12 王冠とスーズリオン
お盆を持ったユリエルと、アリスが執務室に入ってきた。
グレンが、二人に話を聞いてほしいと言って、椅子に座るよう告げる。
互いに顔を見合わせたあと、二人共、畏まった様子で着席した。グレンの隣がアリス、ユリエルはアランの隣となる。
「お初にお目に掛かります、レイアラン殿下。私、ユリエル・バルバランターレンでございます」
ユリエルがキラキラな瞳で、右手を胸元へ当て、ズイッと上体を近付けて言うものだから、アランは若干、上体を反らしつつ、
「あ、ああ。始めまして……」と気圧された。
「ユリエル……!」
グレンが鋭い目付きで言うから、ユリエルが驚きながら引き身となって、
「えっ……? えっ? なんで?」
と戸惑っている。
「口説くような雰囲気で言うなと、いつも言ってるだろう……!」
「べ、別にそんなつもり無いッスよ?」
「言葉……!!」
「あっ!」
「申し訳ありません、殿下」と苦笑うアリス。「彼は神官の候補になり立てで……」
「まぁ…… そうらしいな……」
「貴族の作法や言葉遣いなど、まだまだ勉強の最中です。どうかご無礼をお許しくださいませ」
「分かっているよ」
「お飲み物、準備致しますね」
「――じゃあ、殿下」とユリエル。「準備が終わるまで、俺…… じゃなくて! 私やアリスにも、殿下のご事情をお話しください」
「ああ、そうさせてもらう。あと、今は公の場では無いし、『俺』を使っても構わないぞ、ユリエル」
「えっ? そうなんスか?」
「他はさすがに気を付けろ」と窘めるグレン。
こうして、アリスがテキパキと飲み物の準備を進めるあいだ、アランが、ロンデロントで起こった事件を二人に説明した。
さすがのアリスも、話の内容に驚いて何度か手を止めてしまっていたが、間も無く準備が終わる。
ロンデロントで起こった事件と出来事に、自分が命辛々、脱出した先が悪魔の沼地だったことを話しおえて、飲み物を口にした。
「――以上が、現時点で分かっていることの全てです」
「まさか、ロンデロントでそのようなことが……」
アリスがそう言って、膝元で握っていた両手を強く握りしめた。
「シェーンの爺さん、なんにも言ってなかったな……」
ユリエルが呆然としながら言うから、アランは「余計な心配を掛けさせたくなかったんだろう」と答える。「特に君たち二人には」
「まぁ…… 確かにこっちも色々あったけど……」
「そういえば」とアラン。「二人は王冠の力を間近で見ていたようだし、アリスさんに至っては体験もしていらっしゃる。良ければ、まずそちらの話を聞かせてもらえないか? 報告書を見るよりも、色々と分かることもありそうだ」
ユリウスがアリスを見やる。彼女は少し間を置いてから、
「私で良ければ、お話し致します」と言った。
「ありがとう、アリスさん。ユリウスさんも、知っていることがあれば教えてほしい」
「まぁ、姐さ――…… じゃなくて、アリスさんが話すと言うことなので、彼女に任せます。そこまで王冠に接していたわけでも、その効果を見ていたわけでも無いので」
こうして、アリスが『王冠の呪い』と言う伝承のこと、呪いの実態が、実は魔導具の力によるものであったこと、遺体や廃墟の砦が元の姿に戻っていったことを語った。
「元に戻す……」アランが横目となりつつ言った。「時間を戻す、と言うのではないのか?」
「こちらへ調査にやって来たエリカさんが、言ってました。
『時間と言うのは分かりやすく理解してもらうための方便で、厳密に言うと個別の時間を戻す…… 具体的には物や人などが経験した、ある頃の状態に戻していくような効果だと思う』と」
「ある頃の状態に戻す……?」
「私の場合、理由は不明ですが子供時代の姿に戻りました。でも、記憶は子供時代まで戻っていません。そして、悪魔の沼地の砦は、廃墟となる前の砦の姿に戻っていった。でも、そこにいたであろう人々は戻っていなかった……」
「そんなことが…… いや、失礼。報告書によれば、あなたやユリエルさん、エリカたちも見ているものだ。しかし、俄に信じられなくて……」
「分かりますよ、殿下」隣のユリエルが言った。「砦に関しては、俺も実際にこの目で見ました。だけど、あれが夢じゃなく現実だったなんて、今でもちょっと信じられないと言うか…… でも、後々になって思ったんですけど…… あれって勇者伝説の、スーズリオンとバルバランターレンの話そのままだなって」
――確か、アル・ファーム南部では有名な話だ。
スーズリオンは魔王一味との戦いによって、強大な魔力を制御できなくなってしまった。それを抑えるために、バルバランターレンが王冠に呪いを移し、それを浄化した上で、スーズリオンへの贈り物として渡した。王冠を身につけて以降、スーズリオンの魔力は抑えられ、人里で暮らすことが出来るようになったと言う話だ。
一説によると、この伝承が奉納祭の始まりと言われている。つまり、王冠を贈られた感謝の印として毎年、スーズリオンが大聖堂で奉納祭をおこない、それが徐々に収穫祭のような形に変化していったのではないか、と言う話もある。
「あの話って」ユリエルが続ける。「要するに、力を抑えられない状態から、抑えられる状態だった頃の自分に戻った…… みたいなことですよね?
あ、当然ッスけど、俺は話の全てを信じてるわけじゃなくて、なんか似てるなぁ~って思っただけって言うか……」
「分かってるさ」とアラン。「現に、王冠が魔導具だったと言うことがハッキリした今、あの伝承も、全てが嘘や作り話、と言うわけではないと思える。何かしら、そう言った出来事があって、分かりやすい伝承として残ったのだろう。
――だからこそ、今後は王冠に対し、より一層の警戒態勢を敷く必要がありそうだ。あの王冠の力は、我が王家に伝わっていた魔導具よりも遥かに強力だ」
「全くの同感です、殿下」とグレン。「考古学的に興味のそそられる遺物でしょうが、それ以上に、何かしらの状態まで戻せると言うのは、力としてはあまりにも強く危険だ…… 殿下の仰るように、エリカさんが持っていた魔導具より強力でしょう」
「まぁ、あれはエリカにしか扱えない魔導具ですし、ずっと身に付けていられる形でもあるので大丈夫だと思います。それに、ライールと一緒ですからね。
それよりも、王冠の方の警備をもっと増やすべきだと思いました。教会からどこかへ移動させると、目立って余計に狙われる気がするので、教会周辺や内部の警備を増やそうと考えています」
「しかし、殿下の話から察するに、今のロンデロントは警備兵が不足していそうだ。場合によってはこちらの警備兵を向かわせます。教会なら、何度か応援に向かった奴らもいますので」
「心強いです。ロンデロントの自治区長も喜んでくれますよ」
「では…… 本題に入りましょう、殿下」
グレンが催促するように、ゆっくりした口調で言った。
アランは茶器の飲み物を一口飲んでから、
「ユリエル君とアリスさんに訊きたいことがある…… アーシェのことなんだ」
「アーシェさん、ですか?」とアリス。
「確か、冤罪をくらったって保護したって言う女性ですよね?」とユリエル。
アランが「そうだ」と答え、省略していた彼女の情報――レイナック家の生き残りで、妾の母親を愛し、トリナーム家でずっと虐待を受けつつも、虐待の張本人であるダーレン・トリナームが死んだことに、少なからず傷付き、今は黒幕に復讐の炎を燃やしている状態なのを伝えた。
加えて、偽造した手紙に、ベリンガールとの政治的な駆けひきや事件の捜査の観点から、スーズリオン学園へ入学させることになっているとも伝える。
話を聞きおえたアリスもユリウスも、沈痛な面持ちで黙っていた。




