23 バーラントの別邸にて
さすがに成人六人が、宿の一部屋にいると窮屈なので、広い場所へ移動することにした。
移動先はバーラントの提案で、貴族街にあると言う、彼の別邸へ向かうこととなる。
無論、歩いて向かうと他の貴族にバレる可能性が高くなるため、二人一組となり、出発と到着の時間をズラすように、二人乗りの軽量馬車に乗って貴族街へと向かった。だから、それほど目立つことも無く、無事にバーラントの別邸に到着する。
別邸は現在、迎賓客のために使われているらしく、元々がナザール家の本邸として使われていたこともあって、かなり広く感じられた。
「懐かしのここは、修復中か」
フードを外したアランが、所々に黒い焦げが見られる、足場で囲われたルーフバルコニー付きの建物を見あげて言った。
「あいつらのせいで焼けたからな…… 修繕にはしばらく時間が掛かる。高い出費だよ」
「何が出費だよ、修繕は公費だろ? 迎賓館として使うんだから」
「バレたか」
「出迎えがあったし、バレるに決まってるだろ? 全く……」と口角をあげるアラン。「ところで、アルメリアは元気か?」
「勿論。君のことを話せば、きっと喜ぶよ。――まぁ、今はまだ言えないだろうがね」
「すまないが、そうしてくれ。知らないままなら、そのままにしておきたい。何せ今回は、非公式にベリンガールへ来ているから」
「その割に、大きな騒ぎを起こされるのですね」
ブロムナーが横から言うから、アランが睨みつつ、
「もうその話はいいだろ?」と言った。
「良くはありませんが、今はバーラント様のお話を優先しますよ。――失礼、バーラント様。今後の算段があれば教えて頂けませんか? 私は殿下たちとは別行動でしたので、どうするのか知らないのです」
「あ、ああ」と、苦笑うバーラント。「僕もそこまで知っているわけじゃないが…… 手紙によると、レイナック家の屋敷を見学したいんだったよな?」
「そうなんだ」とアラン。「どうにか出来ないか?」
「一応、話を通せば夜間見学は可能だろうけど…… しかし、そこの女の子が、アーシェルテンさんとはね」
まだフードをかぶったままのアーシェを見ながら、バーラントが言った。彼女はどこか警戒した様子で、彼をフードの奥からジッと見つめている。
「古風な名前とは裏腹に、なんだか猫みたいで可愛いね」
「――バーラント、彼女は成人女性だぞ」
驚いたバーラントが、アーシェを見やる。彼女はバーラントの視線を避けるように、横を向いていた。
「それより」とアラン。「手紙にも書いたが、レイナック家の侍女が持っていた遺品、預かっておいてくれ」
「もうか?」
「大体のことは把握したし、何か起こる前に、君が持っている方が安全だと思って。返却に関しては、持ち主の息子さんが手紙を送ってくれるはずだ」
「分かった。――しかし、わざわざベラーチェスへ行くなんてね」
「夫人の故郷らしい。そこの方が色々と落ちつくんじゃないかと言っていた」
「なるほど」と言って、アランの隣に立っていた、荷物持ちの近衛騎士から、侍女の遺品が入った鞄を受けとる。
「じゃあ、確かに預かったよ」
「それで…… どうする?」
「ひとまず屋敷の中へ入ろう。君たちが到着する前に、使者を向かわせてあるから、その返事が来てから次の行動に移ろう」
と言うことで、バーラントが先導して、アランたちを屋敷の方へ案内した。
屋敷の中は古風な物と、新しい物とが混在していて、さながら、小さな博物館に見える。
バーラントが応接室へ案内しようと廊下を歩いている途中、足を止めて絵画の方を見あげる。
「一応」とバーラント。「この絵画は、五大貴族の当主全員が集まったときのものだ。今から百年ほど前だが…… そこの右端に立っている男性が、レイナック家の男性だよ」
「おそらく、母君の祖父だろう」
アランが隣にいるアーシェにそう言うと、彼女はマジマジと絵画を見つめて、
「この絵画の方々は」と言った。「所謂、五大貴族なのですよね? 今も家柄はご健在なのですか?」
「健在と言うのが、何を意味するかは微妙なところだが…… 存続していると言うなら、レイナック家以外は一応、存続してはいる。ただ、現政府に関与しているのは僕たちナザール家と、サシャ―ル家の二つだけ…… だったよな?」
アランがバーラントに向けて尋ねる。彼は頷き、アーシェの方を向いて、
「残りは爵位をそのままに」と答えた。「実質的な権力解体がおこなわれました。革命当時に当主だった方々は、一人を除いて戦死しています。だから今は、残された家族や生き残った方が、我が国の伝統的な工芸品や芸能などを保存する団体として活動している状態です」
「では」とアーシェ。「消えたのはレイナック家だけなのですね?」
「まぁ…… 結果的にそうなってしまいました」
「どうして消えることに? 単純に、全員が激しい戦地へ送りこまれたからですか?」
「――ひとまず部屋へ入りましょう」
そう言って、バーラントが近くの扉へ歩いていく。アーシェは彼の背中を追って歩いた。
全員が部屋へ入ったのを確認し、バーラントが扉を閉める。
「お好きな席へどうぞ」
バーラントがそう言うと、アランや近衛騎士、ブロムナーが、あいている椅子に座る。
「アーシェさんもどうぞ」
「いえ。私は立っていたいので、これで大丈夫です」
アーシェがそう言うから、バーラントが「分かりました」と言って、アランの隣へ座った。そして、
「――レイナック家ですが」と、先程の話を続けた。「ラニータ様のお父上…… つまり、サンディアス様が武闘派だったのも、断絶の原因と言えます」
「武闘派……?」
「レイナック家は元々、エルエッサムからやって来た武人の一族なんです。僕も詳細を知っているわけではありませんが…… 父から聞いた話では、サンディアス様は相当な伝統主義で、なおかつ権力志向の強い方だったそうです」
「アルバート国王も」と、ブロムナーが口を挟む。「相当、手を焼いたと語っておられました」
「そうだろうと思います。僕も父上から同じようなことを伺っていますので」
「じゃあ」とアーシェ。「サンディアスと言う方が原因で、レイナック家は断絶したのですか?」
「あなたには耳が痛く、納得できないところもあるかもしれませんが…… 実質、そうだったと言えます。現に、革命が起こった際、いち早く先陣を切って戦ったのもレイナック家で、反撃と言う形で行軍させたのが、ロンデロントから少し離れた場所にある町なんです。そこは、もっとも苛烈だった戦場の一つで…… 恐らく、クロナード様はそこで亡くなったのでしょう」
「サンディアスと言う方は?」
「ベネノアから少し離れた町で亡くなりました。話によると、銃弾を浴びても倒れず、立ったまま絶命していたとか……」
「――どうして、お母様はクロナード様と一緒に行動を?」
「残念ながら、全く分かりません。一応、ロンデロントの方へ避難したと言う話で、それは侍女や他の者の裏付けがあるわけですが、どういうわけか戦地へ戻られた。――話によれば、クロナード様を放っておけずに向かったと言うことですが、真意は不明です」
「そうですか……」
「アーシェさんはロンデロントのご出身でしたよね? 戦地だった町には行かれたことがありますか?」
「ここへ来る前、殿下と一緒に立ちよりました」
「なるほど…… では、石碑もご覧に?」
「はい」
「あの石碑の下には、それこそたくさんの方々の亡骸が埋まっています。その中にはあなたの父親、クロナード様もいらっしゃるでしょう」
「でも、この町に英霊碑と呼ばれる供養塔があると聞きました。どうして、そんなものがあるのです? 遺体は別のところに埋まっているはずですよね?」
「あれは主に、ベネノアで亡くなった貴族のために建てられたものです。つまり、どこで亡くなっていようとも、ベネノアが貴族たちの集まる場所…… そう言う思いで建てられたと聞いています」
「要するに、亡くなった貴族たちの威光を、今の政府が利用するためですね?」
バーラントが答えあぐねていると、
「利用は普通のことですよ、アーシェさん」と、ブロムナーが答えた。「特に、新しい政府や統治をするにあたり、新旧の摩擦を減らすもっとも効果的な方法は、以前の権威を新しい権威に取りこませることです。多少のイザコザさえ抑えられたら、ゆるやかに新政府が通常の政府となる。そうなったあとは、英霊を歴史上の人物として配置換えしておけば良い……」
ここまで言ってから眼鏡を触り、他の人が何も言わないのを確認するように間をあけてから、続きを語った。
「そして、外部の人間である我々も、利用するしないと言う小さな問題より、国家全体が安定するかどうかの方に関心があります。
アーシェさん、あなたがレイナック家の生き残りとして再興することで、旧態依然の連中を黙らせることが出来るなら、ベリンガール大統領だけでなく、我々、アル・ファーム側も協力を惜しまない。だからこそ事件のためだけでなく、その一環として、あなたをスーズリオン学園へ入学させたいと考えているわけです」
「ちょっと待った」バーラントが割って入る。「その話は初耳だ。どういうことか教えてほしい」
「俺が話すよ、バーラント」
ブロムナーが話す前に、アランが答えた。
「手紙にも書いてあった事件の内容を交えて話すが…… 事件については他言無用に願いたい」
「分かっている。レイナック家の件も、君が捜査中に偶然見つけたとしか言っていないし、君たちの捜査対象は、前々から調べていた爆薬に関する組織だと言うことにしてある。だから、安心してほしい」
こうしてアランが、アーシェをスーズリオン学園に入れる方向で考えている、その理由を話し始めた。
男たちが話しているあいだ、アーシェはどこか遠くを見るように、窓の方を見ている。
窓ガラスに映る彼女の顔は、以前と同じような、生気の無い人形みたいな表情をしていた。
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