11 グレンとの会話
「――この方は、間違いなくレイアラン殿下だ」
自治区の総責任者であり、かのバルバランターレン家の現当主でもあるグレンが、三人の警備兵に言った。
すっかり畏まった三人が、恐縮しきってアランに頭を下げ続けるから、
「もういいさ。分かってくれたら、俺はそれで充分だから」と言って、頭をあげるよう告げた。「俺も思慮が浅かった。ここで起こった事件が大きなものだったのに、その近辺を独断で調査してしまったからね。引き続き、君達の活躍に期待している。すまないが、爆破音がしたと言う近辺を隈なく調べておいてくれないか? 犯人がまだいるかもしれないんだ」
「は、はいッ!」
「よろしく頼むよ。ただし、無茶はしないように」
敬礼している警備兵たちに、グレンが下がっていいと言った。だから、彼らは詰め所の方へ少々、早歩きで向かっていった。
「殿下、非礼をお詫び致します」
「いえ、大丈夫です。むしろ助かりました」
「しかし、せっかくバルバラントにいらしたのです。私の屋敷に来て一休みでもどうでしょうか?」
――十中八九、自分が何を調査しているのか気になって、話を聞きたいのだろう。
情報共有しておくのは悪くないと思ったアランが、
「色々とあって、一休みしたいと思っていたところです。突然で申し訳ありませんが、お言葉に甘えさせて頂きます」
「どうぞ、案内します」と言って、アリスの方を見やった。
「アリス、あいつに『さっさと終わらせろ』と言っておいてくれ。場合によっては手助けも許そう。今日は特別だ」
「分かりました」と苦笑うアリス。
「それから…… もし終わらせたら、お前たちも一緒に屋敷に来るといい」
「えっ? 私たちもですか?」
「そうだ」
「――分かりました。彼に伝えておきます」
「ああ、よろしく頼む」と言ったグレンが、アランの方を向き、「行きましょうか」
と言うから、大体のことを察したアランが、
「お願いします」と答えるに留めた。
町中を歩き、やがて大きな通りに出た。通りには屋敷が並んでいる。その中でも、ひときわ大きな屋敷の門をくぐって、正面玄関から中へと入った。
グレンは出迎えた執事に、飲み物の準備をするよう命じ、アランを応接室ではなく、自分の執務室へと案内した。
「散らかった部屋で、大変申し訳ありません。ここなら会話が外へ漏れることもありませんので」とグレン。
「いえ、こちらこそ気を使わせてしまって……」
「そちらの椅子にお掛けください」
グレンが指し示したところと、向かい合うところの椅子に座った。だから、アランは言われた通りの椅子に腰掛ける。
「――早速ですが殿下」とグレン。「悪魔の沼地で、何を調査なさっていたのですか?」
「兄やシェーン大司教から、ロンデロントで起こった事件のことはお聞きになりましたか?」
「ざっくりとだけ…… 本来なら、そちらの調査に赴きたいところですが、こちらはこちらで色々と事後処理がありまして」
「兄から伺っております。ご令嬢であるアリスさんが養子から外れ、代わりに大聖堂の近衛騎士…… 確か、ユリエルさんでしたか? その方が神官の候補になったとか」
「まぁ、なれるかどうかと言ったところですが…… 他に丸く収まる方法が思いつかなかったもので……」
「大胆ですよね。自分が養子に入って、バルバランターレン家を引き継ぎつつ、アリスさんを迎えいれようなんて」
「孤児院のときから悪知恵が働く男だったようです。シェーン大司教から色々とお聞きしたので」
「それで立派な騎士になったのですから、大したものですよ。少し羨ましいくらいだ」
本当にそう思ったから言ったわけだが、グレンはそう受け取らなかったようで、「くれぐれも、殿下はあんな奴の影響は受けぬよう気を付けてください。娘をたぶらかすような輩ですから」と注意された。
「まぁ、その辺りの詳細は後々、彼が正式な神官になったときにでもお聞きするとして…… まずは自分が調査してきたことをお話しします」
そう言って、アランはアーシェや冤罪事件、偽の王冠窃盗と殺人、ダーレン・トリナームやレイナック家、それらの捜査中に浮上してきた黒幕の存在と、爆薬の密造密輸に関わっていそうな拠点の捜索、捜索の最中に殺されかけたことを話した。
「――そんなわけで」とアラン。「悪魔の沼地に出てきたところを逮捕された、と言うわけです」
「殿下も相当、危ない橋を渡ったようですな」
「反省しています。ただ、同行者がいたら、その誰かが犠牲になった可能性もあったわけで…… そう思うと、一人で良かったのかもしれないと」
「いけませんよ、殿下」
グレンが首を横に振りつつ言った。
「どんなに少人数でも、二人で行動すべきだ。所謂、単独潜入であっても、現地に必ず一人や二人、協力者を用意するものです。今回は単純に運が良かっただけですよ」
「ええ、分かっています…… 今後は気を付けます」
「ところで、殿下。相手が悪魔の沼地の近辺で、爆弾を使ったと言うのは本当ですか?」
「警備兵たちが聞いたと言っていたように、間違いないです。そしてあれは、俺を遺構群の中で殺すためにおこなったんだと思います」
グレンが背凭れに体を預けつつ、「確か」と言った。
「悪魔の沼地の周辺には、大昔の水場や施設の遺跡がいくつかありますね…… ひとまず、近辺の池や川などを調べておきます」
「よろくお願いします。――ただ、そちらで確認されたと言う新型の爆薬が使われた可能性もあるので、調査の際は考慮に入れておくのも有効かと」
「なるほど…… 確かに、殿下が仰った状況ですと、水中で爆破した可能性もあり得ますな」
「ええ。全くもって、厄介な兵器ですよ……」
「あの爆薬は娘の――…… いや、失礼。アリスさんの証言からすると、レックと言う密造組織の一員が試作したらしいのですが…… 実際のところは分かりませんよね?」
「恐らく、レックたちは俺が見てきた拠点のところで、爆薬の素材を入手していたんだと思います」
「なら、どこでそのような場所を知ったのです? 彼らはずっと匿われていて、匿った張本人は、ロンデロントはおろか、カントランドからも出ていった形跡がありません」
「拠点はきっと、詐欺で指名手配中だったジャナス経由で知ったんだと思われます。彼の指名手配はエルエッサムからの要請でおこなったそうですし、恐らく爆薬に使う鉱物系の素材は、錬金術で生みだしたのではないかと」
「ジャナスか…… 逮捕できていれば良かったんですが……」
「仕方ありません。彼は指名手配を受けるほど、危ない橋を渡り過ぎたと言えます…… 自分なんかよりも、ずっと」
少しだけ間があいてから、グレンが、
「レイナック家について、お訊きしても?」
と切りだした。
わざわざこう言ったのは、アランからすでに自殺未遂などの話を聞いていたからに他ならない。
「今はアーシェさんとお呼びしますが…… 彼女は、本当にレイナック家の人間と言えるのですか?」
「少なくとも、母君に当たるラニータ様が、クロナード様の配偶者であることはほぼ間違いないです。
そして、レイナック家最後の当主は女性で、名前はラニータ。それから当時、侍女をされていた方の証言と、暮らしていた小屋で見つけた結婚指輪が本物だったと言う事実…… 指輪は代々、レイナック家で引きつがれてきた物であり、謂わば、当主継承の証と言えます」
「だとすると、母親がラニータ様で父親が…… ホザー・トリナームとなるのでしょうか?」
「正直、そこは分かりかねます。ホザーと出会った時点で、すでに出産していたか、身籠っていた可能性もありますので」
「なるほど…… しかし、ラニータ様ご本人が生きておられたら、もっと確実な確認も取れたでしょうに。残念ですよ」
「ええ、全くです……」アランが、うつむきつつ言った。「ロンデロント教会にも確認を取りましたが、立ちあったと言うザムザ司祭の証言は、夫人の人相や身体的特徴と一致していたと報告を受けてますので……」
「――アーシェさんは今後、どうなさるおつもりで?」
自然と沈黙が流れた。
グレンはそれで何かを悟ったようで、
「ベリンガール側は、アーシェさんをレイナック家として認めたのですか?」と尋ねる。
「ええ、認めています。近々、大統領がアーシェとお会いし、可能なら連れて帰るそうで」
「もう、そのように決まったのですか?」
「いえ…… 先程もお話ししたように、スーズリオン学園に行ってもらうことになりそうです。ひとまず、そのような形で……」
「殿下…… アーシェさんは今、どのような状態ですか?」と尋ねる。
「…………」
「あまり芳しくない?」
「さすがグレンさん」と苦笑うアラン。「やはり、お見通しですか」
「お見通しと言うほど、状況を理解してはいません。もっと詳細に話を聞かねば分かりませんよ。
しかし、これでも多少は親をしてきましたから。それに、奉納祭の一件でアリスとの関係も変わりました。だからこそ、さらに色々なことが分かった次第です」
「――それを聞くと、俺は本当に情けなくなります。冤罪の子を助けられたと思っていたら、問題が根深く、全く助けになっていなかったんですからね」
視線を下げたままアランが言うから、
「顔をあげてください、殿下」
と、グレンが背筋を伸ばしつつ言った。
「あなたがそのような姿では、今のアーシェさんはさらに自分を追いつめかねない。聞いた話の範囲で考えただけでも、あの子には今のところ寄りそう者…… 母君のような依存対象が必要不可欠です。そして、今の殿下に必要なのは、アーシェさんに対して堂々と誠実に対応することかと思われます」
アランが顔をあげた。
不意に、ノックの音がしてくる。
『旦那様……』と、執事のくぐもった声がしてきた。『お飲み物をお持ちしました…… それから、アリスお嬢様とユリエル坊ちゃまがお見えです……』
『その坊ちゃまって言うの、やめてくれって言ってるだろ~……!』
「――ハァ」
今度はグレンが項垂れるように溜息をついた。そして、
「話の腰を折ってしまって、本当に申し訳ありません、殿下」
「いや……」と言ってすぐ、「なんなら、彼にも聞いてもらいたい」と続けた。
「アリスはいざ知らず、ユリエルもですか?」
「ええ、そうです。意見は多いに越したことは無いし…… 彼がアリスさんを命掛けで助け、彼女の将来を守ったのでしょう?」
「守ったと言うか、最終的には守られたと言うか…… そもそも、あいつを呼んだのは王冠や爆薬に関する情報を共有させるつもりだったんですが……」
「彼のような人間こそ、ハッキリ何かを見通せるような気がします。申し訳ありませんが、お願いできませんか?」
グレンは半信半疑の顔でアランを見ていたが、どこか思い当たる節もあるようで、渋々と了承してくれた。




