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没落令嬢は、今宵も復讐の夢を見るか? ~~継母に盗みをするよう強要され、死刑台に送られた妾の娘は夢を追いかける~~  作者: 暁明音
第二章  心は縦にひび割れて

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26  二人の語らい

 アランは何も考えずに階段を下り、一階の広間で談笑している人々を横目に、玄関から宿の外へと出た。

 空はすでに真っ暗で、篝火(かがりび)台の(ともしび)が、石畳の道や家の壁を照らしている。夕食前に見たときよりも明るく見えた。


 ベリンガールはアル・ファームやエルエッサムと違い、石造りの家がほとんどのため、発光石よりも燃料を使った火の明かりが多く、そのため風景も暖色系で、明暗がハッキリした、影の揺らめく世界となっている。


 ――ベネノアらしい景色だ。

 この町に来たのは、妹の婚約発表のとき以来で、ついこのあいだのはずなのに、かなり前に感じている。


「殿下」


 不意のことで驚く。

 玄関の前に、両手を後ろに回しているアーシェが立っていた。どこか安堵(あんど)している。


「勝手に外へ出ては危険ですよ?」

「あ、ああ。確かに、すまない……」

「何かあったのですか?」


「いや…… なんとなく眠れなくて」

「では、宿の主人に頼んで、暖かい飲み物でも入れて頂きましょうか?」

「そうだな、あとで貰うよ。――それより、ひょっとして起こしたか?」

「いえ、私も起きていました。殿下が部屋(へや)の外へ出たと思い、あとを付けました」

「なるほど、それなら起こしたも同然だな…… 悪かった」


 アランが苦笑って言った。

 アーシェは首を横に振って、


「大丈夫です、お気になさらず」と答え、後ろにあった両手を腰の前に出す。右手に携行拳銃を持っていて、それを腰のホルダーへ納めた。


「どうやら、心配を掛けたらしい…… すまない」

「いえ、そう言う約束で連れてきて頂きましたので」


 アランが、ゆっくりと空を見あげた。


「どうだ? アーシェ。ベネノアは」

「そうですね…… 夜でも随分と明るい町だと思います」

「ロンデロントにいたら、そうかもな。バルバラントもそうだが、元は発光石の産地だから、木造の家が多いし、火を使った明かりはあまり見かけないよな」


 そう言って、視線をアーシェへ向けた。


「しかし、この光景が君の母君が見ていた、懐かしい光景だと思う」

「…………」

「アル・ファームの首都であるリボンが、俺の故郷なわけだけど、そこは発光石と篝火(かがりび)が半々、と言ったところだ。――君はリボンに来たことがあるか?」


「いえ、遠出は今回が初めてです。ロンデロントも、町中をほとんど出歩いたことがありません」

「そうなのか…… ずっと母君と、あの小屋にいたのか?」

「はい。そもそも、遠出する余裕が無かったので」

「まぁ、確かにそうか…… しかも、母君が病気だったな? 確か」


 アーシェが(うなず)く。


「それなら、遠出が無理なのも仕方ない。――俺の母上も、病気だったんだ」


 アーシェの眉がピクリと動く。


「五年ほど前に亡くなったが、随分と昔のように感じられる」

「そうでしたか……」


「君も、自分の親が大貴族の出身だったと言われて、本心では戸惑っただろう? 俺はあまりにも君と境遇が違うから、君は認められないかもしれないが…… 俺も、母上が亡くなったとき、始めて母上が王家の人間だったのかと感じて戸惑った覚えがある。

 悲しいはずなのに、俺の抱く悲しみと周囲の人間や国民が抱く悲しみに、違いがあった…… それが身分差と言うものだ、と言われると、今では納得は出来るんだが…… まだ未熟だった俺には、どうも不思議に思えたんだ…… 同じ感情じゃないんだなって」


「正直、殿下の(おっしゃ)る通り、立場が違いすぎて分からない感覚です。ただ……」


 と言葉を切ってから、続けた。


「お母様が亡くなったときの気持ちそのものは、なんとなく分かります……」

「そうだな…… そこは立場なんて関係が無い共通点と言えるかもしれない」

「そんなことがあったから、あの料理店から帰る馬車の中で、私を心配して下さったのですか?」

「えっ?」

「人の寿命は()()()で、いつ死ぬか、誰が死ぬのか、それらも含めて『()()()()()()()()()()()()()()』と……」


 沈黙が流れる。


「私は、あのときの殿下の、言葉の意味がよく分かっていませんでした。むしろ、当たり前のことを言っているようにしか思えなかった……」

「――今はどうだ?」

「本当に、不平等で不公平だと思います」

「――なぁ、アーシェ」


 彼女がジッと見てくるから、アランは続きを話した。


「ベリンガールへ入国する前のこと、覚えているか?」

「入国前?」

「トリナーム夫人の話だ」


 アーシェがハッとした。

 返事が無いから、アランから切りだす。


「地下水路で何がおこなわれていたのか、(おおよ)そのことは把握している。だが、俺が知りたいのは()()なんだ。君はブロムナーの制止を振りきって夫人を追った…… そのときの君の姿は、なんとなく俺でも予想が付く。しかし、君がブロムナーに担がれて地下水路から出てきたときは、監獄所で初めて君と会ったときと同じ…… まるで人形みたいだった」

「…………」


「教えてほしい。何が、君をそこまで変えたんだ? 地下水路で何があった……?」

「――仮に」と、(うつむ)くアーシェ。「殿下がそれを知って、どうするのです? 私の心情など、捜査に無関係のはず」


「君の母君の足跡や思い出の地を巡る旅も、捜査に無関係だ。つまり、俺は最初からずっと君の心…… いや、君の想いが知りたいと思っていた。


 ――俺は、ブロムナーとはやり方が違う。人は、損得と思惑だけで生きている存在じゃない。動機の原因は常に、心や想いがあるはずなんだ。それを辿(たど)っていかない限り、真実には決して辿(たど)りつかない…… 俺はそう考えている」


「そうですか…… 今になって思いますが、あなたはやはり変わった方なのですね……」

「変わっていない人間を探す方が難しいと言うものだ。そうだろ?」

「ええ、確かに……」


 そう言ってから、彼女はフゥっと息を吐いた。それからアランの方を見やり、


「あの人は望まれていなかった…… だから、殺された……」と言った。

「望まれていなかった? どういう意味だ?」

「分かりません。ただ、私も同じ気がした…… 誰からも望まれていない…… きっと、私も知らないうちに、ダーレンと同じ組織に所属していて、その組織から望まれなくなった…… だから、私たちは排除された……」


 ――組織と言うのは黒幕連中がいる集団のことだろう。

 そう思ったアランは、少し間をあけてから、


「しかし」と反論した。「君を(えん)罪にして殺そうとしたのは、まぎれもなくダーレン本人だった。ドロッカーが保管していた手紙から、そう判断できるぞ?」

「ええ、その通りです。だからこそ、手掛かりが得られると思って、それで、助けようとしました。そう…… 心変わりしたのは、ただ、それだけです」


 ――明らかに(うそ)だ。


「もし、それだけなら、地上に出てきたとき、あんなに落ちこんだりしないはずだ。情報を得るためと言うより、本当に助けようと思ったんじゃないのか? 復讐の相手であったとしても」


 アーシェがまた(うつむ)いた。


「それは恥ずべきことではない」

「あの人は間違いなく」と、アーシェが前を向く。「私とお母様を()みきらっていた…… でも、なんだかずっと怯えていたようにも思えたんです」


「怯えていた……?」

「はい…… ずっと怯えて、それを払拭するように私へ暴力を振るっていた…… そんな気がしました。それに死に際の、あの表情……」

「かなり怯えていたのか?」

「逆です……」


 首を傾げるアラン。


「なんだか穏やかで、全てを悟っていたような感じがして…… それがなんだか、お母様と同じで…… 最後の最後に、情が湧いてしまったのかもしれません……」

「なるほど。その可能性は、無いとは言えない。ひょっとすると彼女も、心の奥底では君と母君に同情していたのかもしれないな」


「――私、今でもダーレン・トリナームが憎いですし、あの人が育ての親だなんて絶対に思えません。だけど、銃や盗み、侵入、外での過ごし方…… そういった能力を育ててもらったのは事実で、それがあったから、殿下たちに必要としてもらえた…… これだけは紛れもなく事実です」

「悪いが、今の話は半分、賛同できない」


 アーシェがアランを見やった。


「君の能力をあてにしていたわけではない。無論、今は当てにしているが…… しかし、それだけで君に協力していたわけではないよ」

「そうですか……?」


「ああ。そもそも、俺は君と出会ってからずっと…… 今でも、心配でならない。

 君は怒るかもしれないが、本音を言わせてもらうと、今の君はまだ、主体性が無く他人への依存性が高い。例の偽手紙の件も、君のそう言ったところを狙って作られた物だった。君は確かに成人した大人だが、それは法的なものであって、精神的に成熟しているとは言い難い」


「それを成熟させたい、と言うことですか?」

「当然、尊大なことを言っている自覚はあるよ。しかし、ブロムナーが言うに、俺は目の前の困っている人を、一人ずつ助けるような男らしい。効率が悪いし、人の上に立つ人間が考えるべき倫理観ではないと言われた。一生のうちに一人しか助けられないような王は、民からすれば暴君や無能と言われるそうだ」

「…………」


「しかし、一生のうちに一人だけでも、本当に助けてあげられたのなら…… それは自分の人生にとって、もっとも誇れることの一つだと思える。俺はどうも、母親似らしい。だから、人の上に立つ家柄に生まれたからには、その気概と覚悟と、揺るがない自己満足の配慮が必要だと…… そう思っている」


「最後の言葉は、王妃様から言われたのですか?」

「言われてはいないが、両親を見てそう思ったんだ。――君だって、母君やホザーさんから学んだことは多いだろう?」

「はい、たくさん」

「だったら、今度はそれを自分のモノにしないとな。俺もまだまだ出来てないことだけど……」


 不意に、アーシェの口角があがる。

 アランは妙に思えて、眉をひそめながら、


「なんだ? どうした?」と言った。

「いえ…… お母様に『損ばかり引きうける子だ』と言われたのですが、殿下の方がよっぽど損をする性格に思えまして。でも、それが信念に結びつき、自分の誇りに変えていらっしゃるのが、私のような人間からすれば、とても羨ましくて……」


「君も変えられるさ、必ず」

「どうでしょうね……」


 アーシェがまた前を向いて、寂し()(ほほ)()む。それで、アランが目を細めた。


「私は」と、アーシェが続ける。「今でもまだ、お母様が死んだと認めたくない気持ちに駆られますし、黒幕の連中へ絶対に復讐したい気持ちがいっぱいで…… それが自分の本心だと分かっているのに、ダーレンのときのように躊躇(ちゅうちょ)してしまいそうで……

 そんな優柔不断で陰湿で気弱で…… どこまでいっても嫌な女に思えます。とにかく、そんな自分が(すご)く嫌いです……」


「今の君に、復讐をするなとか、そんな綺麗(きれい)事を言うつもりは無い。だが、君のお母さんが生きていたらきっと、色々と経験して、自分の嫌なところを受け入れながら、その感覚を薄くしていけば良いと…… そう言いそうな気はする」


「そうですかね……?」

「嫌な自分を自覚しているなら、向きあう機会に恵まれていると言える。君なら、きっとそれが出来るはずだ。あと、性根は消さなくていいさ。完全に消えるとも思えないし。

 ――ただ、自分のために、他人を傷つけることを良しとしないでほしい。それだけは、絶対に守るべきことだ」


「守れますかね、私なんかに…… 今の自分から変われるとも思えないのに……」

「先程も言ったが、全て変わることは不可能だろう…… しかし、俺は心配していないよ。正直、君は素直で真っすぐな性格だと思う」

「…………」


「何より、過酷な環境でも生き抜いて、強くて(たくま)しく見える。俺も見習って、そんな風になれるよう変わっていきたい」


 アーシェが不意に、吹きだすように笑った。無論、大声でも無いし分かりやすい笑いでもないが、いつか見たときのように、右人差し指の側面を(くちびる)に当てて(こら)えている。


「な、なんだ? どうした?」

「申し訳ありません」


 と、こちらを向く。初めて目(じり)が緩んでいるのを見た。


「殿下は強さを見せて人の上に立つよりも、同じところに立って、物怖じせず権力者に進言をする人…… そのような立場におられる方が、似合っている気がします」


 アランがハッとした。そして、彼も思わず口角をあげる。


「実は…… 妹のアルメリアにも同じようなことを言われたことがあってな……」

「では、間違いありませんね」

「自覚は無いが、そう言うものなのか……?」


「殿下のお兄様は、周囲の話を聞いている分ですと、典型的な国王気質の方に思えます。それなら、殿下は(つるぎ)ではなく『(つえ)』になるべきかと」

(つえ)か…… なるほど、言い得て妙だ」


「権力をどこへ振るうべきか判断する、大切な基準を与える人。そして、ブロムナーと言う暴走しがちな人間を御するのも、殿下がもっとも適任かと存じます」

「まぁ…… あいつもどうやら俺と同じで、兄様にまだまだ認められていないようだからな。ただ、前よりは少し変わった気がするよ」


「そうなのですか?」

「地下水路が増水したとき、君を放置せず、ちゃんと地上まで救助してくれたからな」

「すると、以前はそれさえしなかったのですね?」


「身内でも同僚でも無いし、それを理由に放置していたと思う。だから、変わったと思いたいところだが…… とにかく、こちらの手助けがあいつの任務になったようだし、もう少しだけ彼と仕事を続けようと思う」


「それが、ようございます」と(ほほ)()んだ。

「――良かったよ」

「えっ?」


「君はどうも、そちらの方が本来の姿らしい」

「本来……? 何がです?」

「ズゲズゲ言ったり憎まれ口を言うとき、意識してそうしていたと言うことが分かって…… なんだか安心した」


 ハッキリと、アーシェの(ほお)が紅潮していた。


「――それでは今後、バレないよう精進致します」


 そう言って、彼女がぷいっと背を向ける。

 アランは微苦笑を浮かべて、背中を見つめていた。

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