27 襲撃
「一階か?!」
爆発に驚いたアランが、傍にいるアーシェへ言った。
「――殿下。この場合、敵らしき人間を撃ったらどうなります?」
一瞬、アランは彼女が何を言っているのか理解できなかった。が、すぐに、爆破や発泡をしてきた相手のことを言っていると分かって、
「正当防衛だが、出来るだけ逮捕したい!」――その方が情報を得られるはずだ。
「保障し兼ねるけど、善処はします」
そう言って、アーシェが手の平を上向きにして、差しだしてきた。
「な、なんだ……?」
「持っている弾を全てください」
「君がやるつもりなのか?」
「お言葉ですけど、殿下よりは絶対に上だと言う自負があります」
少々ムッとする言い方をされたが、実際、射撃は兄のドーラと違って全然なので、ベルトのポーチに入っていた弾を手の平へ流し出し、鷲掴みにしてから、アーシェの手の平へと落とした。十数個はあって、そのうち数個が床に落ちた。
彼女がポケットへ弾をねじ込んで、すぐさま廊下の先に向かって二発ほど銃弾を撃ちこむ。そのすぐあと、床の弾を拾いあげてポケットへ入れた。
「片付くまで、私の傍には近寄らないでください」
そう言ったアーシェが廊下に素早く出て、また発砲した。それからしばらく撃ちあいが続いたあと、彼女が先の方へと進んでいく。
サーベルを抜いていたアランが、距離を保ちながら彼女の背中を追う。
廊下に出ると、アーシェは階段近くの柱に身を隠し、片膝を付いて姿勢を低くしつつ、階段の踊り場へ銃口を向けていた。
これ以上は近付かない方が良いと判断したアランは、壁と手すりの境目くらいから、そっと下を覗きこむ。
――襲撃犯は男だと勝手に思っていたが、一人はどうも女らしく、負傷しているのか、踊り場の隅で倒れていた。そしてもう一人は男で、右手に持った何かを放り投げようとしているのが見えた。
「アーシェッ! 逃げろッ!」
と叫んだ頃には、敵が持っていた物――爆発物が宙を舞っていた。が、アーシェがそれを撃ちぬき、彼女に到達する遥か手前で爆発した。
爆発範囲は小さいものの、その衝撃は大きく、アランは左腕で顔を覆って、風圧にグラつく体を踏ん張りで支える。
数秒後、アランが腕を下げた。
アーシェは片膝をついた姿勢のまま、微動だにせずにいる。
爆風のせいなのか、一階の火元から流れてくる煙のせいなのか分からないが、先ほどよりも周囲が煙たくなって、視界が悪い。
「大丈夫か、アーシェ!」
彼がこう呼びかけると、急に彼女が、踊り場に向かって銃を数発、撃った。そうして、立ちあがるとすぐさま駆け足で階段を降りていく。
慌ててアランが追った。
彼女は踊り場にいて、壁に凭れ掛かっている男に銃口を向けている。彼は肩を抑え、足元もフラフラしていた。爆風で壁か何かに吹っ飛んで、体を強く打っていたらしい。一方で、床に倒れ込んでいる女性は足を抑えていて、血が出ているのが見える。アーシェの銃で撃ちぬかれたのだろう。
「――どうします?」
アーシェが背を向けたまま言った。
「よくやった…… とにかく逮捕する」
そう言ったアランは、ベルトの別ポーチに入っていた、手錠に取りつける縄を取りだす。そして、まずは床に伏している女性の両手を背中へ回し、捕縛した。
次に、男に近付いて壁に向くよう指示する。油断しないよう、彼にサーベルを突きつけながら近づいた。
「よし……!」
両手に手錠を掛け終えたアランが、思わず口に出す。
「お前たちには訊きたいことが山ほどある。とにかく放火と殺人未遂、それから武器の不当所持で逮捕だ」
「外に出られると思ってるのか?」
顔だけ向けた男が、口角をあげつつ言った。
「いいからさっさと歩け。裏口は階段を降りて左の方だ」
アランがこう言うと、また爆発音が聞こえ、床が揺れた。そして瞬く間に煙が廊下や階段を通過していき、そのあとには、一階の廊下に炎が走る。
さっきまで煙たいだけの階段の向こうが、赤々と燃え盛る炎の壁となっていた。火の回り方が普通ではないから、あらかじめ一階の廊下や部屋に火薬をバラまいていたに違いない。
幸いなのは、屋敷が木造だけでなく、石造も含まれた折衷の建造物だったことだ。
「クソ……!」
「お前たちはここで、俺たちと死ぬんだよ……!」
「言えッ! 誰の差し金でこんなことをしたッ!」
「殿下」とアーシェ。「まずは二階へ。ここだと持たない」
舌打ちしたアランが、手錠をつかんで男を無理やり歩かせた。
先ほどまでいた、トリナーム夫人の部屋へ連れてきて、アーシェに男を監視するよう伝える。
それから、急いで踊り場へ戻り、女性を担いでトリナーム夫人の部屋へ持っていった。
ベッドの掛け布団を扉の下に詰め、煙が入ってこないようにして、最初から鎧戸が開いていた窓をあけ放って、部屋に侵入した煙を外へ逃がす。が、一階からも煙があがっていて、あまり効果を実感できなかった。
「オォ~イッ!! 誰か~ッ!!」
アランが外へ、大声を出す。
彼の背中をジッと見ていた男が突然、
「死ねッ! 国敵めえぇッ!!」
と叫び、アラン目掛けて走りながら体当たりを試みた。
アランが振り返る。
銃声がし、男が頭から床へ突っ込んだ。
うめき声のあと、少しして、彼の足首から血が滲んでくる。
「油断しないでって言いましたよね? これは殿下に責任がありますから」
アーシェがそう言った。
彼女が構える銃口からは、煙が出ている。
「わ、悪かった…… ありがとう」
『殿下アァ~ッ……!!』
外から、捜査員らしき男の声がしてくる。
『救助はとても無理です……!! どうにか外へ退避を……!!』
「やはりそうなるか……」
窓の外を見ながら、アランが言った。
「――殿下」
アーシェの呼びかけに、アランが振り返る。
「この女性に使った縄、頑丈?」
「縄?」と言って、女性の両手を拘束するのに使った縄を見やる。アーシェが、縄の長さが余っている部分を持ちあげていた。
「触った感じ、かなり頑丈そう……」
「本来は手錠に付けて、犯人を連行するのに使うものだから…… 確かに、普通の縄よりも頑丈に出来てはいるが……」
「殿下は、さすがに私よりも力持ちですよね?」
「え? 力持ちって…… 何を言っている?」
「どうなんです? 私よりも非力ですか?」
「さ、さすがに力くらいはある…… はずだ」
アーシェが溜息を吐きながら「頼りない…… けど、仕方ないですね」と言って、「縄を使って下へおりましょう」と続けた。
「しかし、どうやって? 長さもギリギリだし、窓際に括りつけられるところなんか無いぞ?」
「まず、私が先におります」
「君が?」
「そのあと、襲撃者の二人の胴体を縄に括りつけて、窓枠へ縄を付けながら、滑車付きの荷台みたいに下ろしましょう。最後に殿下が、そこの執務机を窓際に寄せて、縄を括りつけて下りる…… どうですか?」
アランが執務机を見やる。
――確かに、机は普通の物より重そうだし、かと言って、ベッドのように動かせないほど重くも無さそうだ。そして、窓際に寄せて支えにしておけば、かなり安全に下へおりられる気がする。
何より、アレコレと考えている時間は無い。
「分かった、そうしよう」
「――信じるんですね」
「時間が無い。滑車のように下ろすにしろ、机を動かすにしろ、俺の方が適任だろう」
「じゃあ、まずは彼女の縄を解いて。足を怪我してるけど、襲ってくる心配はしておいた方がいい」
アランは頷き、女性の近くへ行って、手早く縄を解いた。一方のアーシェはベッドの方にいて、シーツをつかんでいた。
「それも使うのか?」
「念のため」
アランが、縄の片方をアーシェに手渡す。彼女は片腕に縄を巻き、縛り付けた。そうしてシーツを腰に巻き、窓際へ寄る。
「何かあったら、さっさと縄を手放してください」
「悪いが、断る」と言って、アランも窓際に寄って、片足の裏を壁にくっ付ける。そして、縄を右二の腕の肘側で結び、前腕に絡ませるようにして持った。
「なら、死んでも恨まないで」
「ああ、それは約束する」
彼と繋がった縄を握りしめたアーシェが、窓際をまたがり、そのまま足を宙へ浮かせた。
アランが腰を落としつつ、彼女の体重を支える。
縄が張って、窓際に強く掛かった。
アランは少しずつ、されど遅くなり過ぎないように、つかんでいる縄を滑らせ、送っていく。
しばらくすると、フッと重さを感じなくなった。
アランが窓の下を見やる。
アーシェが自分に付けていた縄を解いていて、解いたあと、彼女が手を振って応えていた。
アランが急いで縄を回収し、今度は倒れている男性の胴体へ、縄を括りつける。彼は色々な罵詈雑言を口にしていたが、アランにはそれを聞いている余裕が無く、何を言っているのか理解もしていなかった。
彼を担いで窓際まで行き、彼がまだ何か言っている途中で、窓から落とす。無論、縄をつかみ、足裏を壁につけて、ゆっくりズルズルと落下していくように調節していた。
そこへ不意に、女の甲高い叫び声がしてくる。
倒れていた女の方を素早く見やると、そこにはもう彼女はいなくて、這いながら近くまで来ていた。
「殺してやる……!」
「アーシェッ! 男の位置は?!」
『まだ半分ッ……!』
あと半分もあるのか、と言う前に、女が足元につかみ掛かってきた。
「おい、やめろッ! お前の仲間を下ろしてるんだぞッ!?」
「我れ|等≪ら≫が|秋分≪しゅうぶん≫のためにッ!!」
女が、アランの腰に差してあったサーベルに手を掛けた。
「クッ!!」
アランは縄を括りつけている右手一本だけで、男の体重を支え、自由になった左手で、左腰にあるサーベルの柄に手を伸ばし、女が持つのを阻止した。
そして、彼女の手首をつかむと、引っ張って態勢を崩し、その顔面へ裏拳を打った。
女が吹っ飛んで、今度は仰向けに倒れる。同時に、アランの態勢も悪くなって、縄が一気に手元から滑っていった。
「待て待てッ!!」
と、声を詰まらせながら独り言を叫び、左手を縄つかみに再び参加させる。
女に注意を向けながら、これ以上、男が下がらないようにと縄の張力を保っていると、一気に軽くなり、後ろへ尻もちを突いた。
「ハァハァ、フゥ……! なんて奴だ……!」
こう悪態をついたアランは、窓際へ寄って、
「アーシェッ! 手錠を縄に括りつけてくれッ!!」
と怒鳴った。
『鍵が無い……!』
――畜生、そうだった。
アランは苦々しそうに顔をしかめ、「女は両手が自由だッ! 注意しろッ!!」と言った。
すると、アーシェの近くに近衛騎士と捜査員がやって来るのが見えた。数にして三人。きっと騒ぎを知って、こちらにやって来たのだろう。
「アーシェの件はあとだッ!! いいなッ!! 協力しろッ!!」
近付いた騎士に大声で呼びかけてから、縄を手早く回収し、女の近くへよって、まずは両手を縄で簡単に引っかけた。それから胴体に縄を回し通して、担いで窓際から下ろす。
下ろした瞬間に右腕が引っ張られ、千切れそうな思いをするが、先ほどの男と違って軽いため、なんとか踏ん張れた。
『殿下ッ……! もう大丈夫ですッ……!』
窓の外から近衛騎士の声がしてくる。そして、一気に縄が軽くなった。
――やっと自分の番か。
疲れた顔でそう思った彼は、額の汗をぬぐった。
フッと我に返ると、部屋は灰色の煙で充満しつつあり、窓の外へどんどん流れていた。
思わず咳込んで、身を屈める。下はまだ煙がマシだったので、そこで息を整えてから、執務机のところへ移動する。
机を引っ張ったり押したりしながら、窓際になんとか移動させ、卓上にある色々な資料に目を向ける。
――一部は懐へ入れたとは言え、他にもまだまだある。だが、全て持ち帰ることは出来ないし、窓に投げ捨てても散乱する上に、権利書も混ざっているから、誰かに拾われて情報漏洩…… と言う可能性もある。
仕方が無いから、学園と博物館の冊子だけ外へ投げ、右腕へ縛っていた縄を解いて、机の脚に括りつけた。
よし…… これで脱出だ。
そう思いながら縄を握り締め、窓から自分の体を外へ出し、外壁に両足の裏を付けつつ、ゆっくり下へ下りて行く。
一階の窓や隙間から昇ってきているであろう煙にいぶされながら、徐々に地面へ近付くアラン。
半分ほど下りたとき、急に彼の右腕が痙攣し始めた。
痛みに顔をゆがませながら、なんとか耐えて下りようとする。が、ついに握力が無くなり、左手一本だけで縄をつかむ状態となった。
「殿下ッ……!!」
下から騎士や捜査員の声がする。
なんとか右手で縄をつかもうとするも、やはり握力が無くなっており、左手も耐え切れず、縄から滑り落ちるように離れてしまった。




