21 首都ベネノアでの一悶着
昼を少し過ぎた頃、ベネノアの郊外にある停留所に到着した。
都市部で、なおかつ首都なこともあり、停留所は様々なところにある。が、郊外にしたのは、四頭立ての馬車が置いてあっても、さして怪しまれないと踏んだからだ。
どこの国でも都市の郊外の停留所は、見張りの警備兵と馬小屋があるし、運搬用の荷台やら別の貴族の遠出用の馬車やら、町と町を結ぶ乗合馬車やらでごった返す。
四頭立ての馬車が置いてあっても特に不思議ではないし、なんならもっと大きな馬車――荷台がそこかしこにあるから、目立つことが無い。
アランたちを載せた馬車は、停留所内にある通称『車置き場』に入って、そこで馬を車から切り離して厩務員へ預けた。
「――よし」
馬車の外で上着を羽織り、帽子をかぶったアランが言った。
「――殿下」
アーシェが呼ぶから振り返る。彼女はフード付きのローブを着ており、不服そうに両手を広げていた。
「なんですか? これは……」
「メル・カヴァ大湖の少数民族が着ているローブだ。最近は出稼ぎに北側の国々へ来ることが多いし、色々と隠せるから便利だと思って」
「だからと言って、近衛騎士の方々にも着せていたら、ちょっと異様に思うのですが……」
そう言って彼女が向ける視線の先に、ローブを着た男が二人、立っていた。近衛騎士だが、ローブを着ることで異様に見える。
「ふむ…… 確かに目立つか……?」
「近衛騎士のお二人は、軽装備などを着用せず、代わりに殿下がお持ちの上着を羽織っておけば良いのでは?」
「しかし、それだと武器を携行できないだろう? 何があるか分からないのだし」
「お言葉ですけど…… 首都でサーベルを携行している方が怪しいので、隠し拳銃とナイフだけ持たせておけば良いと思います」
――と言うことで、アーシェの提案を呑んだアランが、近衛騎士に服を何着か貸した。彼らは恐縮していたものの、見つかる方が面倒だと言う説得に折れ、服の代わりに小物と帽子を借りて、私服と併せて着用することとなった。
こうなった理由は、アランの服の大きさだと、騎士たちの体の大きさに合わなかったからだ。
一方のアーシェに対しては、適当な変装道具が無かった。それで、アランと一緒にローブを着ることになった。
「目立つ気がする……」
アーシェが呟くと、アランが彼女の頭にフードをかぶせ、
「気にしていると、余計に目立つぞ? ここは堂々としているべきだ」と微笑んで、アランもフードをかぶる。
アーシェは表情を変えず、ジッとアランの後ろ姿を見やり、
「やっぱり変な人……」と小声で呟く。
四人が郊外から町の中央の方へ向かって歩いた。
やはりローブ姿は珍しいのか、すれ違う人々がチラ見したり、振り返ったりしてくる。
だが、近衛騎士たちが普通の格好をして一緒に歩いているせいか、気に留めると言うほどでも無く、すぐさま別の方を向いたり見たりしているから、特に問題は無さそうであった。
しばらくすると、近衛騎士の一人がアランの傍へ寄り、
「殿下、行って参ります」
と告げて、離れていく。
アーシェが不可思議そうに彼を見送ったあと、アランへ目配せすると、
「――ん? ああ、彼には」と、アランが答えた。「とある人へ手紙を届けてもらったんだ」
「とある人?」
「俺の妹の旦那だよ」
「旦那様……?」と言ってすぐ、アーシェがハッとした。それで、アランが微笑み、
「彼にだけは伝えておいた方がいいと思ってな。もし、何かあったときに色々と手助けしてくれるから」と言った。
アーシェが信じていいのか悪いのか、どうとも言えないと言う風な、微妙な感じの顔をしていたから、アランは「大丈夫だよ」となだめつつ、大通りを歩きだした。
しばらく歩いていると繁華街に出て、そこを越えると広場らしきところに出る。広場には人の他に馬車なども止まっていて、活気に満ちていた。
「アーシェ」と、アランが言った。「あの場所に屋敷などが見えるだろう?」
彼が指差す方には、小高い丘があった。そこには、遠目からでも分かるくらいの大きな屋敷がいくつも並んでいるのが見える。
「貴族街と言って、昔から本家筋の貴族の屋敷が建てられていたんだ。しかし、今だとこちら側へ建て直して、移り住んでくる貴族も多い」
アーシェが遠くの貴族街からアランの方を見やり、
「町の機能がこちら側に移ってきたからですか?」と尋ねる。
「まぁな。昔と違って、他国との交流も多くなってきたわけだし、そうなると人口も増えて、坂や丘の上よりも、こういった平地の方が都合が良いんだ。政府機能もこちら側に移ったことも大きい」
「では、元々ここは旧市街地だったのですね?」
「そう言うことだ。
旧市街地だった場所が、また市街地として活気を取り戻した…… 逆に貴族街は閑静な場所となって、住むには居心地が良いところになっている。このような、世界的に見ても珍しい町並みがベネノアの魅力だな」
「――殿下がお住いのリボンと言うのは、ベネノアと同じような町なのですか?」
「リボン? まぁ、そうだな…… 昔からベリンガールとは深い関係がある。元々、ベリンガールはアル・ファーム王家に仕えていた貴族や騎士が住んでいた国だ。それが独立して、今に至るわけだな」
「では、お母様もクロナードさんも、元々は殿下の王家に仕えていたのですね?」
「いやいや、先程の話は、それこそ数百年も前の昔話だ。アル・ファームとベリンガールはそれくらい親密な関係があったんだよと、そう言いたかっただけさ」
「なるほど……」
「明日はもっとちゃんとした変装をして、貴族街へ行ってみよう。レイナック家の屋敷は、ベリンガールの指定登録財とされているから、今もちゃんと形を保っているはずだ」
「指定……? なんですか、それは」
「文化遺産や歴史的建造物を残すための制度だよ。――まぁ、詳細は省くが、要するに大切な建物だから、国が管理して後世に伝えますと言うわけだ。基本的に、どこの国にも似た制度がある」
「その…… 伝えてどうするのです?」
「レイナック家の場合は、ベリンガールの歴史を語る上で外せない家柄なんだよ。そしてそれは、秋革命と言う戦争まで繋がっている。たとえそれが、革命時に悪者と言われていようともね」
「…………」
「だから大統領を始め、政府関係者が君を本国へ連れていきたがっているのさ。今もこの国は、レイナック家の亡霊に囚われているんだ。――さて、そろそろ別の場所へ移動しよう。荷物を持ったまま留まっていると、さすがに目立つから」
アランがそう言って歩き始める。近衛騎士とアーシェも、続いて歩きだした。そして、アーシェが彼の隣へ行き、
「殿下は以前」と話しかける。「レイナック家が五大貴族の一つだと言っていました。秋革命の前は、その五大貴族が国を統治していたのですか?」
「俺も実際に見ていたわけじゃないから、詳細は知らないが…… 昔のベリンガール政治は|僭主≪せんしゅ≫制だったし、一般的にはそれで知られているはずだ。しかし、五大貴族の全員が全員、統治に携わっていたわけではない」
「そうなのですか?」
「たとえば、俺の妹が嫁いだナザール家。あそこは元々、穏健派だったらしいが、|僭主≪せんしゅ≫制による歪みが出始めたとき、真っ先に正しにいったし、それが原因で弾圧され始めると、国外へすぐ避難した。そう言うこともあって、我々王家とも親交を深め、今では五大貴族の中でもっとも影響力を持つに至っている」
「そのナザール家が大統領に?」
「いや、大統領は貴族ではなく平民の出身だ。そもそも、ナザール家は国内の評判があまり良くないから、補佐や外交などで手腕を振るっているんだ」
「――国外へ逃げたから?」
「実際は違うんだが、一部の人々からはそう見られている」
「身勝手なのは、どこにいても同じなんですね」
「どこまでいっても、統治する側とされる側の溝は埋まらないんだろうな…… そこで『架け橋』が重要になる…… 妹はそう言って、ナザール家に嫁いだ」
「…………」
「――ただ、妹の侍女だった女性から聞いた話だと、その相手が初恋の相手と同じだったらしいから、本当に架け橋になることを考えていたかは定かでは無いがね」
「ハツコイ……?」
「ああ」
「ハツコイって、どういう意味ですか?」
「えっ? ああ、その、なんと言うか……」と言い淀んで、目が泳ぐ。
不信に思ったアーシェが首を傾げ、
「どうなされました?」
と言うから、
「いや…… アレだよ、最初に好きになった異性…… みたいな感じだ」
「最初に?」
「――まぁ、そのうち分かるさ」
「でしたら、私にも初恋がいますよ」
アランが驚くから、アーシェが怪訝な顔で、
「どうして驚くのです?」と言うから、アランはさらに慌てた様子で、
「い、いや、すまない……! まさか言葉の意味だけ知らないなんて思わなくてさ……!」
と、身振り手振りで言い訳をする。そして、
「ど、どういう人だった? その初恋の人は」と、誤魔化し笑いしつつ尋ねた。
「ホザー様です」
「えっ?」
「だから、ホザー様です。最初に好きになった異性でしょう? お母様によくしてくれるし、ダーレン・トリナームの暴力から、幾度となく救ってくださいましたし」
「あぁ~…… なるほどな……」
どこか拍子抜けした様子のアランを見て、アーシェは珍しく不機嫌そうな顔で、
「なるほどとは? 殿下、ひょっとしてホザー様を馬鹿になさってますか?」
と怒ってくるから、アランは三度、慌てて、
「そ、それは断じてない!」と弁明する。
「どうも信じられません。私の初恋を愚弄しているように思えます」
「愚弄じゃない! そもそも、それは初恋と言うよりも、その……!」
と言いつつ、アランが近衛騎士へ視線を送る。
その視線を辿るように、アーシェも近衛騎士の方へ振り返った。
彼は面倒に思ったのか、何かを察したのか、
「お二方、先に宿へ行きませんか? 続きはそのあとで」
と言うから、アーシェは不満気な顔を隠さず、
「あなたが先に言って、部屋を取っておいてください。私は今ここで、殿下に訊きたいことがありますので。ついでに彼の面倒も見ておきます。――別に取って食べるようなことはしませんから、ご安心を。ちゃんと守ります」
と強く言って、アランの方へ視線を戻した。援軍を絶たれ、たじろぐアラン。
「初恋と言うよりも」とアーシェ。「なんだと言うのです?」
「き、君の場合、ほら、あまり異性と関わったことが無いと思うんだ。――いや、女中としての応対で関わったことはあるだろうが、そうじゃなくて」
「いつもの殿下らしくありませんね? どうしてそこまで狼狽するのです? やはり、ホザー様に対して何か思っていることがあるのですか?」
「そうじゃないって言ってるだろ……?! ホザーさんだと、初恋の意味から少しズレてると言うか……!」
「何がどうズレているのです? ちゃんと説明してください。私にとっては最初の好きな異性ですよ?」
「その異性と言うのは…… その、つまりぃ~……」
――どうしてこうなった。そして、どう説明すべきか。
悩んでいると、ハッキリしないのが気に喰わないのか、アーシェが目に見えて不機嫌な顔となった。これまた初めて見る表情だ。それで、アランがさらに困惑する。
「――君たち」
二人が一緒に、声のした方を向く。
そこには、ベリンガールの警備兵が三人ほど立っていた。




