14 ロンデロントへの帰路にて
ほどなくして、グレンが準備してくれた馬車に乗ったアラン、アリス、ユリエルが、悪魔の沼地へと向かった。
三人が乗った馬車の後方には、馬に乗った警備兵たちも数人いて、ちょっとした軍隊のように見える。
しばらく窓外の景色が流れてから、
「そう言えばアリスさんは」
と、アランが向かいにいる彼女へ言った。
「スーズリオン学園を目指しているとのことだが、どうしてスーズリオン学園へ?」
「リボンだとここから距離が遠すぎるので、カントランドで何かあったとき、すぐに戻れませんから」
――なるほど。
エルエッサムなら、隣国とは言え、すぐ近くとは言えないまでも、無理すれば二、三日でカントランドへ戻れる。ゆっくり帰っても一週間は掛からないはずだから、すぐに戻れる方が、色々と便利が良いのだろう。
「それに」と続けるアリス。「先週、スーズリオン学園から思わぬ申し出を頂いたので」
「申し出……?」
「はい。スーズリオン学園に送った願書が受理されたと言う知らせと一緒に、特待生として迎えいれたいと言う知らせも来まして……
特待生なら受験も免除されるから、大聖堂の引きつぎの仕事に専念できるはずと書いてありました」
「アリスは」と、彼女の隣にいるユリエルが言った。「代理で神官をしているグレンさんの補佐をしつつ、大聖堂の近衛騎士とか司教の作業とか、まだまだ色々と手伝ってるんですよ。その中で勉強していたんだから、凄いです」
――辞めたとは言え、やはり聖女と呼ばれた女性だけはある。
そもそも、後継者となるはずだった彼女が大聖堂から抜けると言うのは、大聖堂の関係者からすれば、相当の痛手だ。
ユリエルが後継者を担うようだが、周りがそれを受けいれるかどうか、今が正念場なのかもしれない……
それから、スーズリオン学園がアリスを特待生で迎えいれると言うのも、なんとなく営業的な臭いを感じる。
直近まで聖女として有名だった女性…… しかも、英傑バルバランターレンの血筋の一人を、学園が迎えいれることが出来れば、確実に箔が付くだろうし、学園を作ったと言うスーズリオンと絡めることで話題にもなる……
それに……
「奇しくも、俺たちが調査の拠点にしようとしている場所と、同じ場所に来るってことになるんですね」
「でも、私は大学寮に入る予定でして、アーシェさんの寮とは別々になると思いますから……」
「いやいや、勿論、あなたが優先すべきは学業だ。場合によっては研修で他校の教育実習もするだろうし、俺たちのことを意識する必要は無いです。
――ただ、よく知っている人間で、なおかつ俺たちの内情を知っている方が、学園の中にいると言うのは本当に心強く思えてね」
「まぁ」とユリエル。「アーシェさんを学園に入れる予定なら、アリスの存在は心強いかもしれないです。一応、同じ学園内にいるわけですから」
「そうですか……?」とアリス。「でも確かに、私が出来そうなことと言えば、何か学園内で変わったことが無かったか…… それくらいかもしれません」
「なんなら、アーシェさんが入学できるよう、アリスから教えてもらうってのは、どうですか?」
「教えてもらう?」
「ちょ、ちょっとユリエル……!」
「彼女は」と、無視して話すユリエル。「将来的に、孤児院の子供たちへ色々なことを教える先生になりたいんです。そのために学園へ行くわけですが、やっぱり予行練習しておいた方がいいんじゃないかって、思いましてね」
「なるほど、教育学部の予定でしたか。勝手に理数学部か、そうでなければ考古学部に行くものと思っていた」
アランが苦笑ってそう言うと、アリスは場都合が悪そうに苦笑って返してきた。
「しかし」とアラン。「ユリエルさんの提案は確かに良いものかもしない」
「ま、待ってください殿下……!」と、焦るアリス。「普通に受験するなら、それこそ準備に時間が掛かります。最短でも半年は掛かるはずです。
色々なことを考慮して、一時的な避難として学園へ向かわせると言うなら、普通に受験をさせるより、私のように特待生を目指すか、特別推薦と言う形で殿下が送りこむのが一番良い選択です」
――一理ある。特に、王族からの特別推薦ならすぐにでも向こうは受理してくれるだろう。これも話題になり得るからだ。
しかし……
「何にせよ…… 学園に行くなら君に頼ってしまう事態になるだろうし、申し訳ないが、そのときは宜しく頼むよ」
と、曖昧にぼかして答えた。
別に特別推薦で構わないと思っているものの、何があるか分からない。
特待生なら、アリスに紹介し、親睦を深めた上で学園へ送りこんだ方が色々と都合が良いと言うのもある。
そう考えたアランは、馬車が目的地に到着したあとも、アリスに「また手紙を送らせて頂きますよ」と、暗に今後も協力してもらいたいと言う意思を伝えた。
馬車から降りたアランは、そのままユリエルと一部の警備兵に案内してもらう形で、悪魔の沼地の奥にある、境界線付近まで歩いた。
境界線には何か明確な線が引いてあるわけではないが、稜線がハッキリ見えるため、それが線引きの線であるとも言えた。
低山だから、下から見あげたときは大して高く感じなかったものの、上から地上を見下ろすと、随分、遠くの方まで見える。遠目の空も見えて、少し赤くなりつつあるのが分かった。
「殿下」
ユリエルが言った。
「あそこに馬が見えます。殿下のでは?」
そう言って彼が指差す方向を、アランは目で追った。
かなり小さいが、馬が元気に近場の草をモシャモシャと食べているのが見える。
「ここからはロンデロント領なので、俺たちはここまでにします」
――バルバラントの民である彼らは、共通規則が適用される。リボン出身の自分と違い、勝手に境界線を越えることは出来ない。
「分かっている」と答えるアラン。「ここまで来てもらって、すまなかった」
「ひとまず、俺たちはここで殿下の様子を見ています。何かありましたら、この信号弾を撃ちあげてください。『非常事態』とみなし、すぐ駆けつけます」
そう言った彼が腰のホルダーから取りだしたのは、船や荒野などで使われる、一般的な信号弾を発射する拳銃であった。
アランはそれを受け取り、
「何から何まで感謝する。――また改めて、カントランドへ行かせてもらうよ」
「ええ、お待ちしています。あと、馬の近くに爆弾が仕掛けられているかもしれません。充分に注意して、安全確認してから乗ってください」
「そうだな…… あり得そうで安心できない」
「もっと言うなら、尾行も気を付けてください。ロンデロントの町まで、しばらくは人気が無いので」
了解したアランが、山の斜面をゆっくり下りていく。
斜面はそこまで急ではない。だから、転がったり足を踏み外すことも無かった。
いつもより丁寧に下りたアランが、心理的に久々に感じられる、採掘所の穴の側まで下ってくる。
身を屈めながら周囲を窺うも、聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけであった。
そそくさと馬のところへ近付き、起爆装置やそれに類する仕掛けが無いか見分し、何も無いことを確認する。
――絶対に仕掛けがあると思っていたのに、なぜか無い。死んだと思って、さっさと姿を消したのだろうか? それとも、まだ悪魔の沼地周辺に留まっているのだろうか。
疑念は尽きないが、馬を繋ぎとめていた紐を外し、鞍へ飛び乗ってから山の上へ手を振り、ユリエルたちの反応を確認してから、鐙を踏んで手綱を引いた。
山の森を抜け、平野を少し進んだ先に見覚えのある姿が、馬に乗っているのを認める。
「ブロムナー……?」
「ご機嫌よう、殿下」
馬を止めたアランと、彼の行く手を阻むように、道のど真ん中に馬を止めて佇んでいるブロムナー。
対峙するように、お互いがお互いを馬上から見やっていた。




