18 慰霊碑
ロンデロントを出て、二時間が経つ。
人々や馬車が行きかう立派な街道を、四頭の馬と馬車が進む。
次第に町が見えてきたから、馭者台にいる二人の近衛騎士のうち一人が、後ろにある横引きの小窓をあけ、
「殿下、じきに到着します」と伝えた。同時に風が車内に入って来て、アランとアーシェの髪をなびかせる。
それから十数分後。車内にも外からの喧騒な音が、籠って入ってくる中、馬が停留所に到着した。
停留所にはアラン達のような貴族用の馬車もあれば、乗合馬車や運搬用の馬車もあって、真昼間らしい活気に満ちている。
車から降りたアーシェがその光景を見渡していると、
「アーシェ」と、アランが呼んだ。「目的地はこちらだ」
「分かりました」
そう言ったアーシェが、アランの隣を歩く。その背後を近衛騎士が歩き、もう一人が先導するように歩く。
「――急なことを言って、申し訳ありませんでした」
アーシェがそう言うから、アランは微笑み、
「大丈夫だ。気にしなくていいよ」と答える。
――そもそも、こう言う変更は予想していた。
最終的な目的地がベリンガールの首都、ベネノアなのは変わらない。しかし、途中の町や村にも、彼女の両親が立ちよったりしたと言う足跡が、多かれ少なかれ残ってはいる。
本来なら、最初からそれを旅程に組みいれるべきだが、時間の都合で全てに立ちよることは出来ない。かと言って、主要な場所に絞って、彼女にどこへ立ちよりたいか尋ねても、返ってくる答えは『お任せします』だろう。
今のアーシェに必要なのは主体性であり、彼女から申しいれがある場所を優先すべきだ。
そこで、ベネノアに立ちよるまでのあいだに、アーシェが寄りたいと思ったところで立ちよろうと言うことになった。
当然、彼女にもそのことを簡単に説明してあったが、意外にも早く立ちよる場所を言ってくれた。だからアランは、少し嬉しく思いながら歩く。
この町は秋革命の激戦区の一つで、ここ二十年ほどでかなり復興したものの、まだ、所々に戦火の傷跡が残っていた。
アーシェはそれを見やるたび、足を止めたり、歩速を緩めたりしている。
「ここ以外にも」
アランが歩きながら言った。
「エルエッサムの北部…… すなわち、ここから南の方にいった町や、ベリンガールの南部…… ここから北側だが、その辺りが主戦場となった。死傷者も多く、孤児も多く出た」
「…………」
「孤児のほとんどは孤児院へ引き取られ、今は二十代から三十代くらいの年になっているはずだ」
「私と同じくらいですか?」
「さすがに、君よりは年上だよ」
「――おいくつなのです?」
「今は十九、今年で二十だ。――君は?」
「以前、お伝えしたように二つ三つ下で…… 正確には十六です」
「なるほど、確かに成人だな」と言ってから、驚いた顔をし、「いや、待ってくれ。どうしてそこまで正確に、俺の年齢が割りだせたんだ?」
「完全に当てずっぽうです」
アランが照れ隠しに視線を外した。
それからしばらく歩いて、十数分後。郊外にある、石畳が広がる場所に到着する。
一見すると広場に見えるものの、人の姿はほとんど無かった。
中央に建つ長細い石碑があり、その周囲には円形の低い石垣がある。石畳の中は花壇となっていて、黒色の石が道のように並べられており、石垣の手前に小さな棹石があった。そこには、戦没者がここに眠っていると言う意味合いの言葉が刻まれている。
「慰霊碑ですか?」
アーシェがそう言うから、アランが頷きつつ、
「記録上はベリンガールにある『英霊碑』に、君の父君が眠っているとされている。しかし、本来の墓地はここだろうとブロムナーが言っていた。実際、多くのベリンガール人もここに眠っている」
アーシェは何も言わず、慰霊碑を眺めていた。
彼女が何を考えているのか分からないが、少なくとも、両親の影に思いを馳せているのだろうことは想像に難くない。
「――行きましょう、殿下」
アーシェがこちらを向きながら言うから、アランは「分かった」と言って、少し離れたところで待機していた近衛騎士と、慰霊碑の前から立ち去る。
それから少し歩いたあと、アランが昼食を取ろうと提案するから、休憩がてら食事を取り、充分に休憩したあと、昼過ぎに町を出た。
馬車が走り出したあとも、アーシェが窓の外で流れる町並みの景色を見ているから、
「何か気になることでもあったのか?」
と、アランがそれとなく尋ねた。
彼女は首を横に振ったあと、
「平和な町だなと…… そう思っただけです」
「そうだな。復興自体はかなり早かったように思う…… それでも二十年以上は経っているが」
「確か、当時の孤児たちは今頃、二十代から三十代の方でしたよね」
「そうだな」
「しかし、私が見た感じ、私と同じか殿下と同じくらいの方々も多くいたように思います」
「あそこは、ベリンガールとエルエッサムの、交易拠点の一つだからな。正確に言うと、もっと大きな町が、あそこから南の方にあって、あの町は、そこへ行くための中継地点なんだ。だから、自然と人が集まってくる。そう言う意味では、ロンデロントも同じように交易拠点として発展した町と言えるな」
「それで、あれだけたくさんの方々が……」
「復興が早かった理由の一つとも言える」
「――許せたのでしょうか?」
アランが首を傾げる。
「今まで町で暮らし、今も暮らしている人々は、突然やってきて戦火にした連中を許していると思えますか?」
――なんとも言えない。
表面上は大人しく従っているように見えて、その実、本当はベリンガール人やエルエッサム人を憎んでいるのかもしれない。アル・ファームの首都リボンにいる人々を恨んでいるかもしれない。
しかし、彼ら無くして復興のための経済は成り立たない。それで隠していると言われても不思議には思えないが……
「正直」とアラン。「俺には分からない。ただ、アル・ファームを始め、諸外国は秋革命が間違っていると考え、それを止めただけだ」
「そんなこととは無関係の人々が、心のどこかで全てに復讐したいと考えていても、不思議ではない…… そうですよね?」
「…………」
「そもそも、戦後にあそこへ集まった方々は、私と同じで、きっと革命と言う名の戦争があったことなんて知らないんです」
「――どういう意味だ?」
「そのままの意味です。人はきっと、忘れられるから復興できる。同じように、忘れるから何度でも戦う。今のあの町を見て、そう感じました」
――また、なんとも言えなかった。
違うと言うには、あまりにも似たようなことで戦ってきたし、似たような復興を遂げてきた。復興せずに滅んだものも数多くある。
それでも時間は進んで、全てを置き去りにしていく。元々、何も無かったかのように。
「私には」とアーシェ。「戦って死んだ人も、生きてこの町に暮らしている人々も全員、眩しく見えます…… ずっと見ていられないくらいに」
アランが答えずにいたから、そのまま沈黙が流れた。
別に重苦しいとか、気まずいとか、そう言う空気感は無かった。しかし、話をする雰囲気でも無かったのは間違いない。
ずっと車輪と蹄の音が聞こえていたが、しばらくして、馭者台側の小窓が開いた。
「殿下、間も無く国境です」
「分かった。手筈通りに進めてほしい」
「了解です」
と、小窓が閉じられる。
「間も無く」とアラン。「ベリンガールだ」
「そのようで……」と、少し俯くアーシェ。
「ベリンガールへは、基本的に海路か鉄橋を渡るかとなる。今回は南部にある鉄橋から入る。多少、揺れるが我慢してくれ」
「勿論です」
「――君は今のところ、アル・ファーム国の人間だから、身分証明書もこちらで作成した。家名は、少々ややこしいが『トリナーム・レイナック』とさせてもらっている。戸籍上は、君も母君もトリナーム家で登録されていて、変更する時間が無かったんだ」
「なんでも構いません。どちらでも変わりないので……」
「――不思議だな」
アーシェが小首を傾げつつ、顔をあげた。
「あれだけ憎んでいた相手の家名が付けられているのに、許容できるなんて」
「――死んだ人間を憎んでいても、仕方ありませんから」
また沈黙が支配する前に、アランが思いきって言いだした。
「本当にそれだけなのか?」
「それだけとは……?」
「ブロムナーから聞いたんだが…… 地下水路で、君はトリナーム夫人と撃ちあっていたそうだな?」
「…………」
「勿論、君の行為は正当防衛だ。そして、彼女を最下層に閉じこめた犯人を、君が見ていないことだって理解している。だが……
あれ以降、トリナーム夫人の話をすると、君はとても辛そうにしている。最初は復讐――…… いや、そこはいい。夫人に対して、何か心変わりした出来事があったんじゃないかと、そう思っているんだが……」
彼女は知らぬ間に、また俯いていた。それを見たアランは、やはり何かあると感じる。しかし、間も無く入国の手続きや審査があるので、会話を中断せざるを得なかった。




