9 拠点と魔獣
しばらく、通路を右へ左へ進んでいくと、また広めの空間に出た。
今度は先ほどの広間より小さめの空間だったが、あからさまに人工物――机や蓋の無い木箱が放置されていた。
採掘した鉱石を精査する場所かもしれないからと、アランは並んでいる机や木箱を調べ始める。
「やはりここか……!」
木箱の底に残っている、爆薬の素材の一部を見ながら呟いた。
今回に関しては、自分の推理は正しかった…… つまり、ダーレン・トリナームやドロッカー、ビリーたちは何かしらの因果から一時的に手を組み、爆薬の素材や爆薬そのもの、あるいは新開発の爆薬をこの鉱山内で密造していた。
そして、ここから魔結晶や発光石と言ったものに紛れこませる形で、バルバラントやロンデロント、エルエッサム経由で他の組織へ流していたに違いない。
「例の新しい爆薬もここで作られた可能性もあるか……」
いや、どうだろう……
アランは自分が危機的状況に陥っていると言うのに、爆薬の密造密輸、あるいは素材の密造密輸がおこなわれていたのは、どうしてなのかを考え始めた。
単純に考えれば、ムハクへの供給だろう。だが、それが事実なら、必ずこの場所も特定されていたはず。現に、素材の仕入れに関わっていた一連の組織さえ、大本から順番に辿って潰していき、最終的にベリンガールの近衛騎士団が壊滅させたのだ。
この程度の規模なら、どこかの組織集団から居場所や存在が割れて、特定されているに違いない。
「考えられるのは、ムハク以外か……?」
しかし、ダーレン・トリナームは最終的にムハクの傘下に入ろうと画策していた。それは残された手紙からも明らかだ。
「いや、しかし…… 手紙はあくまでも直近の話…… そもそも、ムハクは最初期の組織から分かれていそうだし……」
自然と口から出てきた独り言が、反響して耳に戻ってきて、それでやっとアランは、自分の置かれている状況を思い出した。
「いかん、いかん」
と、頭を横へ振る。
「まずは脱出しないと……!」
しっかり自分へ言い聞かせるように呟いてから、手に持っていた携帯カンテラを腰に取りつけ、どこかに抜け道が無いか探し始めた。
しばらく部屋の中を歩きまわっていると、見るからにおぞましいものが横たわっているのが見えて、思わず後ろへ引きさがった。
「魔獣…… なのか?」
全長が二、三メートルはありそうな四足の体躯に、体毛で覆われた獣らしい体付き、長めの牙や爪が付いている超大型の肉食獣…… それが魔獣である。
個体数はかなり少なく、昔から遺構や遺跡の中に生息していると言われている。
縄張り意識が強く、人里に行くようなことは無いものの、侵入者には容赦しない。近年は勇者伝説との関連が指摘され、魔物の一種だと言われている。また、魔結晶の採掘において問題となっている厄介な存在でもあった。
今回の魔獣はすでに息絶えているようで、状態からして、数ヵ月も経っていない。だが、一ヵ月以内とも言えそうにない。それほど真新しくはないし、腐乱しているとも言い難い絶妙な感じだ。
魔獣の頭部にいくつもの弾痕が見られ、独特の黒っぽい血が流れたあとが乾いて残っている。死因は銃殺だろう。そして、現場の感じから察するに、人間側の犠牲者は出ていないように思えた。
「魔獣に襲われたから、この場所を放棄したのか……?」
正直、可能性としては考えられる。
遺構群の中に拠点を構える時点で、魔獣と出くわすことは想定できる。だがしかし、実際に出てきて戦闘が起こったら、作業員などは怖じ気づくだろう。
それで拠点を別のところへ移した、と言う可能性は無くはない。
問題は、どこへ移したのかだが…… やはり、今は脱出に専念すべきだとアランは考え、それ以上のことを考えないようにした。
一通り、部屋の中を見て回って分かったのは、抜け道らしき物も無ければ、隠し扉のような物も無いことだ。つまり、完全に八方塞がりと言えた。
しかし、今のアランは焦っていない。
一カ所、壁の向こう側に空間があるようで、切れ目や裂け目から空気が流れていくのを手の平で感じられた。
向こうにあるかもしれない空間へ行くには、目の前の壁をどうにかしなければならない。壊すのが一番、手っ取り早いだろう。そうすると、おあつらえ向きにある、魔結晶や爆薬の素材の一部などが役に立つ。むしろ、使ってくださいと相手側が置いていったようなものだ。
無論、爆薬の素材だけで爆薬そのものを作ることは困難である。その困難さを埋めるには、魔結晶の他に調合術や、それを高度に高めた技術――『錬成術』が必要不可欠だ。
幸い、アランは専属の家庭教師などから調合術を学んでいたし、錬金術も錬成術も、ある程度は体験済みである。道具も小さく少ないため、常に腰鞄へ入れてあった。
手慣れた人々からすると、全くもって未熟に見えるだろうが、それでもアランは着実に爆薬の素材を生みだし、手元の素材が爆薬になるよう慎重に、丁寧に調合し、錬成していった。
足らない鉱物系の素材は魔結晶による錬金術で作り足して、ついに手作りの爆薬が完成する。
「――思ったよりも早く出来るな」
アランは、ここで密造していた連中が、手っ取り早く稼ぐために爆薬関連の密造や密輸に手を出した理由がなんとなく分かった気がした。そして、今や収監されたか殺されたかの末路を辿っているのを鑑みて、思慮が浅く愚かしい連中だとも思えた。
とにかく、あとは爆薬を設置し、火種で爆破するだけである。
爆破用の導火線は、火薬を地面へまぶしていくことで完成する。問題は、爆破したあとに隠れる場所であった。
部屋から出た通路だと、崩落の危険があるし、かと言って部屋の中だと、最初の広間みたいな場所ではないから、爆風や飛んできた物に当たってしまう危険もある。
どうしたものかと考えた結果、木箱や机を倒し、それを爆風よけの道具として使うことにした。
「よし…… いくぞ……」
いざ、実行するとなると妙に緊張する。
頼むからちゃんと完成していてくれと願いつつ、アランは携帯カンテラの火を紙切れに移してから、カンテラの火そのものを消した。そうして、火種を導火線用の火薬に近付ける。
火が付くや否や、一気に爆薬の方へ火種が走っていく。
机を前に二つ、その後ろに木箱を二つほど横倒しにし、木箱の中に入って身を潜めたアランが、耳を塞いで目をつむる。
――爆破が起こった。
思った以上に揺れや爆風、爆音を感じたアランが、思わず顔をしかめて歯を喰いしばる。
置いてあった物がそこら中に散らばる音や、揺れ、爆風が落ちついた頃に、アランが木箱の中から出て周囲を窺った。
ひとまず崩落などの心配は無さそうだから、消してあった携帯カンテラの火を再び灯す。
明かりを前方へ差しむけるも、爆煙と埃で前が見えない。が、それも徐々に晴れてくる。
晴れてくると言うことは、どこかしらに別の空間があり、空気が流れていっていると言う証拠だ。それに……
「水……?」
と、アランが呟きつつ立ちあがった。
そうして流水の音を目指して歩き始める。
爆破をおこなったところには、ポッカリと一メートルほど穴があいており、その向こうからは流水音が響いてきていた。
それで、アランの表情が自然と明るくなる。
水が流れていると言うことは、そこはどこかに繋がっていて、水の流入出が可能な出入り口があると言うことになる。
「よし……!」
気合を入れなおしたアランが、携帯カンテラを腰に装着してから、煙漂う奥へと進んでいった。




