23 分からない未来と、分かっていた結末
昼食を終えたアランとアーシェが、フィゴンと案内役の男性、少年の三人に見送られる形で、料理店をあとにした。
食事中も馬車に乗ったあとも、アーシェは疲れたような顔をしていて、車内が揺れ始めたとき、ついに溜息を漏らした。
その態度があまりにも子供っぽいから、アランはついつい笑みをこぼして、
「お疲れか?」
と言った。
「疲れない方がおかしい……」
「だが、美味しかったろう?」
「味なんて覚えてない…… 屋台の方が気楽でいい……」
「まぁ、そう言うな。近いうちにベリンガールの貴族たちが君を迎え入れるはずだ。そうなったら、君は一躍、社交界の脚光の的だよ」
「もしそうなったら、丁重にお断りします」
「どうしてだ? 少なくとも母君と一緒に、トリナーム夫人の屋敷から出ていく算段が付くと言うのに」
彼は母親の現状が芳しくないことを承知の上で、わざとこう尋ねた。今なら、親子関係やダーレンとの関係を少しは話してくれるかもしれないと考えたからだ。
「盗みもしなくて済むじゃないか」
アランがさらに付けたす。
「――ひとまず、盗みはもう止めます。それは約束します」
「ほう? それは素晴らしい心掛けだ。しかし、些か疑問が残るな」
「どうしてです?」
「盗みを働く人間は、最初こそ反省するが、日にちが経つにつれ再犯する確率があがっていく。どうも、人は簡単には変わらないらしい」
「確かに変わるのは大変かもしれませんけど…… 私は絶対にしません」
「じゃあ、その心変わりは何がきっかけなんだ?」
「カメリアってお婆さんです」
「カメリアさんが……?」と、驚いてしまう。
彼女は頷いて、
「お母様のために…… いえ、生活のために盗みをしました。でも、カメリアって人が言ったように、お母様の名誉のためにも、やめておこうと思います。代わりに特務機関…… でしたか? そこで雇ってくださいませんか?」
「雇うだって?」
「はい。私、学も何もありません。社交界でうまくやっていく自信も全くありません。力だって男性よりも劣っています。だったら、あなた――…… すみません。殿下が認めてくれた特務機関としての能力を買って頂きたいです」
「いや、しかしだな…… 君はじきにベリンガールの貴族となるだろうし……」
「なぜ、そこまで確信が持てるのです?」
アランが、さすがに言い淀んだ。ここぞとばかりに、アーシェが話し始めた。
「最初は半信半疑だと言っていましたね? それが、今では完全に貴族扱いです。なぜ、私が貴族だと確信が持てるのです? 何か、その証拠でも得たのですか?」
少し間があいてから、「――心配なんだ」と言った。
「心配? 何がです?」
「君の話だと、母君は病気らしいじゃないか。薬を買うために、盗みを働いたりもしたのだろう?」
「…………」
「こう言うと、君は怒るかもしれない。だが、あえて言わせてもらうが…… 人の寿命は不平等だ。いつ死ぬか、誰が死ぬのか…… それらも含めて、未来のことは誰にも分からない。そうだろ?」
アーシェの唇がキュッと力む。
「勿論、君は全てを掛けて母君を看病するだろう。ある意味で、今のような極限の状況に置かれていても、君の母君に対する想いは揺るぎない。並みの兵隊よりも意志が強く、固いと思う。しかしそれは、裏を返せば『母への忠誠心』と言う『柱』があるから強くなっているに過ぎない。その柱はいつか必ず消えてしまう。そのとき、君がどうなってしまうのか容易に想像が付いてしまうんだ」
「そうでしょうか……?」
「ああ、君は絶対に何も保てなくなる。忠誠心や信仰心と言うのは、一種の弱さと表裏一体だ。君はまだ、自分の弱さに気付いていないように思える…… それが心配でならないんだ」
アランの言動には、得も言えぬ説得力があった。それを感じたアーシェは、何も言えず、黙ってしまう。
車輪が回り、蹄の音がまばらに流れる。窓から見える景色も流れる。景色の中で生活を営む人々の姿も流れていく。
「――特務機関の件だが」と、アランから口を開いた。「ひとまず、保留にさせてほしい。代わりに、警備兵や情報分析、事務方などの職はすぐに斡旋できる。君が盗みをしなくなるなら、安いものだ」
「お母様は……」
と、アーシェが始めてまともな返事をしてくれた。
「いつまで生きていてくれますか……?」
アランは一瞬、胸が苦しくなった。
この言葉を、もう少し早く引き出せていれば…… いや、母君はまだ大丈夫かもしれない。まだ、可能性は残されているはず。
「――直接会って、容体を診てみないと分からない。協力してくれたお礼に、我々が故意にしている医者を紹介しよう」
「本当ですか?」
「ああ。トリナーム夫人も、自分が虐げた相手がベリンガールの大貴族だと分かったら、何も言わなくなるだろう。我が国としても保護する大義名分が出来る。――とにかく、医者の件は任せてくれ」
「はい、ありがとうございます。協力なら、なんでもしますので」
と言って、アーシェが深々と頭を下げた。
それを見て、アランは一層の危機感と焦燥感を覚えた。
馬車が領事館の停留所に到着する。
車から降りた二人が、馭者をしてくれた捜査員にお礼を言い、屋敷の方へと歩いた。
すると、正面玄関の近くに鞄を持ったブロムナーと近衛騎士が立っていた。それを遠目に見つけたアランが、
「アーシェ」と、隣を歩く彼女へ言った。「すまないが、いつも通り応接室で待機していてくれ。近衛騎士が案内するだろう」
アーシェはしばし返事をせず、彼の横顔を見あげていると、アランがアーシェを見やる。
「一つだけ宜しいですか?」
アーシェがそう言って立ち止まる。だから、すぐにアランも立ち止まり、隣で自分を見あげている彼女を見降ろした。
「殿下は嘘や隠し事が下手すぎます。今度からは、気付かれないように騙してください」
アランが目を細める。
「何を隠し、どんな嘘をついているのか分かりませんけど、下手な嘘や隠し事は、暴いた上でやり返したい衝動を持たせてしまいます。王家の人間と言うなら、お気を付けください」
「――そうだな、気を付けるよ。本当にすまない」
「あの……!」
「なんだ?」
「私に知られたくないことを隠していますよね?」
「隠してはいない。――対応していはいる」
「どんな対応です?」
「断っておくが、王冠の行方は追っていないし、トリナーム夫人や母君のことも、協力してもらってからは一切、探っていない。それは誓って本当のことだ。
しかし、今回の事件に関してはすでに報道機関や他所の人間に知られてしまってはいる。そう言う連中が、君や母君に関係する事柄を調べてまわって、根も葉も無い噂話を言ってきて、こちらを責付いてきたりすることもあるんだ」
「…………」
「とにかく行こう、アーシェ。二人が待っている」
アランがそう言って先を歩く。アーシェはその背中を、疑心暗鬼と少しばかりの苛立ちで見ていた。
アーシェと別れたアランは、ブロムナーと一緒に二階の執務室へと移動した。
部屋へ入るなり、机の上に積まれた新聞や情報誌が目に付く。
「やはり、人が集まるとこの手の娯楽商品も、多く集まるものだな」
「市民にとっては重要な情報源なのでしょう。真実かどうかはさておき」
「ひとまず、これらを処分してしまいたい。いいか?」
「私がやっておきます。火種をお借りしても?」
「暖炉の上にある」
「では、作業しながらご報告します」
「頼む」
こうして、ブロムナーが新聞や情報誌を燃やしながら、報道内容の真意と、他の情報も含めて話をし始めた。
「まず、殿下が近衛騎士に命じた株式会社の件ですが…… どうやらエルエッサムに拠点を構える、新興企業のようです」
「エルエッサム? 錬金関連の会社か?」
「ご明察です。会社名は『マードック』、錬金の素材となる『魔結晶』を採掘、輸出入しているようです」
――魔結晶。
それは今や、錬金術に欠かせぬ素材であり、エルエッサムの再興と言って良い発展を支えている、一大技術であった。
昔から『血赤の宝石』と呼ばれるほど赤黒く、勇者伝説にも登場する由緒ある鉱物でもある。
「いかにも流行に乗った会社だな」とアラン。
「ええ、全くです」
「――ただ、通常の錬金事業ならまだしも、なぜ魔結晶の採掘や輸出入の事業なんかを? 儲けとしては弱そうに思えるが……」
「その真意は、現段階では不明です。しかし、実に面白いことが判明しました」
アランが怪訝な顔で首を傾げた。
「こちら、近衛騎士が名簿から抜粋したと言う、会社の筆頭株主たちの名前です」
そう言って立ちあがり、暖炉から離れたブロムナーが、懐から折り畳んだ紙を取りだし、アランへ差し出す。彼はそれを受け取り、中身を読んだ。
「これは……」
ビリーだけではなく、エルエッサムの貴族や、ロンデロントの貴族が多く名を連ねていた。中でも目を引いたのは、ドロッカー、トリナーム、ネイドと言う名前である。
「確かに、今回の件の関係者が名を連ねているが…… これだけでは、単に出資先が被ったと言うだけにしか見えないぞ?」
「もっと見るべき点があります。ちゃんとご覧ください」
アランが訝しそうに、また名簿の名前を見ていった。
「ビリーが出資者なのはいいとして、他の人々は貴族や実業家…… いや、待て、これは……!」
どんどん、アランの表情が険しくなった。そして、ブロムナーを見やった。
「そうです」ブロムナーが眼鏡のブリッジ部分を押しあげる。「以前、私が報告した『冤罪による死刑』によって亡くなったと考えられる、ロンデロントの貴族や実業家の方々です」
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