られて、注目の的になると思うんだ。
推薦理由も、君がレイナック家の最後の生き残りと言うことになるだろうし…… そうすると、学園の上層部も一目置くだろう? 万が一、黒幕連中に繋がっている人間が学園内にいたら、狙われやすくなるかと思って……」
「アリスさんと会っていたら、やはり目立つのではないでしょうか?」
「頻繁に会っていればな。一応、彼女には彼女のやるべきことがあるから、たまに連絡を取ったり、情報を交換する程度で構わない。それに、彼女がいてくれたら、それだけで百人力だ」
「そんなに凄い女性なのですか?」
「元は、大聖堂の『聖女』と呼ばれていた神官の方で、その剣の腕前はアル・ファームで一番と言っていい。銃も扱えるし、何よりエルエッサムの上流階級の人々をよく知っている。――ただ、今はもう神官を辞めたから、直接的な繋がりは無くなったとも言えるな」
「では、アリスさんと協力関係を築くために、編入試験を受ける方向で考えましょうか?」
「――君はどう思う? どちらの方が任務を円滑に遂行しやすい?」
アーシェが視線を少し落とし、考えてくれた。
しばらくしてから顔をあげ、
「時間が掛かるのがネックですし、必ず入学できると限らないのが問題ですが…… ひとまず、編入試験を受ける方向で考えてみようと思います」
「どの辺りが賛成できた? 良ければ聞かせてくれ」
「特別推薦と言うのは、今すぐに調査へ向かえる利点よりも、仕掛けられた罠に嵌まる欠点の方が強いような気がします。
それよりは、時間を置いて、相手の警戒が少しでも薄くなったところへ侵入した方が動きやすいと思えました。あと、特別推薦は最後の手段に取っておいても問題ないと思えますし…… 先に編入試験と言うのを試してみる方が、効率が良さそうです」
アランが頷きつつ、
「分かった。じゃあ、その方向で調整を進めていくよ」
と答えた。
それから、二人は裏庭から正面玄関の方に戻ってきて、領事館の中へと入る。
すると、
「殿下」
と、待っていたらしいブロムナーが呼びかけた。
「お帰りなさいませ」
「ああ、今戻った」
「突然で申し訳ありませんが、少々、お時間を頂けませんか?」
「何かあったのか?」
「ええ、まぁ。――アーシェさんには申し訳ありませんが、殿下に要件がありますので」
「分かりました。いつもの部屋へ戻っています」
そう言って、彼女は一礼してから自分の部屋――客室へと戻っていった。
「それで?」と、見送ったアランが振り返る。「どこで話をする?」
「執務室でも宜しいですか?」
アランが了解し、ブロムナーと二人で階段をあがり、二階の執務室へと入る。
ベリンガール旅行に使った鞄が、長椅子のところに置かれてある。それに、一週間ぶりの執務室だから、どこか懐かしく感じられた。
「お前は」とアラン。「昨日の午後には到着していたそうだが…… 何か報告でも受けたのか?」
「その通りです。まずはトリナーム夫人の部屋にあったと言う絵画ですが……」
「やはり駄目だったか?」
「ええ。
部下に確認を取ったところ、部屋の物はほとんど焼失し、残っていたのは金庫内にあった権利書の一部と言う話です。――念のため、自分でも確認しに行きましたが、二階部分はほとんど焼失していました」
「そうか…… 残念だ」
「次に、殿下へ渡す物があります」
そう言って、彼はポケットから、証拠品を入れておく紙袋を取りだし、それをアランへ手渡した。
「なんだ? 新しい証拠か?」
「そうとも言えますね。ただ、黒幕連中とは一切、無関係ですが」
「お前がそう言う物を渡しに来るなんて、珍しいな」
「ええ。破棄すると殿下から面倒くさい小言を頂戴しそうだったので」
アランが溜息を吐きつつ、紙の中の物を取りだす。
「革……?」
「実は、アーシェさんの面倒を見てくださったメイドが、ラニータさんの緑色の服を洗っていたそうなんです」
「それで?」
「殿下が洗うよう命じたとか」
――記憶を辿る。
「そうだったか……? いや、そうだな。確かに応接室で、近衛騎士に命じた。しかし、トリナーム夫人の物と併せて洗っておくように言ったのと、メイドには直接言ったりしてないぞ?」
「どちらでも宜しいです。とにかく洗濯がおこなわれ、その証拠品が見つかったと言うことです。――殿下、もうちょっと証拠品を調べてください」
眉をひそめつつ、アランが革を窓の近くへ寄って、明かりに照らしつつ眺める。そうして裏返したとき、それは見つかった。
「何か書いてある……?」
「そうです。恐らく、ラニータさん本人の直筆…… 『手紙』と言うべきものかと」
「手紙だって?」
そう言ったアランが、本文に目を通す。
「メイドがラニータさんの服を洗おうしたとき」と、ブロムナーが言った。「肘当ての革が真新しいのに、糸がほつれているからと補修を考えたそうです。
そして補修の点検をしていると、縫いつけに使われていた糸が『仕付け糸』だったようで…… どうにもおかしいと調べたら、文字が書いてあったと聞いています」
びっしり、細かく詰めて書かれた文章を読んだアランは、ただただ驚いていた。
そして、記憶を巡らせたお陰なのか、自分がラニータの小屋へ入ったとき、机の周りにインクや裁縫道具が散乱していたのを思い出した。
「この手紙…… いや、遺言を、彼女へ渡してきても大丈夫か?」
「ええ、そうしてください。先程も言ったように、事件とはなんら無関係の品物なので」
「――ブロムナー」
「はい?」
「ありがとう」
「その言葉は、メイドにお掛けください。彼女の手柄ですので」
「そうだな…… 今度、もう一人のメイド共々、何か礼品を送っておこう」
そう言って革を紙 袋へ仕舞ったアランが、執務室から出ていった。
彼はそのままアーシェがいるであろう、客室へと足を進める。そうして、ノックした。
『はい?』
「アーシェ、俺だ。入ってもいいか?」
『どうぞ』
アランが部屋へ入る。
アーシェの他に、服を選んでいたときのメイドがいた。
「お帰りなさいませ、殿下」と、メイドが深々とお辞儀する。
「ただいま。――悪いが、二人で話をしたいんだ」
「畏まりました」
「それと…… 服を洗ってくれたのは君か?」
「――左様でございます」
「旅用の服の件もそうだし、色々と、本当にありがとう」
「いえ…… あのときは興奮しておりまして、申し訳ありませんでした」
そう言って、メイドがまた一礼すると、そのまま低頭の姿勢で部屋から出ていった。
「――何かあったのですか?」
アーシェが尋ねるから、アランは持っていた紙袋をアーシェへ手渡す。
「これを」
「なんですか? これは」
「君の母君の服、覚えているか? 美しい緑色の服だ」
アーシェが首を傾げ、「その服が何か?」と問う。
「肘当てに革を使っていたはずだ。覚えているか?」
「ええ」
「あの革に、文字が書いてあった」
「文字……?」
「正真正銘、君の母君の手紙だ」
驚いたアーシェが、微かに口を開く。しかし、何も喋らなかった。
「特務機関はこれを、今回の事件とは無関係と判断した。だから、この肘当ての革を君に返す。受け取ってほしい」
彼女の動揺が収まるまで、アランはずっと紙袋を差しだしていた。
やっと収まったのか、恐る恐るした動きで、アーシェが手を伸ばす。
受け取ったのを見届けたアランは、そのまま踵を返して部屋から出ていった。
アーシェが紙袋の中の革の肘当てを取りだす。しっかりなめされた革には、没食子インクでこう書かれてあった。
『愛するアーシェへ』
彼女の指が震える。
読んでいるうちに肩が震え、次第に瞳が潤んで濡れて、頬を伝って床へ、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。
『……――噂で、あなたの無事を知りました。あなたを助けてくれた方々に、心から感謝します。そして、私やトリナーム夫人が死んでも、どうか気にしないで。夫人も、私と同じ気持ちのはず。
最終的に、あなたが死刑に追いこまれたのは、間違いなく私が原因です。私の長く重い罪なのです。だから、これで良かった。何もかもこれで。
あなたは、私の死に強い自責を抱くかもしれない。ひょっとすると、自殺さえ考えているかもしれない。
でも、死ぬ前に約束して。一度でいいから、外の世界で生きてみて。それからでも遅くは無いから。
きっと別の、嫌な思いをたくさんぶつけられるでしょう。だけど、同じように好きな思いもたくさん得るはずです。あなたが、私から色々学んだと言ってくれたように。
あなたと言う存在に出会えたことは、私にとって救いであり、幸運でした。
どうかこのまま、あなたの道をお行きなさい。後悔を必要以上に振り返らず、謂れ無き言動には屈せず、今のままずっと、真っすぐに生きて。
あなたの母より――……』
娘は生まれて初めて、泣き崩れていた。
―――― 第二章 了 ――――
★2026年の4月までには、投稿を再開できるようにします。
ここまでのご精読、誠にありがとうございました。




