17 ドロッカー邸(てい)への侵入計画
翌日。
応接室で顔を合わせたアランとアーシェ、ブロムナーは、そこで朝食を取りながら、昨日の話の続きをしていた。
話とは当然、アーシェがアランたちの諜報活動に協力するかどうかであり、結局、彼女はアランの予想通り協力すると答える。
なぜ協力しようと思ってくれたのか、その真意は分からないし、訊いてもいないが、ブロムナーが言うに、服役することで母親と離れる時間が増えるのを嫌ったのだろうと言った。
「最初から母親の件を話に出しておけば、余計な回り道をせずに済んだのですよ」
執務室から出ようと歩くブロムナーがこう付け足すから、アランは首を横に振って反論した。
「それだと、逆に拒否するはずだ。我々が約束を守ると思ってもらえない」
相変わらず二人は、こんな形でチクチクと言い合っていた。しかし同時に、ドラッカーの屋敷へ侵入するための準備も、着々と進められ、そうこうしているうちに二日後の午前まで時間が経っていた。
窓からの光で明るい廊下を歩いたアランが、応接室の扉の前で立ち止まり、ドアノブに手を掛ける。
部屋の中にはアーシェと見張りの近衛騎士がいて、二人とも昨日と同じところにいた。だから、アランもアーシェと対面する形で、彼女の向かいにある革の長椅子に座った。今回はブロムナーも隣に着席する。そうして彼は、持っていた鞄の中から、折り畳まれた大きめの紙を取りだし、広げて机の上に置いた。
紙には家の見取り図らしきものが、手書きで書かれてある。これは昨日、アーシェを連れてドロッカーの屋敷の外観を見たり、屋敷の中へ入ったことがある人物から情報を入手したり、建築に詳しい人間から構造を聞いたりして作った、どこにどの部屋があるのかを記載した見取り図だった。
「調査の結果」と、ブロムナー。「ドロッカーの寝室、それから執務室は二階にある可能性が高い。要するに、この領事館とそれほど構造は変わらないと言える」
「アル・ファーム系の貴族の屋敷は、大体がそう。大事な物も、大抵の場合は二階に置いてある」
アーシェが机の上の見取り図を見下ろしながら答えた。口調が変わっているのは協力し始めた直後からで、他人行儀では無くなったと考えられる一方で、二人に対して無関心に接していると言えなくも無さそうであった。
「やはり寝室か? 大事な物が置いてあるのは」
アランがそう言うと、少ししてからアーシェが、
「多分そう。だけど…… あなた方が欲しいものは、執務室にあると思います」
「なぜ執務室だと思う?」
ブロムナーが尋ねると、アーシェが彼を見やって、
「ドロッカーって人は多くの貴族に、鑑賞会の開催に賛成するよう署名を募ったのでしょう? その作業をしていたのは執務室か、応接室じゃない?」
「応接室ならありがたいな」とアラン。「一階にあるから、侵入しやすい」
「私は執務室だと思ってます。理由は、貴族と言う立ち位置で、あれだけたくさんの貴族たちを署名させるのは難しいと思うからです」
アランがブロムナーを見やる。彼は眼鏡を触っていた。
「――同感です」と彼が言った。「やはりドラッカーは、誰かと一緒に署名活動をおこなっていたと考えるべきですかね?」
「…………」
「亡くなったネイドさんは」と、アランがすぐ言った。「準男爵になり得る立場の人で、実業家だった。ロンデロントで育ったアーシェの方が詳しいだろうが、ここはまだ、爵位に対して強いこだわりを持っている。そして、他の地域や国と比べて経済的にうまくいっている方ではない。貴族と言えど実業家や投資家を無視することは出来ないだろう。
だからこそ、ネイドさんが隣にいたら、カルテンネスさんも無下には出来ず、署名に参加してくれた…… そう考えるのが妥当じゃないか?」
「まぁ、そうですかね……」
ブロムナーがまた眼鏡を触りつつ答える。どこか仕方なさそうに答えていたから、アーシェが臍を曲げないか冷や冷やしたが、表情を見るに、大丈夫そうではあった。
アランもブロムナーと同じく、本当はダーレンが関わっていると考えている。ただ、そうするとアーシェは協力を拒否するのが目に見えているから、このような曲解した見解を示していた。
「とにかく」とアーシェ。「あなたたちが欲しい物を探すなら、応接室か執務室がいいと思う」
「よし、じゃあ執務室と応接室を探そう。ブロムナーも異論は無いな?」
「寝室は一番最後の方が、色々と都合が良いと思うので、まずはそちらから当たるのは賛成です」
「寝室は都合が悪いのか……?」
「夜に忍び込めないし、昼なら呼び出す必要があるので」
「ああ…… そうだな、確かに」
「しっかりしてください、殿下。さすがにこの程度は読んで頂かないと」
アランが溜息を吐いた。そしてフッと、アーシェと目が合う。
「殿下も苦労してるんですね、この人に」
あまりにも唐突に、ハッキリと彼女が言うものだから、アランは笑いが込みあがった。無論、表に出すわけにはいかないから、若干下を向き、咳払いで誤魔化す。
「アーシェさん」と、ブロムナー。「苦労しているのは私の方です。そこは勘違いなさらないでほしい」
「そう? どっちもどっちに見える」
「――まぁ」と、顔をあげるアラン。「第三者の意見だ。互いに心に留めておこうじゃないか」
「同意しかねます」
ブロムナーがムッとした顔で言った。
「私は本職ですが、殿下は国王陛下やドラグナム殿下の計らいで特務機関にいるのですから」
その後、ドラッカーの屋敷に侵入するのは夜だと決まり、侵入経路も大方決まったとき、ノックが聞こえた。
『殿下』
近衛騎士の声だ。
『シェーン大司教がお見えです』
「大司教が……?」
そう言ったアランが、ブロムナーへ視線を送る。彼は首を傾げたあと、
「ああ、そう言えば」と、思い出した顔をした。「確か、バルバラント大聖堂で奉納祭がおこなわれる時期でしたね」
「今日から向かうのか?」
「そうでなければ、何かしら新しい発見があって、わざわざ知らせに来てくれたのかもしれませんが…… 個人的に、それは無いと思います」
「手紙か……」
ブロムナーが眼鏡を触り、
「待たせては悪いですし、少々休憩としましょう。――アーシェさんもそれで良いですか?」
「どっちでもいい」
「では、我々はここで待機しておきますので、大司教へよろしく言っておいてください」
「分かった。――二人とも、喧嘩するなよ?」
ブロムナーが肩をすくめ、アーシェが無表情でいるのを見届けたあと、アランが離席した。
近衛騎士がアランを連れていったのは、エントランスホールだった。そこには旅支度の服に身を包んだシェーンが立っている。
「殿下」と、シェーン。「少々早いのですが、今日、出発することになりました」
「そのようですね。しかし、急なことで…… 何かあったのですか?」
「王冠の一件もありましたし、無事に運び込むためにも、少々、早く出発しようとなりまして」
「なるほど。素晴らしい判断だと思います」
「――どうですか?」
シェーンが少し真剣な眼差しで尋ねる。アランは、何を言いたいのかすぐに分かったから、
「今のところ、順調に来ています。可能なら今日中に色々と分かるかと」
「そうですか…… くれぐれも、お気を付けください」
「俺たちは大丈夫です。こう見えても特務機関に所属している人間ですから。それより、大司教こそお気を付けください。今回はきっと、偽物の王冠ではないでしょうから」
「実は、ドラグナム殿下が直々に王冠を運ばれることになりましてね」
「えっ……!」
思ったより驚きが強かったのか、しばらくシェーンがニッコリと微笑んでから、
「運ぶと言っても、バルバラント大聖堂の近くまでご一緒するだけですが…… 心強いことです」
「ええ、まぁ…… 兄様は百戦錬磨ですから、何も心配する必要はありません。逆に、これ以上ない護衛ですよ」
「――そのドラグナム殿下から伝言を預かっております」
「…………」
「『油断せず、気を引き締めて事に当たるように。あと、ブロムナーと保護した少女をくれぐれも頼む』とのことです」
アランは頭をかいて、そっぽを向いた。
「父上と言い、相変わらず簡単に言ってくれる……」
「あなたには、あなたにしか出来ないことがたくさん、おありです。ドラグナム殿下も国王陛下も、あなたを信じていらっしゃる。当然、私やカメリアさんもですがね」
小恥ずかしくなったのか、アランがまたシェーンから顔をそむけた。
「あなたが真実に愛されるよう、祈っております。何かありましたら、帰国後にまた協力しますよ」
「え、ええ。そのときは遠慮なく頼らせて頂きます。――長旅ですからお体には気を付けて、ご自愛ください。俺もブロムナーも、あなたに救われたアーシェもそう願っています」
シェーンが手を差し出した。だからアランは、しっかりと握手で応えた。




