30 つながる案内冊子の謎
「ひとまず」と、引き取るブロムナー。「トリナーム夫人の件も含めて、私からの報告は置いておきましょう。次は殿下が持ち帰ってきた物証について、教えて頂けませんか?」
「ああ、そうだったな…… 分かった、説明しよう」
こう答えたアランが、今に至るまでの出来事を掻いつまんで話した。具体的には、アーシェを追ってダーレンの屋敷へ入ったところから始めて、机の上に置かれてあった様々な権利書に、エルエッサムのスーズリオン学園、エルエッサム博物館の案内冊子があったこと、やはりマードックの株式が存在したことについて話した。
「なるほど」と、顎をさすりながらブロムナーが納得する。「彼女が殿下を油断させるため、部屋にあった金庫を破ったが、それが返って良い結果を生みだしたわけですか」
「こちらは気が気じゃなかったがな……」
そう言って、アランが横目を使ってアーシェを見やる。彼女はまだ、遺言状へ視線を落としていた。
ブロムナーは「失礼します」と言い、アランとアーシェのあいだに割って入って、卓上の権利書を両手でそれぞれ拾いあげ、逐一、黙読をしている様子だった。
「なるほど」と彼は言う。「一部とは言え、内容的には充分ですね」
「どうやら、マードック社の主な取引相手は、スーズリオン学園らしい」
「ええ、そのようです」と、決算書を見たブロムナーが言った。
「それから、スーズリオン学園の案内冊子もあった。――アーシェ、これは君が置いたわけでは無いだろ?」
アランが尋ねても、アーシェは遺言状を見降ろしたままだった。だから、
「アーシェ?」と、彼女の小さな肩を揺らす。
ハッとした彼女が、「なんです……?」と、驚いた顔をして言っていた。
「――夫人の部屋の金庫、君があけたんだろう?」
「…………」
「別にそれはいいんだ。金庫の中に、学園の案内冊子が入っていたのか? それとも、机の上に元々置いてあったのか? どっちだ?」
しばらく彼女は答えず、ジッとアランを見つめていた。
「頼む、教えてくれ」
「――机の上、だったかも」
「ありがとう」
少し口角をあげて答えたアランが、あげた口角を元に戻してブロムナーの方を見やった。
「お前は案内冊子について、どう思う?」
「この一件だけなら、会社の主要な取引相手と言う認識で済ませていそうですが…… そうですね、さすがに色々と関係がありそうです」
ブロムナーが濁すようにこう言ったのは、アーシェがいるからで、『関係』とは他でも無い、ラニータとアーシェが暮らしていた小屋で見つけた、学園案内の冊子との関係性であった。
アランも彼の留意には気付いているため、
「どうする? そちらも調べてみるか?」と尋ねる。
「いえ、今はロンデロントの中に人員を割くべきかと。新たに襲撃犯が現れましたので」
「確かにそうだな……」
少し間があいた。
アランやブロムナー、近衛騎士が何かを話し出す前に、アーシェが「あの」と口を開く。
だから、三人が彼女を見やった。
「スーズリオン学園って…… エルエッサムと言う国にあるんですか?」
ブロムナーや近衛騎士が怪訝な表情を浮かべ、アランだけが真面目な顔で、
「ああ、そうだ」と答えた。
「何か気になることでもあるのか?」
「…………」
「教えてくれ。さっきの俺たちの会話を聞いていただろ? 今はどんな些細なことでも、重要な情報となるんだ」
全員がしばらくアーシェの発言を待った。
彼女は意を決したように話しだす。
「私が逮捕される直前、お母様がエルエッサムと学校について語っていました。私に色々と学んでほしいと……」
アランは、やっと彼女が本当のことを言ってくれた気がした。
嬉しい気持ちが湧くのを抑えつつ、彼が続けて言った。
「博物館のことは言ってなかったのか?」
「それについては何も…… ただ、あなたたちの会話を聞いていたら、私もエルエッサムと言う場所が気になってきたんです」
どうやら、彼女は母親が自分に話した学校と、今回の一連の出来事が気になってきたらしい。それを知るために話を切り出してくれたのだろう。
アランが答える前にブロムナーが、
「確定はしていませんが」と言ってくれた。「トリナーム夫人の寝室に、博物館と学園の冊子が置いてあったわけで、あなたの母親とは無関係、と言うにはあまりにも偶然が重なっていると言えますね」
「――覚えてないか?」とアラン。「君が住んでいた家に、案内の冊子が置いていたことを」
「私の記憶にはありませんけど、お二人の話しぶりから察するに、どうせ私たちの家に侵入して、その冊子とか言うのを見つけたのですね?」
さすがに勘付かれていた…… アランがそう思っていると、鋭い視線をアーシェが送りつつ、アランへ「図星ですね」と語っていた。
「緊急事態でしたので」
ブロムナーが口を挟む。
「あなたの想像通り、我々は以前、一度だけトリナーム夫人の屋敷へ行き、そのとき手始めにラニータさんとあなたが暮らす小屋にお邪魔させて頂きました」
アーシェの表情が引き締まる。
「そのときには、トリナーム夫人は宿泊施設に移動したあとで、ラニータさんも不在でした。ついでに言うと、警備兵か見回りの衛兵に邪魔され、夫人の屋敷に侵入が出来ず、結局は夫人が宿を出るのを待つ形となった…… と、こう言うわけです」
「それがあなたたち、特務機関とか言う人たちのやり方だもんね」
「正直、この程度のことで数多くの人命を救い、争い事を防げるなら安い罪です。あなただって現に、母親の命のために貴金属を盗むことを厭わなかったのでしょう?」
「でも、お母様はもういない…… そうなんでしょ?」
重苦しい沈黙が、一気に流れる。
彼女は特段、何も変わらぬ様子でいたが、アランには、トリナーム夫人の部屋で見せた冷たい表情と雰囲気が出ているように見えた。
フッと、視線に気付いてブロムナーへ目配せする。
彼はずっとこちらを見ていたらしかった。
すぐ視線を戻したアランが、少ししてからアーシェへ、
「俺はまだ、この目でちゃんと確認していない。そのことは、屋敷でも伝えた通りだ」
と言ってから、ブロムナーに向けて「そうだろ?」と言った。
「――まぁ、そうですね」
溜息まじりにブロムナーが答えた。そうしてアーシェを見やった。
「私も報告を受けただけで、この目で見てはいません。それに、どういう状況だったのか、今のところ詳細も分かっていませんね」
――どうやら、さすがの彼もアランに合わせてくれたようだ。普段だったら、独居房で自殺したのだからとか、なんとか言っているところだろう。
「その報告した人は」低い声音でアーシェが言った。「どこでお母様を見つけたって言った?」
「新聞にある通り、監獄所のようです」
「監獄所のどこ?」
「おそらく、独居房の中かと」
「――本当にお母様なのか、私が確認したい」
「勿論、そうして頂きたい。今ならまだ、監獄所の中に痕跡がいくつか残っている可能性が高いので。ただ、正式な手続きを踏んだのもあって、監獄所へ行くのは明後日の昼にして頂く」
「もし、彼が逃げてしまったら…… 私も捜索に参加していい?」
「構いませんが、一つだけ注意点があります」
「何?」
「生け捕りが条件です。それが出来そうにない場合、あなたには待っていてもらう他無い。いかなる理不尽があったとしても、我が国の法律は私刑を一切、許容しません。――刑法の本質は被害者からの報復を止めるため、加害者を一時的に保護することが目的なので」
さすがに、アーシェが考えていたことを読んでいたらしい。
アランは心中で良くやったと思いつつ、
「とにかく、明後日が本番と言うことだ」と言った。
そこへ扉のノックが聞こえてくる。
「どうぞ」
ブロムナーが答えると、革の鞄を肩から下げている捜査員が入ってきた。
「失礼します」
「ご苦労様」とアラン。「何かあったのか?」
「ネイド邸とドロッカー邸、およびトリナーム邸の消火活動が完了しました」
「焼け残った物証はあったか?」
ブロムナーが尋ねると、捜査員は彼の方を向いて、
「焼け残った物は色々と見つかったのですが、おそらく、これが一番の物ではないかと思い、ここへお持ちしました」
と言って、机の方へ近付いて鞄を開いた。そうして、高さが物差しほど、幅や奥行きが大きめのコースター、あるいは小壺くらいある、意匠が施された鉄筒を取りだす。
「なんだ、それは……?」
近衛騎士が目を丸くして、つい言葉を漏らした。
捜査員が彼だけでなく、全員に分かるような声量で、
「おそらく、調度品も兼ねた『貯金箱』かと思われます。この頭にある穴が硬貨の入り口かと」
「貯金箱?」とアラン。「ドロッカーさんは、貯金箱なんて何に使っていたんだ?」
「小銭を貯めたのでしょう、普通なら」とブロムナー。
アランが文句を言う前に、「どこで見つけた?」と捜査員に尋ねた。
「正直、場所の特定は不可能でした。焼けた灰の中から見つけたので。ただ、状態から見て燃えにくい場所に置いてあったようで、このように、ほぼ無傷の状態で発見できました」
「なるほど。――で? この貯金箱にはどんな秘密があるんだ?」
「どうも、お金以外を貯めていたように思えたので、直接調べてもらった方が早いと判断し、お持ちしました」
「ほう」と、ブロムナーが彼に近付き、貯金箱を持ちあげ、それを上下や左右に振った。妙に鈍い音や、軽い音が響いてくる。
「ふむ…… 確かに硬化ではない。もっと大きな何かが入っていそうだ……」
「あけられそうか?」
アランが尋ねると、彼は筒を色々な角度から見やり、
「ここに鍵穴がありますね」と、指を差す。筒の上側で、蓋の下側に当たる部分だった。
「アーシェさん、お願いしても?」
「あなたがやったらいいじゃない」
「この手の作業は、一番うまい人に任せるに限る。――騎士、彼女へ道具を貸してやってくれ」
近衛騎士が頷きつつ、「了解です」と答えた。




