34 侵入
宿泊施設が施錠され、館内も暗闇と静けさに包まれた時間となる。
ほとんどの宿泊客が眠りについた頃、アランとアーシェの二人だけは、外へ出ていく準備を進めていた。
「準備はいいか?」
紺色の軽装に身を包んだアランがそう言うと、彼と似た服装をしたアーシェが頷きつつ、銃をホルダーへ入れた。
二人が部屋の明かりを完全に消してから、扉をあけて廊下を覗く。
廊下は明かりも無く、窓も鎧戸がしてあるから月明かりも無く、真っ暗と言って良いほどだった。
(殿下、私が先に行きます)
彼女はそう言うなり、廊下へとゆっくり出て行った。
ついで、アランが出て行く。
二人がダーレン・トリナームの宿泊している部屋を知ったのは、野次馬と変わらぬ、暇人の貴族たちのお陰であった。
夫人の屋敷の火事と併せ、アランから話を聞いた貴族夫人が、心配と言う名の好奇心で調べてくれたのだ。
さすがに部屋をあけさせると言う暴挙には至たらなかったが、それでも訪問まではしたようで、ノックしても反応が無かったと心配していた。
それから別の貴婦人が言うには、宿泊施設側がトリナーム夫人から、すでに相当金額を一括で受け取っており、誰も部屋に入れないと言う約束と、食事を運んでもらうと言う契約を結んでいたそうで、夫人はやっぱり中にいて、籠っている可能性が高いのでは、と言う、カメリアみたいな推理を廊下で披露してくれた。
とにかく部屋にいる、または、いたことだけは確かなので、二人は確信を持って、貴族の夫人が言っていた部屋の前までやって来る。
アーシェが腰の袋から道具入れを取りだし、音がしないように施錠を解き始める。
アランはそれが終わるまのあいだ、しきりに廊下の左右を見渡し、人影が無いか、あるいは誰かが覗き見ていないかを注意していた。
――カチッと、施錠が解かれる音が響く。
アランは胸が高鳴っていたが、アーシェは無表情で道具を手早く片付け、収納し、ホルダーから拳銃を取りだして、片手で扉をゆっくりあけていった。
ダーレンの部屋は、やはり真っ暗だった。
すでに入室したアーシェが、発光石の破片を入れた小さなカンテラを取りだす。
そのあいだにアランも部屋へと入り、扉をゆっくり慎重に閉じつつ、一息ついてから寝床のベッドを見やる。
アーシェが光を放つ小さなカンテラを手に、ベッドへ近付いていた。だから、ベッドの周囲がぼんやりと青白く浮かびあがっている。
「――いない」
「えっ?」
アランが驚いているあいだに、アーシェが掛け布団をめくる。布団の中には枕があった。
(いないのか……)と、アランが小声を出す。
(いつ出ていったのか、分かりますか?)
(分からない…… しかし、部屋に何か残っているかもしれないから、少し探してみよう)
アーシェが頷いた。
それから、二人は本物の泥棒さながらに、部屋の隅から隅まで家探しした。
衣類などを入れておくクローゼットの中には、いくつか服が置いてある。
(アーシェ、ちょっと来てくれ)
彼女が来たから、衣服がダーレンの物かどうか確認を促した。すると、やはりダーレンの物だと彼女は答えた。
(すると、ここに泊まっていたのは間違いないな)とアラン。
(服は全て確認したんですか?)
(あ、いや…… 君がしてくれないか)
アーシェが溜息まじりに、(殿下は他を探してください)と言って、クローゼットを探り始めた。
了解したアランが寝床の方へ移動しつつ、何気なく枕元を探った。
――なんだ? これは。
敷き布団と寝床の台座のあいだに何かが挟まっているのが見えたから、それを開いて、自分が腰にぶら下げていた発光石を取りあげて、照らしながら見やる。
(封筒……?)
まだ封をしていないため、アランはいそいで封筒から手紙を抜き取り、中を黙読した。
(――ドロッカーに宛てようとした手紙か)
中身は、自分の身が危険であり、もうこれ以上は宿泊施設にいられないと言うこと。以前にも話した隠れ家に向かっていると言うこと。それから、王冠が偽物であり、ムハクの生存情報も怪しく、逆に自分たちがムハクの組織の壊滅に一役買った裏切り者だと言うことになっている、と言う警鐘らしき一文。
そして……
(ビリー所長も、ここへ来ていたのか……)
手紙からすると、かなり前の日…… それこそ宿泊施設の到着日にビリーが来訪していたらしく、『彼に王冠を譲ってやった』とあった。
偽物とは言え、市役所の展示室に飾られ、仮にも鑑賞会で貴族の前に展示しようとしていた代物だから、王冠の装飾品などは本物か、偽物でも相当の細工がされた高級品のはずである。
その装飾品を王冠から外して、売却しようと目論んでいたのかもしれない……
(何か見つけたのですか?)
アーシェが尋ねるから、彼女へ手紙を手渡した。
黙読のあと、彼女は手紙をアランへ返しながら、
(我が主ながら、本当に卑しさと傲慢さの塊みたいな方……)
と、無表情で答えていた。
(そっちはどうだった?)
彼女が首を横に振る。だから一度、自分たちの部屋へ引き返そうと言うことになった。
緊迫と緊張の連続だった割に、随分とあっさり自室へ戻ってこられたのもあって、アランは安堵の他に多少の物足りなさを感じていた。すると、
「もっと刺激が欲しかったですか? 殿下」
と、アーシェが尋ねてくるものだから、
「いや、そうじゃない。少し呆気なかったなと思っただけだ」
「それが刺激不足と言うのでは?」
アーシェが悪そうな笑みを浮かべているから、アランは顔をしかめつつ、
「変なことを言うな」と、たしなめた。「それより、明日はどうする?」
「私はすでにお話しした通りです」
「トリナーム夫人の行き先…… おそらく隠れ家だろうが、見当が付いているのか?」
「いえ。だから探すのです」
アランが頭を掻いてから、少しして、
「じゃあ、まずは宿泊施設の中を探索してみないか?」
「探索……? 何をです」
アーシェが小首を傾げつつ、怪訝そうに見てきた。
「トリナーム夫人は部屋にいなかった。宿泊は間違いなくしているはずなのに。だとすると…… 宿泊施設にいる人間にバレず、外へ出たか、部屋の中に誰もいないことを、支配人を始めとする関係者が黙っていることになる。――そうだろ?」
「どちらにせよ、ここにはいないのですし、そんなことを知ったところで夫人の行方に繋がるとは思えませんが……」
「そうか? 人目に付かずに出ていったなら、変装しているはずだし、出て行ったことを知っているなら、それは支配人への事情聴取の理由付けとなる。ここへ捜査を入れるのは難しくても、事情聴取くらいなら容易いことだ。
それと、仮に変装していたなら、見つけるのも大変だと思うんだ。ロンデロントの領内はそれほど広くは無いが、かと言って、虱潰しに調べることが出来るほど狭いわけじゃない。場合によっては国外逃亡しているかもしれないし…… そうなると、余計にややこしいことになる」
アーシェはジッと、彼を見つめるだけで黙ったままだった。納得はしていないけれど、ロンデロント中を全て調べるのは確かに無理がありそうだとも思っているのだろう。
現に、ダーレンが宿泊施設に入ったのは三日か四日前で、そのあいだに抜け出したなら、国外へ出る時間はあったと言える。国外だと、さすがのアーシェも簡単には探しに行けない。
「――明日、俺は一度、領事館へ戻ろうと思っている」
「戻る……?」
「君の母君が、本当にレイナック家の人間かどうかの確認をするために、俺はベリンガールへ『ある物』を持たせた使者をつかわせた」
「何を持っていったのです?」
「それは、ここへ戻ったときに見せるよ。――いや、見せると言うのは適切じゃないな。君に返す」
「…………」
「領事館での報告を受けたあと、ビリーの監視や放火、殺人事件の担当をしてくれているブロムナーに報告して、それからここへ戻ってこようと思っている。そのとき、合流して一緒に探さないか?」
「では、そのあいだ、私は何をしていれば?」
「君は君で、ここを散策すればいいと思う。あくまで散策だ。そのあいだ、他の貴族やら要人やらに声を掛けられるかもしれないが…… 今日の君の振る舞いを見るに、一人で対応しても問題なさそうだしな」
「随分と悠長なことを考えていらっしゃるのですね?」
「明後日はここを出て、ビリー所長のところへ向かうんだ。忙しくなる前に、終わらせられるものは終わらせておこうと思う。それに、トリナーム夫人は間違いなくここにいたわけだし、散策でも何か情報が得られるかもしれないだろ?」
アーシェは答えずに黙っていた。
この言い方だと、ダーレンは見つからないだろうと言っているようなものだが、現に、追うための手掛かりが一切ないわけで、彼女もそれは充分に承知しているはずである。
結局、アランのこの考えは当たっていたようで、アーシェは仕方なく、提案に乗ることを受けいれたのだった。




