20 過去と未来の狭間にて
家から外へ出た三人が、町の停留所へ歩いて行く。
「殿下」と近衛騎士。「なんだか、ブロムナーさんのような交渉の仕方でしたね」
「たまたまだよ。――それより、手記を確認したい」
そう言ったアランが、立ち止まった近衛騎士が抱えている木箱に手を突っ込み、手記を取りだした。
「何か見つけたのですか?」
「ひとまず馬車へ急ごう。詳細は次の町の宿で話す」
と言って、町の停留所に早歩きで戻ったアランは、借りた手記を黙読しながら馬車に乗りこんだ。
アーシェと近衛騎士は互いの顔を見合わせつつ、不可思議そうにしている。だが、今日中に次の町の宿に到着する必要があるため、二人は詮索せずにそれぞれ所定のところへ移動した。
近衛騎士は馭者台だが、アーシェはアランと対面する形で座るので、馬車が動きだしてから、
「殿下」と呼びかけた。「その手記に、何が書いてあったのです?」
彼は手記からアーシェへ視線を移し、
「ラニータ様と再会したらしいことが書いてあったんだ」
「再会……?」
「正確な日付や場所は不明だが、どうも君を身籠ったあとに会っているらしい。それから、家臣も一緒だったとか…… 読んでみるか?」
アランが手記を掲げると、アーシェは首を横に振り、
「あとでも宜しいですか? 今は馬車が強く揺れておりますので」
――確かに。
アランは手記を引っ込めて、懐のポケットへ入れた。
「その…… 君は家臣について、何か聞かされたりしていないか?」
「分かりません…… そもそも、貴族に家臣なんているのですか?」
「ベリンガールは大貴族を中心に国を統治してきた歴史を持っている。レイナック家のような大貴族なら支配階級だし、家臣のような立場の一人や二人はいても不思議じゃない。革命後、生き延びた家臣と合流したのかもしれないが…… とにかく、君は家臣の存在に関して、身に覚えが無いんだな?」
「――ひょっとすると私が忘れているだけかもしれません。幼少期に家臣と呼ばれている人物に会っている可能性…… それは否定し切れないと思います」
「なんとか思い出せないか? 幼い頃、母君の他に男性が傍にいたとか」
「覚えていたとしても、ホザー様のお姿くらいしか……」
「では、ホザー・トリナームが家臣だったと言うことか……?」
「そんなはずありません」と首を横に振るアーシェ。「侍女の方が、ホザー様を家臣だと思い違いをしたと言うならまだしも…… 第一、ホザー様はトリナーム家の当主ですよ?」
「まぁ、そうだな…… 確かに、ロンデロントの貴族だ」と、頬を掻くアラン。「しかし、そうすると家臣とは誰なんだ……?」
アーシェを身籠っていたラニータが、どこかで侍女の居場所を知り、ホザーと共に向かったのなら……
「むしろ」とアラン。「君が言うように、思い違いの方が可能性が高いのか……?」
「今のところは、としか言えません。ただ……」
「なんだ?」
「殿下や他の方々の期待を裏切ってしまうようで恐縮ですが、私はどうも、ホザー様の娘のような気がします」
「…………」
「ホザー様はお母様と侍女へ会いに行った。そして、何かしらの協力を求めたのでしょう。それで、侍女の方もお母様の力になりたいと思って、承諾したのかもしれません」
「しかし、君は侍女の存在を知らなかったんだろう?」
「はい」
「君がお腹の中にいたとき、わざわざ会いに行ったほどの親密な関係だったはずだ。それなのに、どうして君には伝えなかったんだろう……」
「侍女の方は、事故でご逝去されたのですよね? それは恐らく、かなり昔の話ではありませんか?」
「――少し待ってくれ、思い出す。報告書に書いてあったはずなんだ」
と言うなり、アランが両腕を組み、バーラントから送られた報告書の内容を思い出していた。そして、
「そうだな……」と答える。「君の言う通りかもしれない」
「いつ頃なのか、思い出せますか?」
「確か…… 息子さんが十歳くらいのときだった気がする」
「そうすると、恐らく十五年前…… 私が生まれてすぐくらいに亡くなったと言うことになります。――息子様のご年齢は?」
「え~っと、ちょっと待ってくれ…… 俺よりは上だったはず」と上向いてから、「二十五か六…… だった気がする」
「なら、お母様が会いに行った時期はほとんど特定したも同然です」
「ああ…… 君が生まれる前に会っていて、君が生まれる前に亡くなっていると言うことになるな……」
「私が知らないのも無理ありません」
沈黙が流れた。
「ちなみに……」と、口を開くアーシェ。「その侍女の方は、どのような事故にあわれたのです?」
「畑に使う水を確保するため、用水路の先にある河川の方へ向かい、流されたらしい」
「そうでしたか…… ありがとうございます」
「まぁ、彼がベリンガールにいたくないと言うのも、致し方ないのかもしれない。彼にとってこの国は、母国と言うよりも、色々と起こり過ぎた場所なのかもな」
アーシェは何も言わなかったが、どこか遠いところを見るような目で、窓の外を見やっていた。
それから数時間が経ち、夕暮れになった頃、次の町の宿屋に到着する。そして翌日の朝、準備が整い次第、目的地に向かって出発した。
予定では、昼過ぎに首都のベネノアに到着する。
アーシェが、どういう町なのか質問してきたから、
「かなり大きな町だよ。ロンデロントよりも大きい」と、アランが答えた。「そう言うわけだから、俺を知っている政府の要人が何人もいる。到着したら、変装して町を歩くことにしよう」
「変装……? そこまでするのですか?」
「変装と言っても、簡単なもので充分だ。昼ならそれでバレることは無い。とにかく、今の君を政府関係者に会わせたくないんだよ。引き留められる可能性が高いから」
「――逆に、私のことを先に伝えておけば良いのでは?」
「君のことって…… ホザー・トリナームの娘だと?」
彼女が頷く。
「悪いが、それは出来ない」
「なぜです?」
「君がホザー・トリナームの娘だと言うのは、あくまで仮説の一つに過ぎない。それは昨日、言っただろ?」
「そうですけど……」
「そもそもの話、君の父君がどちらであっても、母君はレイナック家の当主だ。つまり、君がレイナック家の人間であることに変わりない。そうだろ?」
「…………」
「前にも少し話したが、ベリンガールは秋革命のあと、国際的に見ても微妙な立ち位置にいる。国内だって安定しているとは言えない。だからこそ、大統領を始めとする政府関係者は、君の存在を使いたいと思っている。実際の父親がどちらなのかと言う問題は、さして重要ではないんだ」
「大貴族のレイナック家が存続していた…… それが保守層を取り込むのに重要なこと…… でしたよね?」
アランが頷き、
「そのことに協力するかどうかも含め、後に君が決めたらいいことだ。今は、君の母君と父君…… いや、クロナード・レイナックが生まれ育った町を見て回ってほしい。両親の過去を想像して、未来の自分を想像してくれたら…… 今は充分すぎるほど、充分だと思っている」
と言うと、アーシェは俯き、「分かりました」と答えた。
――どこか不安気にしている。
アランは窓の外へ視線を移しつつそう感じた。
両親のことで不安に思っているのか、見つかったらと思って不安に思っているのか、それとも、別の何かに対して不安を抱いているのか……
色々と考えられるが、一つだけハッキリと言えることがある。
それは、彼女がやっと『自分の未来』について考え始めたと言うことだ。
――未来のことは、誰にも分からない。だからこそ、必ず不安に陥る。
アランはそう思いつつ、過ぎさっていく外の景色を眺めていた。




