24 ビリー所長への包囲網
「いったい、どういうことだ?」
アランが険しい表情のまま尋ねた。
「この方々が集まった経緯は不明です」とブロムナー。「しかし、少なくとも『マードック』と呼ばれる会社の出資者に、今回の事件の被疑者や被害者が名を連ねている…… これは、偶然と言って良いのか分かりかねます」
「――他の会社へは出資してるのか?」
「その疑問が生まれると思いまして、併せて調べさせました。
エルエッサムの新興企業は現在、『ギルド連合』へ登録されることになっています。そして、アル・ファームからの出資者がいる場合、双方で出資に関する記録が保管される取り決めとなっています。
ロンデロントは自治区ですから、出資に関しては自治区内で記録と保管がおこなわれます。そして、これがロンデロント内における、エルエッサム企業への出資に関する記録です」
そう言って、ブロムナーが鞄をあけ、中から分厚い紙束を取りだし、アランへ手渡した。
「中身を全て確認する必要はありませんが」と彼は続ける。「気になるなら、あとで目を通してください。要点だけ言いますと、今回の件に関わっている人間が全員、出資者として参加している企業は、全部で五社に及びます」
「じゃあ、偶然にもマードックとやらに出資者として、たまたま名簿に並んだわけではないんだな?」
「ビリー所長だけは除外すべきですが、他は間違いないかと。――つまり、殺された方々を含め、意図的に集まって出資をしていたことになります」
「ちょっと待て」と、額を小突く。「さっき言った五つの出資先は、全て錬金関連の企業なのか?」
「冴えていますね。お渡しした資料を見れば分かりますが、エルエッサムの錬金事業に関連した企業へ、各々が出資をしています。中には、今回の関係者以外、他の出資者がいない企業もあります」
「なるほど…… エルエッサムの錬金事業に接点があったとは……」
「ただ、新しい疑問が生まれました。出資者として協力関係にあった方々が、なぜ殺されているのかです」
「仲間割れか?」
「その線はあり得ないかと。仲間割れにしては、殺害された人間の数が多すぎます。疑惑の死刑を含めると、十二人にのぼりますから」
「とんでもない数だ……」
「全くです。――とにかく、私はこう考えました」
ブロムナーがまた眼鏡を触った。
「かねてから推理していた、黒幕の存在…… その黒幕が、錬金事業にも手を出しているのではないかと」
「邪魔になったから殺した?」
「なぜ、ここまでの規模で犯行を重ねているのかは未だに不明です。ただ、やはりビリー所長は黒幕側に引き込まれた人間の一人で、ひょっとすると…… これは完全に個人的な憶測ですが、ひょっとすると、トリナーム夫人はその黒幕から逃げているのではないか? と言うことです」
アランは視線を落とし、少しのあいだ思考を巡らせる。
――ブロムナーが言うことは、あり得ると思えた。何かを恐れたダーレンが、屋敷から出ていって宿泊施設に引きこもっている可能性は充分にあり得るからだ。
しかし、それだと『王冠の窃盗』を決行した理由が分からない。もしかすると、こちらが勘違いしているだけなのかもしれない…… だが、アーシェを窃盗犯として動かせるのは、アーシェの母親かダーレンしかいない。
アランがこのことをブロムナーに伝えると、彼は両腕を組んで、
「私もそこが気になっています」
と答えた。
「正直、彼女の母親が窃盗を指示したとは思えません。まず、迎賓館で鑑賞会がおこなわれると言う情報を知る術が無い。次に、治療費の工面なら王冠のような危険な代物より、もっと一般的で換金性の高い貴金属を狙う方が、都合が良い。それこそ、アーシェさんが過去にやった可能性が高い、貴族からの貴金属類の窃盗が良い例です。
そして何より、ドロッカーのメモの断片から推察するに、彼女の窃盗はネイド殺害の件と組み合わせて考えられていたように感じられます」
「ネイドさんを殺すために窃盗を指示した場合、やはりトリナーム夫人が絡んでいると考える方が自然か……」
「今までの傾向からすると、トリナーム夫人やドロッカーが殺害される可能性は高いと思われます。部下に指示を出し、二名の保護目的で接触を試みるよう指示を出してあります。じきに合流できるかと」
「アーシェとは会わせないようにした方が良さそうだ。二人がゴネると面倒なことになる」
「そこも配慮しております。夫人たちは隣の領事館へ案内する予定です」
「なら、どうにかなりそうか……」
「待っているあいだ、もう一点の報告を。――ラニータさんのことです」
アランが襟元に人差し指を突っ込んで、くつろげた。
「結論から申しますと、手遅れでした」
「しかし、なぜだ……?」
「順を追って説明します。
まず、我々がカメリアさんから手紙を受け取った時点では、まだ逮捕されていませんでした。それから数日後、我々が監獄所からアーシェさんを引き取った日の夜、身柄を拘束されていたようです」
「四日ほど前か…… 罪状はなんだ?」
「王冠の盗難に関わることだとか。詳細は、これから準備する報告書をご覧ください。ただ、間違いなく冤罪でしょう」
「クソ、またか……!」と、アランが吐き捨てるように言った。
「ここからが私の…… いえ、我々の予想と違う点だと思われますが、裁判は昨日おこなわれたそうで、やはり死刑判決が下されたようです。そして死刑執行は今日、おこなわれる予定でした。しかし、実際には中止となっています」
「中止?」
「彼女が独居房で自殺したからです」
「自殺だって?」
「正確な死亡日時はまだ調査中ですが、検査官の話では、昨日の晩から今日の未明に掛けてだそうです。死因は、脱いだ衣服を紐代わりに使った窒息死…… つまり、首吊り自殺のようです」
「しかし、どうやって? 吊せるところなんて無いだろ? 他殺じゃないのか?」
「扉の小窓に付いている鉄格子を使ったようです。看守に気付かれずに衣服を括りつければ、あとは鉄格子から離れるように体重を掛けるだけかと…… ちなみに、現場検証を担当した人間は、監獄所や警備兵とは別の管轄です。ビリーや他の関係者と繋がりがあるとは考えにくいと思われます」
「なら……! あの記事は、誰がなんの目的で出したんだ!」
「大手の記者に事情聴取をしたところ、情報源は明かせないが、監獄所の関係者だと言うことは、話から察することが出来ました。私の予想ですが、おそらくビリー所長とその関係者が記事を書かせたのではないかと」
「だから、なぜ書かせた? 相手はもう死んでいたんだぞ!」
「落ち着いてください、殿下。普段ならさすがに気付かれる部分でさえ、見逃している」
アランは黙った。そして、なぜビリー所長が記事を書かせたのか考える。
「――死刑の前に自殺したんだったな?」
「そうのようです」
「通常の捜査も入った」
「第一発見者の看守はもとい、ビリー所長の息が掛かっていない衛兵や刑吏などにも目撃されたことでしょう。最終的にはこちら側と言って良い検査官も入っています」
「だったら、容疑者を死なせてしまったわけだから、あの監獄所の不手際と言える。いずれ総監督の耳にも入り、責任追及は免れない」
「その通り」と言って、ブロムナーが眼鏡を触った。「自殺はビリー所長の算段には入って無かったはず。アーシェさんのときもそうですが、独居房に入っている人間はまず裁判を待つ。
だが、なぜか勝手に裁判が終わっており、被疑者は何も出来ぬまま死刑を執行される…… これが彼らの、通常の流れだったはず。しかし、今回は執行前に被疑者が死んでいて、それを第三者の人間に目撃され、騒ぎも大きくなった……」
「当然、あいつは責任追及を恐れ、事態を収束させようと考える。そうすると、ますます報道機関を使った理由が分からない。責任逃れが難しくなるだけじゃないか」
「想像ですが、他の誰かが流したのではないかと思うのです」
「あいつの悪行を知らせるためか?」
「そうかもしれませんし、別の目的があるのかもしれません」
「なんだ? その目的とは」
「彼は金銭に執着する人間です。ターネバーで誰かと打ち合わせしていたと言う考えも、完全には否定し切れませんが、仮に誰かと打ち合わせをするなら、それこそ所長室でおこなった方が良いでしょう。所長の客人としてなら、相手が貴族でも実業家でも役人でも、別に怪しまれずに所長室へ案内できるでしょうし」
「そうだな……」
「ターネバーの入店許可証なんかを持っていたのは、単に自分が使うためで、支払いも、誰かに用意させたものである可能性が高いと思うのです」
「不当な死刑に従事する一方で、それらを脅迫の材料にも使っていたと言うわけか?」
「脅迫があったか定かではありませんが、協力の見返りはかなり貰っていると考えています。報酬は株式や入店許可証、あとは貴金属など。特に貴金属は、投獄され、処刑された貴族たちが身に着けていた物かもしれません」
アランは自然に拳を握り締めていた。
「とにかく、それを良く思わなくなった仲間か協力者の一人が、ビリー所長を貶めるために報道機関へ情報を流した可能性があります。しかもその人物は、ラニータさんが不当に逮捕され、その後、自殺したことも知っていたはずです」
「むしろ、その人物がビリー所長を貶めるために、ラニータ様を殺したとは考えられないのか? 本当に自殺と断定して大丈夫なのか?」
「他殺とするなら、あの監獄所へ入ったあと、誰にもバレずにラニータさんの独居房へ侵入し、殺害後に独居房に鍵を掛けて出なければなりません。ビリー所長が殺したなら、その方法も考えられなくありませんが…… 彼の場合、大人しく死刑を執行した方が安全かつ安心では無いでしょうか? 疑われる危険性だって少ないはず」
沈黙が流れたあと、アランが目つき鋭く、
「ブロムナー」
と、重々しく言った。
「今すぐに監獄所の強制捜査を準備しろ。奴が何かしらの証拠を破棄する前に」
「いっそ、正式な捜査手続きを踏みませんか? 奴に逃げる機会があると思わせるのです」
「――どうするつもりだ?」
「殿下が特務機関に所属する際、資料や報告書の処分について説明を受けていたのを思い出してください。我が国の公的機関は、一定の部署に限り、ゴミの管理を専門部署でおこなうことになっています」
「確か、回収する人間や処分する専門の人間がいるんだったな?」と言って、アランがハッとする。「ここの監獄所もそうなのか?」
「そもそもの話、情報管理のために国の法律として定められた決め事で、どこであろうともゴミの処分に関わる管理はなされています。
紙類でさえ裁断が禁止され、重要な書類が混ざっていないかの確認作業が入ります。そして、ゴミ焼却も然るべき場所でおこなわれる…… つまり、公的機関では何かを処分するにしても、一手間、二手間と掛かるようにしてあるのです」
「だとすると、所長室に何かがあった場合、それらを持ち出して処分するしかない…… だから、逃げる機会を与えると言うわけか?」
「もし、所長室に危ない物を保管しているなら、それは外部からこっそり持ち込んだと言うことになります。だったら、同じようにこっそり持ち出すことも可能ではないでしょうか?」
「――では、今からあの監獄所の全面的な監査、および捜査をおこなおう。すぐに手続きを開始してくれ」
ブロムナーが眼鏡を触りつつ言葉を発しようとしたとき、唐突に扉が開かれた。
驚いた二人が振り返ると、領事館の外を警護している衛兵が、両手を両膝に付け、息を整えているところだった。
「なんだ? どうした?」とアラン。
「殿下、ブロムナーさん……!」
彼は随分と息を切らせていた。だから、ブロムナーが落ち着くよう宥めて、ゆっくり話をするよう促す。
「大変です…… あの少女が馬を盗んで、外へと出ていきました……!」
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