19 レイナック家の侍女 (じじょ)が残したもの
無事に入国したアランたちは、馬車で鉄橋を渡りきり、ベリンガール南部にある主要な町の一つ――ルーツへと向かっていた。
アランがアーシェに対して聞きそびれた、ダーレン・トリナームに対する心境の変化は、目的地のルーツに着いても話すことは無く、多少の雑談の後、予定していた宿に到着してしまう。
空はすっかり夕暮れ色で、周囲も薄暗くなっている。そのためか、馬車の停留所も、人の姿がまばらであった。
「お疲れ様、アーシェ」
先に降りたアランが、右手を差しだす。彼女は素直に手を取って、
「ありがとうございます」と言った。
「――殿下」
馭者台から降りていた近衛騎士の一人が言った。
「我々は厩に馬を預け、次の馬の確保と馬車の点検をしてから向かいます。それから、打ちあわせ通り我々が交替で車の見張りをしますので、部屋は三つ、無ければ二つで充分です」
「ああ、分かってる。――見張りくらいなら俺にも出来るから、三人での交替制にしよう」
「いえ、それは了解できません。何かありましたら我々の名折れですし…… 殿下はアーシェさんとゆっくりお休みください。我々も気配を消して部屋に入るよう努めますので」
アランは少々不服そうにしていたが、空気を読んだのか、アーシェが行きましょうと袖を引っ張るから、仕方なく了解して宿へと向かった。
「思ったよりも」とアーシェ。「馬車がたくさん止まってました」
「今日は混んでいるのかもな」
と言って、少し経ってから話を続けた。
「もし満室だったら、全員で野宿になるかもしれない」
「全員で乗り物を見張っていられますし、ある意味、安全かもしれません」
「それもそうだな。ただ、馬車だと体を横にする場所は無さそうだが」
「私はよく外で寝ていたので、今の季節なら、石畳の上でも平気です」
こう言ったアーシェに他意は無いだろうが、やってしまったと感じたアランが頭を掻いて、
「なるほど……」
と、答えるに留まった。
それから二部屋を取ったアランたちが、初日の疲れを癒して翌日を迎え、朝食を取ってすぐに出かけた。
昨日と同じように、アーシェと向かいあって車内に座っているアランが「今日は」と言った。
「中部地方で一泊する。その途中に立ちよる町で、ラニータ様の侍女をされていた方の、息子さんと会う予定だ」
「息子様と?」
「ああ。以前は南部地方に住んでいたようだが、結婚を期に中部地方に引っ越しをしたらしい。――君は母君から、侍女のことを聞いたりしていないか?」
「残念ながら、聞いておりません。殿下から今言われて、始めて知りました」
「新しい報告書によると、侍女の方はすでに、事故で亡くなっておられる。ただ、遺品などを息子さんが保管していてくれたらしい。場合によっては、ベリンガールの当局が回収するかもしれない」
「回収される前に見ておく、と言うことですか?」
「まぁ…… 君が見る分には全く問題ないよ。それに、遺品を見せて貰えるかどうか、その場で訊くからね。どうなるか分からない」
このような会話を続けたあと、小休憩を二回挟み、昼前に目的地としていた町に到着した。
町の停留所に馬車を止め、留守番の近衛騎士を一人だけ残してから、アランたちは町の中を歩いた。
道中、馬を四頭も連れてきた人物たちと言うことで注目されたが、それも奥へ入っていくにつれ薄れていき、とある一軒家の玄関前で足を止めた。そしてドアノッカーを打ってから、
「すみません」と呼びかけた。
しばらくして『はい?』と、扉の向こうから声がしてくるから、バーラントの名を出し、以前にレイナック家のことで調査に来た関係者だと告げた。
アランが、このような回りくどい説明で自己紹介したのには理由がある。
第一に、バーラントのことを告げておく方が、余計な説明をしなくてすみそうな点。第二に、アル・ファーム王家の人間だと告げると、相手が委縮したり、拒絶してしまう可能性がある点。最後に、再調査のために来たと言っておけば、アーシェの身分を隠しておけると言うのがあった。
ひとまず顔を出してくれた家の主――二十代後半の男性が、アランのさらなる説明を聞き、調査のためならと、快く家に招きいれてくれた。無論、アランが先に提示した謝礼の話も、彼が遺品を見せる気になった要因の一つではある。何せ、彼はすでに既婚者で、妊娠中の妻がいた。金銭を含め、色々と入り用のはずだ。
ひとまずアランたちを迎えいれた男性は、彼らを一階に待たせ、母の遺品を持ってくるからと二階へあがっていった。そうして間も無く下りてくると、木箱を抱えていた。
「これが」と男性。「母が持っていた、レイナック家にまつわる遺品です。――育ての親である小父と小母が言うには、母が僕を育てるのにいくつか貴金属を売却したそうで、それについては、主人であったラニータ様から許可を貰っていたと、そう聞かされています」
「ええ、そこは勿論存じております」とアラン。「申し訳ありませんが、拝見させて頂いても?」
「どうぞ。自分は妻と二階にいますんで、何かあったら呼んでください」
「お気遣い、誠にありがとうございます」と一礼するアラン。
男性が二階へまたあがって行く。
アランは、雑多に様々な物が押しこまれている木箱に手を入れ、中の物を、机の上に置いていった。
「あとこれは櫛、これは髪飾りか……?」
「どれも貴族らしい装飾品の物ですね」と近衛騎士。
「どうだ? アーシェ。――ラニータ様が使われていた物だと思う」
アーシェが、アランから髪飾りを受け取る。それを頭から先端の方向へ、人差し指の先でなぞりつつ、
「あまり実感が湧きません……」と言った。
「――殿下」と、近衛騎士が呼ぶ。「これは手紙では?」
アランが、色焼けした封筒を受け取り、中の手紙を確認した。そうしてアーシェへ差しだし、
「今度は間違いなく、君の母君の手紙だ」と言った。
伸ばした手を一瞬だけ引っ込めたアーシェだったが、少ししてから、また手を伸ばして手紙を受け取った。
アランが一読した手紙の内容は、ざっくり言うなら『夫であるクロナードを放っておけないから、自分は町へ戻る。ここまで世話をしてくれて感謝する。置いていった品物は売って、お金にすると良い』と言うものであった。
つまりこれは、バーラントがこちらに送ってくれた新旧の調査結果の報告書と一致する。
アーシェの母親ラニータは、間違いなくあの町――慰霊碑がある戦地へ向かったのだ。
「――ありがとうございます」
そう言って、アーシェが手紙を返してきた。少し寂しそうな表情をしていたが、以前のように感極まると言うことは無さそうだ。
彼女が手紙を卓上に置いたとき、近衛騎士が、
「侍女の方は、ラニータ様をどのように見ていらっしゃったのですかね?」
と言うから、気になったアランが、二階にいる男性を呼びよせた。そうして、ラニータがどんな女性だったのか、どんな貴族だったのか、侍女であった母親から聞いたことが無いか尋ねる。しかし、
「さぁ…… 母は子供の頃に亡くなったし、当然、子供の自分に侍女だった頃の話なんかしませんから。
そもそも母が侍女だったと言うのも、政府の調査員が来られて、母の遺品を調べたときに気付いたくらいなので」
と、想像していた答えが返ってきた。
これ以上は特に見る物も無いし、話も聞くべきことが無いため、お礼を言って謝礼を渡したあと、家を出ようとした。その矢先、
「あ! そうだった!」と、男性が声をあげる。「すみません、驚かせて。実は以前の調査が来たあと、他に何か残っていないか、掃除しながら探してみたんです。――ちょっと待っていてください」
そう言った彼は、また二階へ戻り、慌ただしく一階に下りてきた。
「これ、どうやら母の手記みたいなんです」
彼が差しだしてきたのは、一件すると本のような装丁の手記だった。随分と古く、本の角が一部破損している。
「すみませんが」とアラン。「少し中身を拝見しても?」
「ええ、せっかくなのでどうぞ」
「では、失礼して……」
と言うなり、アランは手帳を受け取って、パラパラとページをめくりつつ、中の文章を拾い読みしていった。
――どうも、秋革命が起こったあとの記録らしい。
それなりの身分の人物が、革命と言う名の戦争へどのように進んでいき、その結果、レイナック家がどう行動し、何を考えていたのかを書いている。
単純に、革命中の政府の内情と崩壊を知るための一級資料と言えるが、ラニータに関してはそこまで書かれていなかった。
ところが、最後のページを黙読したアランが、少し驚いた顔をする。
『……――ラニータ様が生きていた。そして、家臣の男もいた。話を聞くとすでに身籠っており、レイナック家の再興のためにも協力してほしいと言われる。今の私には支える義務がある。当然のことだ。失われたレイナック家の時間を取り戻す…… それが今に違いない。神よ、子供たちを守りたまえ。……――』
「どうかしましたか?」と、近衛騎士。
「あ、いや…… なんでもない」
アランがそう答えてから男性の方を見やり、
「大変、申し訳ないのですが…… 一つだけ質問しても?」
「いいですよ。なんですか?」
「この手記、読まれました?」
「ええ。母の手記ですし、何を書いてあったのか興味があって」
「最後のページの内容、覚えていますか?」
「覚えてますよ。確か~…… 来客があったとか言うヤツですよね?」
「そうです、そうです。その来客…… 男性と女性なんですが、今でも覚えてますか?」
「う~ん……」と、両腕を組む男性。「どうだろう…… 僕もそれなりに小さかったし、物陰に隠れて見ていたので、ちょっとあやふやかも……?」
「女性の方はいいとして、男性の方は、どんな人相でした? 体格とか、身長とか。なんでもいいんです」
「どうだろう…… 体格は細めだったかなぁ……? 人相とかはちょっと分かりませんねぇ……」
「歳はどうでした? 若いとか、お年寄りだったとか」
思い出そうと彼が唸っていると、不意に閃いたような顔に変わった。
「思い出してきましたよ。
年齢はちょっと分かりませんけど、あの日は雨で、二人共、革の雨合羽に帽子を深くかぶっていた気がします。――いや、かぶってましたね、間違いなく」
「雨具を着用していたのですね?」
「扉の隙間から、こっそり覗いていただけですが…… なんだか難しい話をしていたように思います」
「さすがに、話の内容は覚えてませんよね……?」
「すみません。聞き取れていないし、全く覚えてません」
「いえ、お気になさらず。――顔なんかは、さすがに見ていませんか?」
「男性の方はよく見えませんでしたが、女性の方は、母の近くにいたのと、明かりがあったのでよく覚えてますね。
しかし…… まさかあの女性が、五大貴族の方だとは思いもしませんでした」
「そうですよね、驚くのが自然です」と同意してから、「申し訳ありませんが、もう一点、お願いしたいことが。――この手記、しばらく借して頂けませんか?」
「え? 貸す?」
「ええ。過去にあなたの母君から聴取した内容と、この手記に書かれてある内容に、一致しない部分がありまして…… ベネノアに戻って、聴取の記録と照合したいのです。照合の結果によっては、過去の証言や調査に、重大な欠陥があると言うことになります」
男性が戸惑っている。だから、アランはすぐさま「借りると言っても」と話を続けた。
「長期間ではありません。二週間ほどお願いしたいのと、それなりの謝礼は払わせて頂きます」
こう言ってから近衛騎士に目配せした。騎士は頷き、袋から貨幣を取りだして、それを提示してみせる。
男性は驚きつつ、
「ああ、いや」と、焦りながら話した。「金を寄越せと言っているのではないんですよ。勿論、あれば凄く凄く助かるんですけど…… でも、お金の問題じゃないって言うか」
「――何か事情があるのですか?」
男性がまた言い淀んだが、今度は仕方なさそうな顔で、
「事情と言うか…… 色々あって、母の遺品を保管していたわけですけど…… 今は、大切な思い出の品だと思って保管しているんです。だから、必ず返して頂きたい」
「勿論です。傷一つ付けず、返却することを確約いたします」
「それと…… 妻がじきに出産でして…… それで、出産の場所をベラーチェスにしようと思っているんです」
「ベラーチェスですか?」
「ええ。そこで一、二年ほど過ごそうかと」
「随分、遠方に向かわれるんですね? しかも一、二年ですか」
「正直、僕にとってベリンガールはあまりいい思い出が無いのと、ベラーチェスには妻の実家がありましてね。産後のことも考えて、馴染みのある場所で少し過ごしてもらいたいと考えているんです」
――好都合だ。
アランはそう思って、
「いつ頃、ご出発される予定ですか?」
「実は、明後日には出発の予定です。今日は二階で荷物をまとめていたんですよ」
「なるほど…… お忙しい中、時間を割いて頂いて感謝します。――では、こう言うのはどうです?」
と、アランが男性に提案をした。
提案の内容は、レイナック家にまつわる遺品を一度、全てベリンガールの捜査当局が借りて再調査する。その後、男性がこの家に帰宅予定の日時に届けに来ることを確約する。当然、それらにまつわる費用を支払い、あとは謝礼も支払う……
「どうでしょう? 我々としても再調査のたび、こちらに伺うのも大変ですし、ベラーチェスまであなたの了承を取りに行くのも煩わしい。それならいっそ、あなたがベラーチェスから帰宅するまでのあいだ、全てを貸し出していただき、こちらはその謝礼をお支払いする…… その方が、双方にとって都合が良いように思うのです。いかがでしょうか?」
男性はしばらく考えこんだ。しかし、そこまで裕福でも無さそうな彼が、ベラーチェスと言う、大陸のほぼ最南端まで行くのは、それなりにお金の工面が大変なはずだ。仕事も止めておくことになるだろうし、臨時収入は多いに越したことは無いはず……
結局、男性はアランの提案を呑んで謝礼を受け取った。
「ご協力、感謝します。母君の遺品は、教えて頂いた日時に必ず、当局の部下が返却しに参ります。ご不在の場合は役所に預けておく形となりますので、その点はあらかじめ宜しくお願いします。――では、我々はこれで失礼しますね」
と言って、また一礼した。




