14 シェーン大司教との会話 その2
シェーンから署名状を受け取ったあと、王冠の鑑賞会について詳細を聞いたアランは、近くにあった紙と筆記用具を借りて、内容を簡単に記録した。
来館した貴族の名前を書き、鑑賞会の発起人の二人――ネイドとダーレン・トリナームの、当日の動きと、ネイドが殺害されるまでの流れも記載した。
アランやブロムナーが閲覧した裁判記録や調書には、殺人と同時刻に王冠も盗まれていたとあったが、シェーンの話を聞くに、本当は三十分以上の開きがある。その上、当日に参加していない役人や貴族の名前もあったから、アランは唸ったあと、
「やはり、裁判記録や調書には、納得のいかない不備がいくつもあると言わざるを得ない」
と、憤慨した。
「カメリアさんと大司教がおらず、もし、アーシェが死刑になっていたら、確実に迷宮入りになっていた……」
「他に聞きたいことはありますか?」シェーンが尋ねる。「私が知っている限りのことをお話し致します。今からでも、事件の調書は作れるでしょうから」
アランがペンを置き、机からシェーンの方へと向き直った。
「迎賓館で王冠の鑑賞会が開かれた経緯は、大体分かってきたので、次はネイドさんについてお訊きしても?」
「ええ、勿論」
「ネイドさんが、トリナーム夫人と一緒に王冠の鑑賞会の話を持ってきたとき、どんな様子でしたか?」
「いつも通りと言いますか、普通だったかと思われます。何かあったようには見えませんでした」
「――カメリアさんが言うに、ネイドさんは大司教に相談を持ち掛けたとか」
「ええ、相談があると言われました」
「いつ頃言われたのですか?」
「迎賓館に全員が集まったあとの、鑑賞会前の会食中です」
「二人きりで?」
「正確には立食形式でしたので、周りに何人もの貴族や役人がいました。場所は一階の広間で、形式的な挨拶をしたあと、会食が始まりました」
「その会食の最中、ネイドさんが呼んだか近付いてきたかで、話をすることになったわけですね?」
「左様です」
「話の内容は? 色々と言い辛いかもしれませんが、ぜひ正直に、包み隠さず話して頂きたい」
「その方が、ネイドさんも浮かばれるでしょう」
そう言って、シェーンが一呼吸おいてから続きを語った。
彼が言うには少し青ざめた顔で『大司教にどうしても話しておきたいことがある、鑑賞会が終わったら部屋へ来てほしい』と言う短い内容のものであった。
「何を話そうとしていたか、見当が付きますか?」
「いえ…… 私も突然のことでしたし、こちらが質問をする暇も無く立ち去らったので」
「う~ん……」と、アランが両腕を組む。
「少なくとも、自分が命を狙われていると言う自覚はあったようです。そして、私に何もかも話しておきたいと言っておられたのは…… おそらく、後ろめたいことがあってのことではと推測しています」
「後ろめたいこと?」
「ネイドさんはどうも、恐ろしいことに巻き込まれたか、自分で恐ろしいことをしてしまったのか…… とにかく、何かに怯えた様子でした。根拠があるわけではありませんが、私も立場上、様々な人と接する機会があります。昔は死刑の執行に立ちあったこともありました」
「…………」
「それらの経験と言いますか、勘と言いますか…… とにかく怯えていたように見えたのです」
シェーンが遠くを見つめるような表情でそう言うから、もっと早くに話を聞いてあげれば、と言う想いを持っているように感じられた。
「――では、ネイドさんが殺害されたときの話をお聞きしても?」
「彼を発見したのは、さっきも言いましたが、アデア様がお連れしたメイドです。彼女は住み込みのメイドらしく、カメリアさんが言うには至って普通のメイドらしいです」
「じゃあ、そのメイドが殺したとは考えていないわけですね?」
「そもそも私とカメリアさん、ネイドさん以外の人間は、調理場にいた人間を除くと全員が広間にいました。そして、調理場には複数の人間がいたので、誰がどこにいたかは随分と分かりやすいと言えます」
「調理場、広間、大司教の部屋、そしてネイドさんの部屋…… この四カ所にしか人はいなかったと言うわけですね?」
「あと、正面玄関を見張っていた衛兵二人ですかね」
「なるほど、屋敷の中にはいなかったが外にはいたと考えられますか」
「広間に大部分の人がいましたから、そこにいた人々は除外しても良いのではと思います。もし抜け出していたら、メイドか給仕係が見ていると思われます。部屋の出入り口に立っておりましたので」
「じゃあ、大司教やカメリアさんは、いつ頃に広間から出たのですか?」
「ネイドさんが殺される一時間前にはカメリアさんが。私はカメリアさんに呼ばれ、傍にいた給仕に王冠の準備をしてくると言付けて退室しました」
「では、そのときはまだネイドさんは広間に?」
「ええ。私もカメリアさんも見ています。丁度、我々が声を掛けた給仕に何か話していたので」
「その給仕、ネイドさんから何を言われたか覚えていると思いますか?」
「実は気になったカメリアさんが訊いておりまして…… 単純に飲み物を取ってくるように言われたそうです。あと、我々が部屋へ向かったどうか、それも尋ねていたようです」
「そうすると、お二人が広間から二階へ向かったのを知って、広間から一人で出たのでしょうかね?」
「別の給仕が言うには、そのようですね」
「なるほど……」と、顎をさすった。「ひょっとして、お二人が客室の部屋で何か話しておられるのを立ち聞きしていた可能性とか……?」
「まぁ、あり得るかもしれませんな。そのときにはもう、王冠は盗み出されたあとでしたし」
「偽物であることも、王冠が盗まれたことも、皆さんご存じなかったんですよね?」
「ええ。だからこそ、カメリアさんと協議していたわけで…… 結局、王冠に関しては教会からの持ち出しは原則禁止なので、それを皆さんに伝え、しかも、偽物とは言え盗まれてしまったことも正直に伝えようと言うことになり、一階の広間へ戻ったのです」
「そこでネイドさんがいないことに気付かれた?」
「正確には、私とカメリアさんが広間へ戻ったあと、貴族の方々が、そろそろ王冠を鑑賞することにしましょうと私に言ってきたのです。それで、全員が私の方を見てきたので、ネイドさんがいないことに気付きました」
「彼がどこへ行ったのか、周りの人に尋ねたのですね?」
「そうです。給仕が部屋へ戻ったはずだと言うので、じゃあ呼んできてもらおうとなり、私もカメリアさんも、ネイドさんが来てから王冠について話したいと言いました」
「それでメイドがネイドさんのところへ行き…… 喉を一突きされた遺体を発見、と言う流れですね?」
シェーンが深く頷く。
「メイド以外で、誰が部屋へ入られました?」
「ベレット様やアーケス様、どちらかだと思います」
「アーケスさんは確か、ロンデロントの警吏の副監督でしたか?」
「そうですね。若手の有望株だそうです」
「その方が現場の指揮を?」
「いえ、他の方です。確か総監督もおられたはずなので」
そう言えばとアランは思い返し、咳払いを一つ入れて誤魔化した。
「――失敬、少々失念していました。それで、総監督が直々に捜査をし、そのときに王冠が盗まれたことも伝えたわけですね?」
「偽物が用意されていたことにご立腹でしたが、カメリアさんがうまいこと収めてくれまして。結局、その日は全員を家に帰らせ、後日、事情聴取をおこなうと言うことで解散となりました」
「その日に話を聞かなかったのですか?」
「先にメイドや給仕、調理場にいた人間を聴取すると言ってましたね。あと、私とカメリアさんは王冠について訊きたいことがあると言われ、居残りました」
アランが唸りながら顎を触り、うつむいた。
「その後のことは、私には分かりません。ただ、カメリアさんが私に『王冠を盗んだ少女が殺人もおこなったと思うか?』と、質問してきたので…… 私は『そう思わない』と答えました」
「大司教も」と顔をあげる。「アーシェが殺人までしたとは思わなかったわけですか?」
「ええ。彼女が盗みに入ったのは随分と前だし、カメリアさんも仰っていましたが、『王冠の窃盗とネイドさんの殺害、両方が目的だったら、目の前にいた自分も撃ち殺しているはずだ』と言うので、至極、ごもっともだと思いましてね」
「確かに…… 目撃者を残しておくなんて、危険でしかない……」
アランがまた、顔をうつむけた。
その真剣に悩む顔を見ていたシェーンが、
「殿下」と呼びかける。「もし、彼女がネイドさんの捜査に協力するなら、ぜひ、王冠の窃盗は不問にしてあげてほしい。偽物だったわけだし、一度は絞首台の上に立っている。他に余罪がある場合、彼女を更生させる方向で処罰をすべきです」
「――そう思う理由はなんですか?」
「彼女は、自身の保身や安全よりも、相手の命を取った。カメリアさんに見つかったなら、王冠を捨てて逃げるか、殺して口封じをする選択肢もあったにも関わらず、撃ったりせずに王冠を持ち去った……
これは、正気の人間がやることではありません。彼女はある意味で悪魔に取りつかれていると言ってよい。その悪魔から彼女を救うには、殿下のような自由のきく身分の人でなければ難しい……」
いつも温和で冷静なシェーンが、驚くほど真剣な眼差しでアランに語り掛けていた。どうやら彼は、立場が立場なため中立な発言をしてきていたが、心の底ではアーシェの状況を察しており、救いたいと願っているようだ。
少しの沈黙のあと、
「俺もそうしたいと思ってます。しかし…… 今のままだと限界があります。彼女はおそらく、トリナーム夫人を庇っていて証言をはぐらかし、俺の顔色を見て発言をコロコロと変えています。このままだと真相に到達することが出来ないんじゃないかと危惧するくらいです」
「うむ……」
相槌を打ったシェーンが、しばらく黙りこんだあと、聞き取れないくらいの声量で何かを呟いていた。何かしらの考えを組み立てているらしい。
「――殿下。この際ですから、こう考えてはどうでしょう? 特務機関は諜報活動もおこなうことがあると聞きました。それが本当かどうか、私には分かりません。しかし、諜報活動をすることがあると言うことは、時には敵陣の中へ飛びこみ、何かしらの情報を引っこ抜いてくる、と言うことでもあるのでは?」
アランが首を傾げ、片眉をあげた。
「善業とは、根本的に自己満足です。施すのが好きな人であっても、施されるのをこの上なく嫌う人もいます。同じように、何かを作るのが好きな人へ、車輪の再発明は無意味だと諭しても無駄です。神はそのようなチグハグな人も、いたく愛するもの。
捜査だってきっと、通常の捜査をするだけでは見つからない諸々の事柄も、時には自分の信念に従って相手の懐深くに潜りこみ、捜査する…… こういう行動も必要だったりするのでは無いでしょうか?」
「えっと…… それはつまり……?」
「アーシェさんだって、本心ではきっと心配が尽きないはず。その心配事が、トリナーム夫人や母親にあると言うなら、いきなりトリナーム夫人や母親の情報を引き出すのは難しいことでしょう。
でしたら、まずは外堀や二ノ丸、三ノ丸に位置するような人間、または他の場所を攻め落とすのが定石ではないですか? そちらなら頑なな敵兵も、協力してくれるかもしれませんよ? 王冠の盗人は、カメリアさんも脱帽するほど鮮やかだったそうですから。きっと、相手の懐に深く潜りこむ術に長けていると思います」
アランはポカンと呆気にとられた顔で話を聞いていたが、次第にシェーンの言いたいことを理解してきて、最後には驚いた顔で彼を見ていた。
一方のシェーンは、いつも通りの温和な表情に戻っていて、
「昨日の敵は今日の味方…… 彼女が今一番、心配している事柄を考えて、その心配事を取り除くために協力してあげるのです。そうして殿下は殿下で、必要な情報を収集する…… 互いの目的が達成されますから、互いに幸せになります。そうでしょう?」
アランが固唾を飲んで、「な、なるほど……?」と呟く。
「今でこそ落ちつきましたがね、それこそ若い頃のカメリアさんは歌声とは真逆の、お転婆な女性でしてね。亡くなった夫も諸突猛進な人で…… 真実を愛するお二人に何度ハラハラさせられたことか…… いやはや懐かしいものです」
と、大司教のシェーンは懐かしむような笑顔で語っていた。