13 復讐と夢
アランが飲み物を口にしたとき、ユリエルが、
「俺もアリスも、祖父母や親戚を秋革命のときに亡くしてます」
と切りだした。だから、アランの手が止まる。
ユリウスはジッとアランを見やったまま、話を続けた。
「早くに両親が亡くなって、カントラントの孤児院に流れついたとき、当時はまだ司教で、代理で院長をしていたシェーン爺さん…… 悪いけど、爺さんで呼ばせてもらいます。その方に育ててもらった」
「そうだったのか……」とアラン。
「アリスは程なくしてグレンさんのところへ行ったけど、俺はずっと孤児院にいた。それで、アーシェさんの話を聞いて、自分なりに考えてみた…… もし、シェーン爺さんが殺されたらどうするかって」
「――どうする?」
「復讐します」
意外に思ったアランが、目をあけて驚く。
「復讐は悪いことだけど、そんなの承知の上ッス。逆に、相手はどうして復讐されないって思えてるのか理解できない。復讐の連鎖が怖いから、最初から怒らないよう、みんな譲歩したり、傷つけないように注意してるところもあるのに」
「そうか…… そうかもな」と、アランが茶器を机へ置いた。
「そもそも、復讐は負の連鎖がどうとか、第三者の正論なんかを考慮に入れたりしないものだと思うッス。徹頭徹尾、どこまでいっても自分と相手の問題で、因果と心の問題ッスよ。だから自己中心的だし、その覚悟が必要となる…… 誰かと共有なんて出来ないし、第三者の見解なんて無意味で無価値ッス」
「それじゃあ、永遠に殺しあうことになっちゃうでしょ?」
アリスが困った顔でそう言うと、ユリエルは彼女を見やって、
「第三者が本当に出来ることは、そのときの社会規範や倫理の立場で正論をかまして、復讐した人間を公俗良序の観点から裁くことだけ…… 裏を返すと、それだけしか出来ない…… 当事者の魂を救うことは決して出来ないと、俺はそう思ってる」
「言うなら」とグレン。「自分が、自分に対して納得できるかどうかが大切、と言うことか?」
「人と人の関係は理屈じゃない。俺がシェーン爺さんやグレンさんを尊敬し、アリスを愛してるのも、世間に出回ってる単純な考察や理屈、言葉や感情じゃない。それらを全て納得させる自分と相手との、因果と心の決着…… それだけが復讐者の唯一の救いで、納得できる決着に繋がると思ってるッス。そうなるなら、相手より幸せになろうが殺しでお返ししようが、なんでも構わないと思うッスね。中身はなんだっていい」
――思った以上に、ハッキリした男のようだ。
しかし、彼の極論とも言える持論に対し、アランは拒絶することは出来ても、正すことは出来そうにないと思えた。
確かに、復讐の世界には自分と相手しかいない。
その二つの因果と関係性に、無関係な第三者が入りこむ隙間は全く無いと言える。罰せられる覚悟を持って邁進しているなら尚更、誰にも止めることなんて出来ない。
「俺が」と、アランが言った。「彼女の行動原理や気持ちを、今一つ理解できない理由が分かった気がする。俺にはそのような覚悟と言うか、復讐心は持てないし、理解できそうに無い」
「――殿下は」とアリス。「アーシェさんのことを理解したいと思われていますか?」
「勿論…… 思ってはいるんだ。本気じゃないと言われると、言い返せないが……」
「少しでも理解したいと思うなら、やはり手紙は偽造であることを伝えるべきです。そうして、改めて事情を説明なさった方が宜しいかと」
「正直になることで、理解に繋がると言うのか?」
「おこがましく失礼な言葉で恐縮ですが…… 先程のお話、どうも利用すると言う観点でアーシェさんに接しておられるように感じられます。そのような不誠実な方に、どうして本心を見せるでしょうか」
――きっと、先程のグレンさんも、同じことを言おうとしたに違いない。
「簡単な説明を聞いただけですし、詳細が違っているかもしれません…… ですが、今の私の感覚だと、手紙があろうが無かろうが、アーシェさんは殿下に協力しようとしているように思えます。その点はいかがですか?」
「少し話したが、単純に主体性を失い、俺に依存してるからだと思っている。俺の言うことなら、なんでも聞くと言って憚らないんだ。何度言っても、どこかでそんなことを言ってくる」
「彼女は一体、どういう理由で学園に? 偽造した手紙の内容は確か、『学園に通って、色々なことを知ってほしい』と言うものでしたよね?」
「まぁ、予々そうだ」
「アーシェさんは、その内容に賛同していましたか?」
「…………」
「なるほど、しておられないのですね」
しばらくの沈黙のあと、アランが口を開いた。
「黒幕を見つけ出して制裁する夢と、母君が勧めてくれた場所へ行けると言う喜びと…… 自分を使ってくれてありがとうと…… そのようなことを言っていた」
「だとすると、偽造した手紙は決定打になっていないように思えます」
「そう、だな…… 確かにそうだ」
「悪いことは言いません、殿下。あなた様の真っすぐな心のためにも、手紙が偽造であったことを告げ、しっかり謝罪し、改めて彼女に協力を要請すべきです」
「…………」
「断られるかもしれません。彼女のボロボロの心を、さらに傷つけるように裏切ったのですから」
「…………」
「しかし、彼女があなたに対して少しでも信頼と信用を持っているなら、きっと許すはずです。あなたに隷属的だと言うことは、裏を返せば、あなたしか頼れると思う人がいなから。
そして、黙っていれば良かったのに、それを正直に話したあと、改めて協力のお願いをし、自分を必要としてくれる…… これもまた、主体性の回復に重要なことです」
「そうだといいんだがな……」
「カアァ~ッ!!」と、急にユリエルが奇声をあげた。「殿下ともあろうお方が、そんなナヨナヨしてたら駄目ッスよ! 本当に傷付いた人がいるなら、こっちとしてはやること一つでしょうに!」
そう言って、肩をバンバンと平手で打つものだから、アランは思わず身を引いて、
「き、君! 痛いからやめたまえ……!」と注意した。
それでもユリエルは引く気配を見せず、
「殿下」と、まっすぐな目で言った。「あの子が殺しの復讐に走らないようにするには、殿下が一緒になって、あの子の復讐を叶えてやるために、付いていくことッス。一緒にやってやらないと駄目ッス。――なぜかって? 殻に閉じこもってる子が自分の口から言った夢だから。今、唯一の夢だからッスよ。仮初の希望と言ってもいい」
「それを別の方向に導くのは、殿下の役目かと」
アリスもユリエルを援護した。
「彼が言うには『納得できる決着』が付けば、なんでも良いようですから」
――アレを、彼女はそう言う風に捉えていたのか。
少し考えを巡らせたあと、アランは自然と口角をあげていた。
「どうしたんスか?」
ユリエルが不可思議そうに言うから、アランは頭を掻きつつ、
「君やアリスさんは、なんと言うか…… 随分と逞しいんだな」
「い、いえ」と、アリスが慌てて首を横に振った。「私は別にそんなことは……! その、きっとユリエルの影響かと」
「まぁ、確かに? 俺は孤児院でも頑丈な方だったしなぁ」
「そう言う意味じゃないから……」
「殿下」と、グレンが低い声音で言った。それで、ユリエルもアリスもピクリと動いて、押し黙る。
「私もアリスの見解に賛成です。ロンデロントでは容疑者の一人で、利用すると言う考えがあっても仕方なかったでしょう。しかし、今は違うでしょう? 先程も言った『協力者』の一人として、改めて誠実にお願いをしてみては?」
「ええ、そうしようと思います。――ブロムナーや兄様が何を言おうが」
「いいですね、それでこそレイアラン殿下だ」
グレンが微笑んで言った。それからユリエルの方を向いて、
「――ユリエル」
「は、はい……!」
「警備兵と一緒に悪魔の沼地を捜索しろ。あと、殿下をそこまで案内するんだ。――恐らく、ロンデロント側の鉱山付近に馬を置いているだろうからな」
「分かりました」
「それが終わったら私のところへ来い。言いたいことが山ほどある」
「ゲッ……!」
「不服か?」
「い、いえ…… ワカリマシタ……」
ユリエルが項垂れつつ言うから、アランはアリスと視線を合わせ、共に苦笑しあっていた。




