22 思わぬ再会、懐かしい再会
「何を言い争っている?」
――マズい。
アランは、ベリンガールの警備兵三人を前にして、そう思った。
アーシェが初恋の意味を、微妙に捉え間違っていたのを訂正するのは、彼女に恥を掻かせることになる…… そう思い、明言を避けた。
しかし、彼女があれほど喰いさがるとは思いもしなかったし、何よりも、以前より自尊心を持っているのが垣間見えたから、嬉しく思ってしまった。その結果、言い淀んで、間違いなくそれが原因で、今の事態を招いたと言える。
宿にいるであろう近衛騎士が、この状況に気付いたとしても、容易に割って入ってくるわけにいかない。正体に気付かれて、いずれ上層部に自分たちがいるのがバレてしまう。そうなると、面倒この上ないことになる……
「メル・カヴァ大湖から来たのか?」
何やっているんだと猛省しているところへ、警備兵が尋ねてきた。
アランは俯くようにして顔が見えないよう注意しながら、
「そ、そうです……」と、ボソボソ声で言った。
「なんだって? 聞こえないぞ?」
「その場所から来ました」
隣のアーシェが言った。
「――本当か?」
「はい」
「では、入国許可証を見せてくれ」
「今、手元に無くて……」
「手元に無い……?」
「ば、馬車に忘れてきたんです、ハイ」
アランが横から言った。
「馬車はどこに置いてある?」
「停留所です」とアーシェ。
「よし、そこへ案内しろ。ついでに何をしにベリンガールへ来たのか話せ。最近、不法入国者が多いんで、警備を強化しているんだ。悪く思わんでくれよ」
アーシェがさり気なく、アランの袖を引っ張った。
アランは俯いたまま、彼女へ目配せする。彼女はジッと、アランを見やっていた。
――馬車へは案内できない。
四頭編成の馬車なんて、少数民族の人々が持っているわけが無い。
(どうする……)
思わず小声で自問自答すると、
「すみません」
と、聞き覚えのある声がしてきた。
「ちょっといいですか?」
――ブロムナー?!
どうして彼がここにいるのか気になった。しかし、それよりも今は、彼に頼る他ない。黙って動向を見守ることにした。
「あなたは?」と警備兵。「ひょっとして、アル・ファーム人ですか?」
「ええ。特務機関に所属するブロムナーと言います。以後、お見知りおきを」
「特務機関……?」
ブロムナーが懐から、身分証明書を提示した。
「アル・ファーム王家の第一王子、ドラグナム殿下に用がありまして、この町におられると言う情報を得たので、ロンデロントから入国し、昨日のうちに到着しました」
「なるほど…… 確かに、本物の証明書ですね」
そう言いながら、警備兵が顔を証明書から離す。それに併せて、ブロムナーが身分証を懐へ仕舞った。
「それで?」と警備兵。「特務機関、でしたか? その期間の偉い人が、我々になんの用です?」
「あなた方と言うか、そちらのお二人に用があります」
警備兵が振り返るように、アランたちを見やった。
「実は」と、ブロムナーが続ける。「魔結晶の採掘に関して様々な情報提供をしてくださった方々でして。外交官のバーラント・ナザール様にも情報共有するため、一足先にベネノアへ向かって頂いたんですよ」
「バ、バーラント様に情報共有?」
「ええ。詳細は外交上の観点から、ここで申しあげるわけにはいきませんが…… しかしどうも、先に向かわせたのは失敗だったようです。あなた方の手を煩わせてしまったようですから」
ブロムナーが睨みを利かせつつ言ってくる。アランだけでなく、アーシェも視線を外していた。
「それに、彼らは田舎の出身ですので、都市部は初めてなのです。舞いあがってしまったのかもしれません。今後は私が監視し、案内します。どうか、ご安心ください」
警備兵が三人で内輪話を始める。そして、話がまとまったのか、三人がブロムナーの方を向いた。
「では」と警備兵。「ブロムナーさんに任せて大丈夫なのですね?」
「ええ、お任せください。後々、バーラント様に面会する予定ですので、それまではこちらで、責任を持って案内しておきます」
こうして、一時はどうなることかと思われた警備兵への対応は、なぜかベネノアにいたブロムナーの手助けによって、無事に事なきを得た。
そのブロムナーが、警備兵とすれ違うようにアランたちの前に来て、
「ひとまず、そこの宿へ行きましょうか。お連れの方も待っておられるようですし……」
と言うから、振り返ってみると、近衛騎士が出入り口のところに立っていた。
三人で騎士のところへ近寄ると、彼が困った顔をしながら、
「部屋を借りましたが…… 何かあったのですか? 殿下」
と尋ねる。
「それも含めて、部屋で話す。――ブロムナーを交えてな」
と答えるのが、関の山だった。
近衛騎士の話によると、宿の部屋は人数分を借りることが出来たらしい。が、今は騒ぎになったことを謝罪しなければならないから、とりあえず、アランが使う予定の部屋へ全員が集まった。
「この宿は」
と、近衛騎士が言った。気を利かせて話を切りだしてくれたようだ。
「我々がよく利用する宿でして、主人に掛けあって、四室を借りることが出来ました。無論、詳細な事情は話しておりません」
「ありがとう、一人一室だとゆっくり出来るな」
――今は、四人が一室にいるから、随分と窮屈だが。
「それで」と続ける騎士。「私が部屋の交渉をしているあいだ、何があったのです?」
「危うく、殿下とアーシェさんが身バレするところでした」
「え……!」
「何やら騒ぎを起こしたそうで…… 詳細は、今から教えてくださるそうですよ?」
ブロムナーが暗に話せと言う風に語っているから、アランは咳払いを一つしたあと、
「その…… 少しアーシェと言いあいになってな……」
「言いあい?」とブロムナー。
アランが言いづらそうにしていると、アーシェが代わりにと言わんばかりに、
「初恋についてです」
と答える。
場が凍てついたのかと思えるほど、ブロムナーも近衛騎士も微動だにしなかった。
「えぇ~、つまり……」
ブロムナーがぎこちなく眼鏡を触りつつ、やっと口を動かす。
「互いの初恋とやらの話をしていて、言いあいに?」
「ち、違う違う、誤解だ……!」慌ててアランが言った。「バーラントの話になって、アルメリアの話になったついでに、初恋だったのかもなと言う話になって、彼女が初恋の意味を理解していなかったから説明したんだ……!」
「少々」と、アーシェが割りこむ。「説明が正確ではないと思われますが、それは置いておきます。
とにかく、殿下が言葉の意味を教えてくださったので、私がそれに答えました。しかし、殿下はどうも違うと言う風な態度を取るので、何が違うのか問い掛けただけです」
「いや、まぁ…… ハッキリ訂正しなかった点は、すまなかったと思っているんだ」と頭を掻くアラン。「返答がホザーさんだったから、ちょっと意味が違うと俺は言ってな…… それで、彼女がどうも納得しなかったらしくて、そのあとの説明がうまく出来なかったんだ…… こう、うまく説明する言葉が見つからなかったと言うか……」
「どうして、そんなに言い渋るのです? 何がズレていると言うのですか?」
「なるほど」と近衛騎士。「確かに、少しズレているかもしれません」
アーシェがキッと、近衛騎士へ鋭い視線を向ける。彼は意にも介さず、彼女を見ていた。
そこへ不意に、ブロムナーが右手の平で額を覆いつつ、特大の溜息をついていた。
「全くもって嘆かわしい……! いえ、嘆かわしいを通りこして呆れますよ……! どうしてドラグナム殿下は、こんな……」
兄の名前が聞こえたから、アランは話題を変えようと、
「そう言えば」と引き取った。「手紙を送って、兄様の部隊へ行く予定だったはずだろう? なぜ、ベネノアにいるんだ?」
しばらく返事が無かったから、無視されたのかと思っていると、
「――たまたま部下から」
と、ブロムナーが口を開いた。
「ドラグナム殿下がベネノアに、数日ほど滞在する予定だと聞きましてね。私も、殿下を見送って一時間後くらいに出発したんです。手紙だと、色々と手間暇が掛かって遅いと思いまして」
「効率が好きなお前らしいな…… 馬車で向かったのか?」
「いえ、馬に乗ってです。昨日の朝には到着していました」
「さすがに早いな。――で? 兄様に会えたのか?」
「ええ、一応……」
「なら、手紙を渡したんだろう?」
「ええ……」
「――浮かない顔だな?」
「やはり、そう見えますか?」
「まさか、駄目だったのか?」
「いえ……」
「じゃあ…… 何があった?」
「正式に復帰のお言葉を貰った直後、いくつかの質問の後、初任務を命じられましてね…… なんだと思います?」
「さぁ……? なんだ?」
「レイアラン殿下の捜査協力ですよ……」
「協力……?」
「ここまで言えば分かるでしょう? 殿下。要するに面接に失敗し、実質的な左遷命令が下りたのです」
「左遷命令だって? 特務機関の、俺たちの部署に戻ってきたと言う方が正しいだろう? 兄様の部隊だって特務機関の一つだぞ?」
「どちらが実質的に上かなんて、聞くまでも無いでしょう?」
「な、なんだと……!?」
不意に、ノックがした。
それで、全員が扉の方を見やる。
『殿下、私です』
――バーラントへ手紙を届けに向かった近衛騎士だ。戻ってきたらしい。
「殿下」近くにいる近衛騎士が言った。「彼が、バーラント様へ手紙を渡す任務を終えたようです」
「あ、ああ。そのようだな……」
そう言ったあと、「どうぞ」と声を掛ける。
近衛騎士が入ってきて、扉をあけたまま軽く敬礼をする。が、ブロムナーの姿を見た途端、言葉を出すのを忘れていた。
「君」と、ブロムナー。「私のことは、あとで同僚に聞きたまえ。それより、バーラント様に手紙を渡せたのか?」
「あ、はい…… 手筈では、アルメリア様がおられる屋敷へ持っていく予定だったのですが…… 幸運にも、バーラント様をお見掛けしたので、直接渡すことが出来ました」
「なるほど。それで? なぜ扉をあけたままにしている?」
「え? ああ、これは――」
「協力するよ」
これまた、聞き覚えのある声がしてきた。
「久しぶりだな、アラン」
「バーラント……!」
あいている扉の先に、軽く手を挙げている旧友の姿があった。
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