16 真実を告げるとき
領事館に到着するまで、アランとブロムナーに会話は無かった。
到着早々に出迎えた近衛騎士が、ビリーの自宅での捜査結果を報告する。
ブロムナーへの報告のことと併せて、近衛騎士に礼を言ったアランが、アーシェのところへ行ってくるから、馬を馬小屋へ戻しておいてほしいと告げた。
騎士が快諾したので、アランが正面玄関から、アーシェのいる客間を目指す。
扉をノックしてから、
「アーシェ、レイアランだ」
と声を掛けた。
しばらくして扉が開き、メイドが顔を覗かせる。
「アーシェは?」
「ただいま、眠っております」
「そうか……」と言って、少し考えた。
「殿下?」
「ん? ああ、すまない…… その…… 悪いんだが、少しのあいだ部屋から出ていてくれないか? 俺から彼女に、話したいことがあるんだ。じきに夕飯だろうし、多かれ少なかれ起こさないといけないだろ?」
「畏まりました。私は休憩室におりますので、何かありましたらお声掛けください」
「分かった、ありがとう」
「では、十分後に一度、こちらへ戻ってきます」
そう言ったメイドが、扉をあけてアランを迎えいれると、低頭のまま廊下へ出つつ、扉を閉めていった。
アランは天蓋付きベッドにいるアーシェのところへ近付き、レースカーテンを開く。
ベッドに仰向けで眠っている彼女は、さながら人形のようで、無垢な子供のようにも見えた。
アランは彼女の肩口へ手を伸ばし、優しく揺さぶる。
「ん……」
「アーシェ…… 起きてくれないか?」
柔らかい声音でアランが言うと、彼女は眠り眼の顔で、彼を見あげていた。
「殿下……?」
「じきに夕食だ」
アーシェが目元を人差し指の横腹で拭ってから、掛け布団をよけつつ上体を起こした。
「眠っていました……」
「そのようだな」
アランが微笑みながら、近くにある椅子に腰掛ける。そして、口を開きかけたとき、
「殿下」
と、アーシェに先を越された。
アランは「なんだ?」と、少し場都合が悪そうに言った。
「何かあったのですか?」
「えっ?」
「服が汚れていますし、擦り傷もあるし、火薬の臭いがします……」
アランが両腕の汚れた袖を見やりつつ、手の甲にある傷を見つけた。
「その…… ちょっとな」
アーシェは何も言わず、ジッとアランを見つめたままだった。
「いや、実は……」と、頭を掻きつつ答える。「鉱山を調べていたんだ」
「鉱山……?」
「トリナーム夫人が所有していた鉱山だ。まぁ、実質的にはマードック社が所有しているようなものだが」
「…………」
「爆薬の密造や密輸に関わっているかもしれないと思って、君と別れたあとに調べに行った。結果は、やはり密造がおこなわれていた痕跡が残っていた」
「じゃあ…… ダーレン・トリナームは爆薬を作っていたのですか?」
「いや…… あそこに何かあると思ったのは、ビリー所長の自宅をもう一度、調べたときなんだ」
こう言って、アランはビリーの自宅で見つけた火薬や魔結晶から、株式のことと鉱山のことを話し、命辛々、バルバラントに逃れたことを話した。
「――そんなわけで」とアラン。「火薬の臭いがしてしまっているんだ」
「どうして一人でそんなところを……」
「本当にすまない。その点に関してはグレンさん――…… 大聖堂の神官をされている方だが、その方にも注意された。ブロムナーにも怒られたし、反省しているよ」
「ちゃんと反省してください。もし、殿下が死んでしまったら、黒幕の捜査どころではなくなっていたんですよ?」
「――そうだな、すまなかった」
ここで会話が途切れた。
なんだか中途半端なところで途切れたし、ここから偽造のことを打ちあけるか、アランは迷った。しかし、迷っていたら、また話す機会を失い、どんどん打ちあけられなくなってくる……
アランが意を決し、話そうと口を開いた。
「あのさ――」
「殿下は――」
と、会話の正面衝突が起こってしまう。
アーシェが謝りながら、アランに話すよう促すものの、アーシェが先に話すべきだと、アランが譲った。だから、アーシェが謝罪したあとに、
「先程」
と言った。
「殿下は何か、私に言おうとしておられたように見受けられたのですが…… 何を言おうとしていたのですか?」
――丁度、良い。
アランはそう思って、
「君に謝らなければならないことがあってね…… それで、部屋に来たんだ」と言った。
「謝る……? 私にですか?」
「ああ…… 先程よりも、怒られるかもしれないが…… それは覚悟して来ている」
アーシェが小首を傾げる。アランは一息ついたあと、
「昼頃に渡した手紙…… 今はどこに置いてある?」
「手紙……?」
「君の母君の手紙……」
アーシェが怪訝な顔でアランを見つめたあと、枕の下に手を入れて、手紙の封筒を取りだした。
「これですか?」
「ああ、それだ……」
「これが、どうしたのです?」
アランが険しい顔付きでいるから、アーシェは不安気な顔に変わっていた。
「それは…… 君を学園に入れるため、特務機関が偽造した手紙なんだ」
「えっ……?」
「すまない。それは…… 母君の手紙ではない」
どこか張り詰めた空気が漂う。
微かに口を開き、ポカンとしているアーシェと、やはり険しい顔付きを崩さぬまま、ジッとアーシェを見つめるアラン。
どれだけの時間が経ったのか分からないが、アーシェは俯きつつ、少し口角をあげていた。
「やっぱり……」とアーシェ。
「えっ?」
「――お母様の手紙では無かったのですね」
今度はアランが、呆気に取られた顔でアーシェを見ていた。しかし、呆気な顔をしていると自分で気付いたのか、すぐさま首を軽く横に振って、元の引き締まった顔に戻した。
「最初から…… 違うと思っていたのか?」
彼女は頷いて「なんとなくです」と答える。「なんとなく…… お母様らしくないかもって…… だけど、筆跡とかは同じだったから、違うって言いきれなくて……」
――やはりどこかで、母親の手紙であってほしかったのかもしれない。
彼女にとってみれば、急に引き離され、それが今生の別れとなってしまったわけで、ずっと心のわだかまりとして残っているのだろう。
彼女の寂しそうな表情から、そのように思えたアランが、
「罪滅ぼし、と言うには身勝手かもしれないが……」と言っていた。「君を、母君の故郷へ連れていってあげたい」
「故郷?」と、伏せがちだった顔が上向いた。「故郷とは…… ベリンガールですか?」
「ああ。――君は一度も見たことがないんだろう?」
「…………」
「君の父親が、レイナック家なのかトリナーム家なのか、俺には分からない。だが、母親は間違いなくレイナック家だったはずだ。ならば、君に一度は見てほしい。母親の生まれ育った故郷を」
しばらく沈黙が流れたが、先程と違って穏やかに感じられた。
「故郷……」と、顔を伏せたアーシェが呟く。「お母様の故郷……」
「一応」アランが機を見て言った。「君の両親がどこの出身で、どのように知り合い、どのように離れ離れになったのか、ベリンガールにいる友人から報告書を受け取っている。大まかではあるが、気になるなら話そう。――どうする?」
アーシェが顔を上向けて、
「知りたいです」
と言った。だから、アランは話し始めた。
「報告書によれば、母君の出身は首都ベネノアで、父君もベネノアだ。二人は社交界で知りあったと、侍女をされていた方が証言している。
それから数年後に結婚したが、秋革命が起こってしまい、ロンデロントに二人で避難。そこで父君――クロナード様は、戦うことになったらしい。安全のため、ラニータ様をこの町へ避難させた」
「では、ここで暮らすようになったのは、避難してきたからですか?」
「いや…… 残念ながらちょっと違う。実は詳しい経緯がよく分かっていないんだが…… 分かっているのは、ラニータ様が侍女とこの町で別れ、クロナード様が戦っておられた町へ、単身で向かったと言うこと。
そこで恐らく終戦を迎えたのか、またロンデロントに戻ってきて、ホザー・トリナームと知りあった…… と言うのが、今のところの調査結果だ」
「そうでしたか…… 私の父かもしれないクロナード様を、お母さまは放っておけなかったのですね?」
「ああ、そうだと思う」
「――お母様らしいです」
少し彼女の目が潤んでいる。
「アーシェ」と、しっかり語りかけた。「俺に、君の信用と信頼を回復させる機会を与えてほしい。そして、改めて君に協力を要請したい。協力とは他でもない、スーズリオン学園での諜報活動のことだ」
「…………」
「俺には銃の腕前も、諜報能力も、身体能力も無い。ブロムナーに言われ、非情に腹立たしく思ったが…… あいつの言う通り、何もかも足りないのが現実だ。だからこそ、君のように全てを持っている人が必要不可欠なんだ……
これ以上、黒幕を好き勝手に行動させ、再びロンデロントで起こった悍ましい事件が繰り返されぬように……!」
――少し熱っぽく語ってしまったか?
言い終わってから、そんなことが頭をよぎったアランは、自然と顔を俯けつつ、
「け、決して、正義に酔ってるわけではない。俺は、君や母君のような人を増やしたくないだけだ。それだけ分かってほしい」
と、声量を抑えて言った。
すると、アーシェから微かな笑い声がしてきた。だから、アランが顔をあげた。
彼女はすでに素面に戻っていたが、口角だけは少しあがっていた。
「殿下は本当に、特務機関の活動に向いていませんね……」
――前にも言われた気がする。
あのときは、アーシェが首を吊るなんて思ってもいなかった。油断だったと言っても良い。
今回は、ちゃんと気を抜かずにいなければ。
「――大丈夫です」
「えっ?」
「もう、あのようなことは致しません。殿下が言われたように、それこそお母様が無駄死にしたことになるし、殿下への償いをせずに死ぬのは、貴族だったお母様も本望ではないと思うので……」
心でも読んでいるのかと、アランは思った。するとアーシェが、ハッキリと笑みを浮かべた。右手の平で口元を隠している。
「殿下は、とても表情が分かりやすい方ですので…… 何を考えているのかすぐに分かります」
「あ……」と呟いてから、拳を作って、親指や人差し指のところで額を小突く。
不意に、アーシェの小さな笑い声がしたから、彼女を見やった。そうしてフッと、彼女の笑い声を始めて聞いたことに気付いた。




