3 兄と弟の会話 その2
兄のドーラが、弟のアランとシェーンの傍まで近付く。
「声が聞こえたもので」
「おお、ドラグナム殿下」シェーンがそう言って一礼する。「昨日ぶりですな」
ドーラも会釈し、
「シェーン大司教も、冤罪事件に興味がおありとは思いませんでした」と言った。
「興味があると言うより、レイアラン殿下を始めとした、特務機関の方々に協力する義務があるのです」
「義務?」
「そもそも、レイアラン殿下やブロムナーさんたちが冤罪事件を追うきっかけになったのは、他でもない、私とカメリアさんです」
「なるほど、確かにそうでした。協力する義務があると言うのも納得です」
「もっとも…… 大した力にはなれず、頼りっぱなしではあるのですが」
「そんなことはありません。失礼ながら、少しだけ立ち聞きしてしまったのですが…… 王冠に関する推理は頷けるものでした」
「では、ドラグナム殿下も同じ考えをお持ちで?」
「せっかくですし、大司教にも私の話を聞いてもらった方が良さそうだ。少しお時間を頂けますか?」
「勿論ですとも。私で良ければ、ぜひ」
「ご協力、感謝致します」
礼を言ったドーラがシェーンに対し、まずはどこまで事件の全容を知っているのか尋ねた。シェーンは、大体のことをアランから聞いていると答えたため、すぐに本題へ入ることが出来ると、ドーラが感謝するように言って、
「相談とは他でもない、アーシェルテン・レイナックについてです」
「アーシェさん、ですか?」
シェーンが目を丸くして言った。
「実は先ほど、ブロムナーと話をしまして…… 保管してある証拠品をこの目で見て、彼と推理を立ててきました。その結果、自分の中で黒幕に対し、いくつかの確信が生まれました」
「確信ですか……」
「ええ。一つは、黒幕が間違いなくエルエッサムのどこかにいるだろうと言うこと。もう一つは、爆薬の密造や密輸をしている組織と関連がありそうだと言うことです」
「それには、俺も同意見です」
アランが兄に続くように言った。
「放火した犯人たちは、一階の石造りを崩すために強力な爆薬を使っていました。そして、屋敷を短時間で火の海にするほど、大量の火薬も持っていた…… ムハク一派が壊滅したと言っても良い、今の状況で、あれほどの火薬や爆薬を個人で入手するのは不可能です」
「加えて、素材の入手についても考える必要がある」
「やはり、エルエッサムからでしょうか?」
「いや、今回の件に関しては別の可能性もある。ただ、前々から睨んでいた組織集団は、別の特務機関の連中と、ライール殿が率いるベリンガール近衛騎士団が制圧した。今後は、アル・ファーム領内で容易に素材を入手することは出来ないはずだ」
「もし、この状況下でも爆薬や火薬が流れていたら、それこそエルエッサムから流れてきていると言えるわけですね」
「恐らくな。――それから、エルエッサムにはもう一つ重要な場所がある」
「どこです?」
「スーズリオン学園だ」
アランがハッとする。彼の脳裏には、トリナーム夫人の寝室やアーシェが暮らしていた小屋などで見掛けた、学園の案内冊子が浮かんでいた。
「なぜ学園が?」
アランから学園について説明を受けていなかったシェーンが尋ねるから、ドーラが簡単に説明をした。
「すると」シェーンが顎をさすった。「事件の中心にいた被害者たちが、なぜか学園や博物館の案内冊子を持っていたと?」
「そうです」とドーラ。「理由は分からないですが、共通点として繋がっていると言えます」
「やはり、錬金術で素材の生産をしている?」
「実際に行って調査しなければ分かりません。しかし、私が思うに、エルエッサムに黒幕がいる可能性は極めて高いと考えています」
「どうして、そこまで確信が?」
「いくつかあります。ただ、黒幕の今までのやり方は、資金面が潤沢にあると言う証左でしょう。加えて、今の今まで我々の網に掛かっていなかった大規模組織と言うことになると、短期間で急速に発達したか、徹底した秘密主義で小規模化し、潜伏していたかのどちらかです。そうして、両方が成立しそうな場所は、世界広しと言えどエルエッサムだけでしょう」
「錬金術による右肩あがりの経済、ロンデロントやバルバラントの隣に存在する土地柄、そして、パックス=エルエッサーナと言う思想が根付いた歴史ある町……」
「マードック社の株式と言うのもあったし、兄様が確信するのも分かるよ」と、アランが言った。「でも、どうしてアーシェについて相談したいのです? 彼女はレイナック家の生き残りであり、ベリンガールの人間だ。エルエッサムとは縁も縁も無いはず。繋がりが不明です」
「話が前後してしまうが……」と言って、彼は懐から手紙を取りだし、二人へ見せた。
「それは、ベリンガールからですか?」とアラン。
「たった今、ベリンガールから彼女とその母上に面会したいと言う正式な依頼が来たんだ。面会に来る人間はバーラントだけでなく、大統領も含まれる」
「大統領も? なぜです?」
「十中八九、ベリンガールへ連れて帰る算段を持って、ここへやって来るつもりだ」
「連れて帰る? 彼女を……?」
「断絶していたと思われていた大貴族の一つ、レイナック家の、しかもご令嬢が生きていたとなると、国内の反響は想像に容易い」
「じきに選挙もあるでしょうし、ある意味で好都合な存在ですな」
シェーンが横から言うと、ドーラが深く頷いていた。
「選挙活動に彼女を使おうと言うことですか?」
アランが驚いた顔でドーラを見やって言った。
「どこの国であろうとも、多少の政治的思惑はある。それに、レイナック家が存続しているのは、我が国としても好都合だ。アル・ファームの政界も彼女の帰還を後押しするだろう」
「しかし、今の彼女をベリンガールに任せるのは……」
「ああ、私も危険だと考えている。今、彼女を政治の思惑が働く場所へ放りだすのは特に良くない。下手をすると、また秋革命のような事態が起こりかねないからな」
「今でも貴族の不満は見え隠れしていると言えますからね」
「そこで、特務機関に大義名分を持たせ、彼女をもう少し保護しておくのが無難だと思われる」
賛成の意を表すように、アランが頷いた。
「しかし」と、シェーン。「どのような大義名分を? 犯罪組織の調査では、逆に引き取らせてほしいと相手に言わせる原因となってしまいますぞ?」
「ひとまず、調査に参加させる線は隠しておきます」
「と言うことは…… 秘密裏に参加してもらうと?」
「必然的に参加してもらう形になると思います」
「ほう…… どういう意味なのか、説明してもらっても?」
「では、先ほどの話題――スーズリオン学園の話に戻させて頂きます。
今のところ、学園は最優先で調査すべき場所の一つであり、エルエッサムの他の場所を調べる拠点にすべき場所でもあります。何せ、首都のエルエッサムにありますから」
「まさか……!」アランが戸惑いを見せた。「アーシェを学園へ入れようと考えているのですか?」
「そういうことだ」
キッパリとドーラが言うものだから、アランはさらなる動揺を見せた。
「彼女に貴族としての振る舞いや常識を学んでもらうと言う体で、スーズリオン学園へ入れる。その護衛と監視と言う名目で特務機関の精鋭を近くに置く」
「兄様、それはまだ無理だ! 彼女の今の状況は、ハッキリ言って予断を許さない……! 表面上は普通に見えても、いつまた自殺しようとするか分からないんだ……!」
「私はそう思わん」
またキッパリと言った。アランはついに黙り、兄を不信の目で見やっていた。
「彼女のような性格の人間は、一度、自殺に失敗したら二度はやらん」
「どうしてそう言えるんです?」
「お前が自殺を許さないからだ」
アランが怪訝な顔となった。
「ブロムナーや他の者たちから、直近のお前とアーシェルテンのやり取りを聞いた。彼女はどうも、お前の言うことを素直に聞くらしいじゃないか」
「単に、今は聞いてるだけさ。以前は何を言っても受け流されたし、無視されていた。今、疲弊して主体性を失っているから素直なだけで…… 俺は、そういう意味でベリンガールに引き渡せないと――」
「そこだ、アラン」ドーラが彼の言葉へかぶせるように言った。「彼女は死ぬのを待っている状態と言える。だからこそ、二度は自殺をやらんのだ。依存先であるお前が自殺を許さないからな」
アランの開きかけた口が閉じて、真一文字となった。ドーラの言うことが理解できたのと同時に、否定する要素が思いあたらないからだ。
「彼女は恐らく、主体的に行動したり考えたりしたことが、今まで無かった女性だ。そうすると、何かしら明確な目的が無い限り、近しい存在に依存するだろう」
「なるほど」と、今度はシェーンが言った。「母親と育ての親…… と言うべきか分かりませんが、良くも悪くも依存先となっていたトリナーム夫人を失った彼女は、生きようとする意志はおろか、どのように生きていいかさえ分かっていない状態と言うわけですか」
「その通りです。――加えて」と、アランを見やる。「復讐を企てるような人間は、ある意味で夢を追いかける人間と同じだ。想いを成就するための覚悟と強い意志を持っている。だからこそ、厄介極まりないんだ」
――彼女は初志貫徹する意志と、強い覚悟を持つ人間に違いない。そうでなければ、トリナーム夫人の暴虐に耐え、母親の回復を疑わずに毎日を送ってこられないはず。
「その想いの時間が長ければ長いほど、砕けたあとは何も残らなくなる。だが、夢はまた新しく生まれ変わる可能性を秘めているのに対し、復讐は新しく生まれ変わることはあり得ない。変質して、ただの邪悪な感情に堕ちるのが相場だ。なぜなら、仇の殺人や不幸を望んで実行に移すことで、魂の救済を図るのが目的だからな」
「…………」
「お前は彼女を助けたいんだろう? だったら、蟠りがあったとしても、お前に従うと言う現状を利用しない手は無いし、時間稼ぎのためにも学園へ送り出すべきだ」
「ブロムナーのようなことを仰るのですね、兄様も」
「――正直、お前は被害者に同情し過ぎるところがある。長い抑圧と暴力が原因ともなれば、その正義感から協力することを厭わない」
「…………」
「私がどうしてブロムナーと言う男と、お前を組ませたか理解しているか?」
「――いえ」
「あいつに全く足らない部分をお前が持っている。逆にお前は、あいつの持つ冷静沈着な視野を持てていない。だから、互いが互いを教師として認めることで、本当に必要不可欠な人材に成長すると私が踏んだからだ」
「こちらが教師と認めても、彼は認めないと思いますが。それこそ死んでも」
「なら、あいつが馬鹿だったと言うだけの話だ。それこそ、あいつ流の言い方で表すなら」
沈黙が流れ、しばらく兄弟が睨みあっていた。
そこへ、咳払いの音が割りこんでくる。
「お二人とも、こちらを見てくださいませんか?」
シェーンの言う通り、二人が彼を見やった。
「このような話があります。『父は言った。兄弟よ、天ではなく人を見よ。地ではなく心を見よ。人の中に心はある』」
「説法ですか?」
アランが何気なく言うと、シェーンは笑みを湛えていた。そして、
「眉間のところが天です」と言った。「そして、臍の下が地です。天と地のあいだにあるもの…… それは、なんだと思いますか?」
「心の臓器に心が宿りしとき、人となる…… ですか?」
ドーラが答えると、シェーンが頷いた。
「お二人とも、ちゃんと相手と向かい合い、相手を見て心を通わせてください。言葉はなんとでも言えてしまいます。天や地のようなものです。言葉を発した人、そのものを見るのです。――個人の推測ですが、お二人は根底ではきっと繋がっていて、同じ心持ちのはず。心が宿る器が近しいのは、兄弟の特権の一つと言えるでしょう」
二人がシェーンから、互いの顔へ視線を移して見合う。しばらく見合ってから、
「お前の考え方は」と、ドーラが先に言った。「十人を助けることは出来ないが、一人なら救えるかもしれない」
そう言って、彼はシェーンの方を向いた。
「大司教、私はこれで失礼します」
「ええ、お気を付けて。何か分かりましたら、私もすぐ連絡します」
「ぜひ、お願い致します」
目礼したドーラが、今度はアランの方を向いて言った。
「私は今から別件の調査や、二年後におこなわれる三ヵ国会談の準備があって、協力が難しくなる。ブロムナーの件もそうだが、お前がしっかり見ておいてくれ。頼んだぞ」
「やれるだけやってみます」
アランがそう答えると、歩き始めていたドーラが半身となりつつ振り返った。そして、
「学園の件は、事件の真の解決のためにも必ず実行してくれ。無論、彼女を利用する形になるが…… しかし、彼女にとっても休息をもたらすはずだ。あわよくば心の支えを見つけてきてほしいが……」
「…………」
「そのあいだ、お前が彼女の手を取って先導してやれ。道を踏み外さぬよう、決して離すんじゃないぞ?」
と言い残し、前を向いて去っていった。
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