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没落令嬢は、今宵も復讐の夢を見るか? ~~継母に盗みをするよう強要され、死刑台に送られた妾の娘は夢を追いかける~~  作者: 暁明音
第一章  グリーン・スリーブス ~緑色の袖~

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41  『誰もお前を愛さない』

 アーシェを抱えたブロムナーが地下水路から地上へ出ると、すでに伝令を終えて戻ってきたらしいアランと出くわした。


「大丈夫なのか……?!」


 (たわら)(かつ)ぎされ、ぐったりしているアーシェを見たアランが心配そうに言うから、ブロムナーは冷静に「大丈夫です」と答え、「運が良かったです」と続けた。


「地下二階の水路は、どうやら直近の改修工事で、一気に水位があがらないようにしていたようです。お陰で助けに行くことが出来ました」

「アーシェはどうしたんだ……?」


怪我(けが)はありません。ただ、少々気落ちしていると言いますか…… とにかく、領事館へ戻りましょう。水位が下がるのは午後の夕方ですから」


 こうして、支配人に報告するのはダーレンの遺体を回収するときにしようとなって、まずは領事館へ戻ることになった。だから、宿泊施設の裏口から裏路地へと出て、アランが乗ってきた馬車に乗りこんだ。


 道中、アーシェは一言も(しゃべ)らず、アランはブロムナーから事情を話すよう催促(さいそく)する。


「到着しましたら、お話しします」


 珍しく彼が配慮しているような雰囲気(ふんいき)で答えるから、アランは了解し、それ以上は何も言わずにいた。

 長い沈黙のあと、馬車が停車して領事館の到着が知らされる。併せて、近衛(このえ)騎士が近付いてきた。


「――アーシェさん」


 すでに下車したブロムナーが言った。


「お疲れでしょうが、最後に確認してほしいことがあるのです。立って、応接室まで歩けますか?」


 アーシェは答えなかった。

 アランはブロムナーへ目をやったあと、彼女へ近付こうとした。すると、アーシェがヨロヨロと立ちあがり、フラフラと、車から外へ出てきた。


「応接室ですか……?」

「ええ」と(うなず)くブロムナー。「近衛(このえ)騎士と一緒に、先に向かっていてください」


 (うなず)いたアーシェが、近衛(このえ)騎士と一緒に屋敷の方へ歩いていく。彼女が中へ入ったのを見届けてから、


「何があった?」


 と、アランが尋ねた。


「正直、私にもよく分かっていませんが…… とにかく結論から言うと、トリナーム夫人は溺死しました」


 アランが目をそらし、(ため)息を()いた。


「おそらく」と続けるブロムナー。「黒幕の連中かムハク一派が、地下へ行く梯子(はしご)の穴へ落としたあと、鍵を掛けたのだと思われます」


「犯人の姿は見たか?」

「いえ。ただ、他の誰かが間違いなくいたし、ひょっとすると、アーシェさんは見ている可能性があります」

「彼女は、その…… 溺死に加担はしていないだろうな?」


「あの様子だと加担していないでしょう。もしくは加担したくても出来なかったか…… 私には、どうにも分かりませんね。結果的にトリナーム夫人を殺すと言う復讐は果たせたのに、どうしてあれほど心残りがあるのか、皆目、見当も付きません」

「――今のお前が理解するには、まだ早いだろうな」


 二人はこのあとも少し話をし、情報を共有してから、屋敷の応接室へと向かって歩いた。



「待たせたね」


 アランがそう言って応接室へ入ると、アーシェや近衛(このえ)騎士が、いつも通りの場所にいた。つまり、アーシェは椅子(いす)に座っており、近衛(このえ)騎士は扉近くで立っている。


「散らかっていて申し訳ない」と、ブロムナー。「ここにあるのは全て、ビリー所長の所長室にあったものなんだ」

「所長室……?」


 アーシェがやっと(しゃべ)って、ブロムナーの方を見やった。


「彼はどうも、(えん)罪で死刑にした人間の身ぐるみを()いで、秘密裏に売り払っていたらしい。

 ただ、残った物や直近の物は、我々の監視の目があって、簡単に監獄所から持ちだせないはずだ…… だから、このように所長室に残っていたと言うわけだ」

「…………」


「さっそくで悪いんだが…… 君のお母様、ラニータ・レイナックの品物がここにあるかどうか、見てもらえないか?」

「…………」


「レイナック夫人に刑が執行されたかどうか、我々には直接、君に提示できる証拠や物証が無い。だからこそ、君が納得できるような確認方法が、これ以外に無いんだ」

「…………」

「――アーシェ」


 アランが柔らかい声音(こわね)で問いかけた。それで、彼女がピクリと反応する。


「怖いなら、見なくたっていい。ただ、母君の安否について俺たちに出来ることは、もうこれくらいしかない…… すまないが、理解してほしい」

「――見ます」


 アーシェが言って、立ちあがった。


「ここにある物が、所長室にあった全ての物品なんですよね?」

「ああ…… ただ、仕事の書類などは別のところにある。しかし、そちらはすでに目を通してあって、母君に関する新しい情報は何も無かった」

「じゃあ、遺品だけがここにあるのですね」

「そのはずだ……」


 アーシェが、運びこまれたらしい机や椅子(いす)の方へと移動した。そして、卓上に置かれてある、様々な被害者の遺品を手に取って見分し始める。


 アランもブロムナーも、近衛(このえ)騎士も、彼女の一挙手一投足を見守った。

 そんな中、彼女がある服の前で立ち止まる。それは、花 緑青 (りょくしょう)のコットと赤紫のシュールコーに、新しめの革の肘当てがしてあった。


 しばらく誰もが声を掛けずにいたが、アランが近付き、


「どうかしたか?」


 と、声を掛けた。


「これです……」


 アランが服の方へ視線を移す。花 緑青 (りょくしょう)がどこか、鮮やかに見えた。


「お母様の服です…… 間違いなく……」


 ゆっくり、アーシェの方へ視線を変えた。彼女は丁度、細く長い息を()いて、(まぶた)を閉じているところだった。


「――君、すまないが支配人へ事情を説明しに行ってくれないか?」


 近衛(このえ)騎士へ向きながら、アランが言った。騎士は了解し、ブロムナーも事後処理のために同行すると言って退室する。


 大きな部屋(へや)に、二人だけが残った。

 いくらか時間が()った頃、落ちつきを取り戻したのか、アーシェが(まぶた)をあげて、アランを見あげた。


「お母様は、どこに……?」

「もう、ロンデロント教会の共同墓地に埋葬されている」

「――そうですか」


「行ってみるか?」

「行ってみる……?」

「君の母君が眠る、共同墓地へ」


 沈黙が流れる。

 窓から差しこむ暖かい昼光(ちゅうこう)とは裏腹に、二人の時間は凍って止まっていた。

 不意に彼女がゆっくり視線を下ろし、「ダーレン・トリナームも同じところへ葬られますか?」と尋ねた。


「いや…… 恐らく、トリナーム家の墓に埋葬されるはずだ。身元がハッキリしているから」

「そうですか……」

「母君だけ、別のところになってしまって申し訳ない…… いくらなんでも、共同墓地を暴いてトリナーム家の墓へ入れかえると言うのは、俺たちでも無理なんだ」


「分かっています、そんなこと。私のような学の無い女でも分かりますから…… それよりも、服を変えたいです」

「服?」

「びしょ濡れで、疲れがあるのか気持ちが悪くて…… なんでも良いので、別のものに着替えさせてほしいのです」


「その前に、湯浴みをした方が良くないか?」

「湯浴み?」と返してすぐ、アーシェは苦笑い、「申し訳ありません、あとにします。今は湯浴みよりも、少し眠りたくて…… 着替えて眠らせてください」

「そうか…… 分かった。君が使っていた部屋(へや)へ行こう。案内するよ」


 二人は花 緑青 (りょくしょう)のコットと赤紫のシュールコーを残して、応接室から出た。そして、エントランスホールから階段を上り、二階にある客室の前に到着した。


「母君の遺品だが」と、立ち止まったアランが言った。「なるべく早く、君の手元へ返せるよう手配するよ」

「いえ、証拠品でしょうし、殿下の捜査にお役立てください」

「いや、しかし――」


「それから」と、遮るようにアーシェが続けた。「悪態をつき続けたことに対する(しょく)罪…… ぜひ、受けさせてください」

「別に気にしなくていい。俺たちも君を騙したり、失礼を働いたところがある。今となってはお互い様だろう?」


「そうはいきません。殿下に不敬を働きました。もし良ければ、殿下の手で私に何かしらの罰をお与えください。私は、どんなことでも従わせて頂きます」

「大袈裟(げさ)だぞ、アーシェ。不敬罪なんて、一体いつの時代の話だ?」


 アランが苦笑いつつ言った。続けて、


「しかし、どうしてもと言うなら…… そうだな、また捜査に協力してほしい」

「協力……?」

「君も知っているだろうが、まだ夫人を殺害した人間や、その協力者たちを全て逮捕し切れていない。そして、どうも俺は銃や諜報(ちょうほう)活動が苦手で…… いや、馬の扱いには少々自信があるんだが、それだけだとな……」


「――確かに」と言って、アーシェが苦笑った。「殿下は正直、捜査員に向いている方とは思えませんでした」


 彼女が意外にも可愛らしく笑みを浮かべるから、少し照れが入ったアランが、


「ブロムナーのようなことを言わないでくれよ……」


 と、(ほお)()いた。


「まぁ、とにかく…… 君を罰する気持ちなんて全くない。着替えはクローゼットにあるはずだから、着替えて、ゆっくりしてくれ。

 ただ、夕食前には地下水路で起こったことについて、調書を取る必要がある。そのとき、辛いかもしれないが、その目で見たことを全て話してほしい。――なんなら、少し時間を置いてからでも構わない。俺からの願いはそれだけだ」


「分かりました……」と言って、言葉を切ってから、「そうだ…… ベッドのシーツも汚してしまいますね…… 何から何まで、申し訳ありません」

「状況が状況だし、メイドがまた白くしてくれる。気にせず眠ってくれ」

「本当に、申し訳ありませんでした……」


 アーシェはそう言って表情を見せないよう深々と一礼すると、部屋(へや)の扉を開いて、中へと入っていった。

 それを見送ったアランが、一息ついてから歩き始める。

 ――どうせだから、ブロムナーたちが戻って来るまでのあいだ、執務室へ行って仕事を片付けよう。

 そう思って、廊下を歩きながら何気なくポケットに手を突っ込んだ。


「ん……?」


 右ポケットの中にある異物感に気付き、それを摘まみつつ、ポケットから手を出す。

 指先でつまむようにして持っていた異物は、指輪だった。


「これは……」


 ――そうか、受け取ってからずっとポケットへ入れっぱなしだった。

 アランはどうしようか迷った。

 すなわち、今すぐに彼女へ指輪を返すか、もう少しあとになってから渡すか……


 立ち止まって考えた挙げ句、証拠品と呼べる物でも無いし、忘れる前に渡しておいた方が無難だろうと結論付け、彼女の部屋(へや)へと(きびす)を返して歩いた。

 すると突然、ガタンと言う物音が薄っすらと聞こえてくる。

 片眉を釣りあげたアランが、少し早足で扉の前へと向かった。


「――アーシェ、どうした?」


 ノックしてから話しかけるも、返事が無い。

 不審に思ったアランが「入るぞ?」と言って、扉をあけた。


 そこには、ベッドの天蓋(てんがい)の柱から下に垂れたシーツに、首を吊ってぶら下がっているアーシェの姿があった。そして、彼女の足元には椅子(いす)が転がっている。


 目を見開いたアランが、


「アーシェッ!?」


 と言って駆けより、その小さな体を持ちあげ、これ以上、首が吊り下がらないようにした。


「誰か……!! 誰か来てくれッ!! 早くッ!!」


 アランの悲痛な叫び声とは裏腹に、窓から差しこむ(まばゆ)昼光(ちゅうこう)が二人を照らし、折り重なった濃い影を床と壁に映しだしていた。





―――― 第一章   了 ――――


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 なお、過去作をお読み頂くと、少しだけ本作の見方も変わります。

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