13 シェーン大司教との会話 その1
アランとブロムナーを乗せた馬車が、トリナーム家の屋敷の前に到着した。
屋敷は年季が入っており、大きくなく、手入れもそこまで行き届いていないのか、庭などの草木が少し背を伸ばしていた。
下車した二人が、近くで監視をしていた捜査員に話しかけ、ダーレン・トリナームの動きを報告してもらった。
捜査員が言うには、朝一でやって来た馬車に乗って外出したらしく、あとを付けた別の捜査員の報告によると、他国から来る貴族や富豪のための宿泊施設だと言う。
「どういうことだ?」
アランがブロムナーへ言った。
彼は眉根を人差し指の第二関節で小突いて、何かを考えていた。
「やはり」とアラン。「何か後ろめたい事実があって国外逃亡か……? いや、それだとすでに、エルエッサムかケーストンへ向かっているはず……」
「――殿下。今ならラニータさんと接触できるかもしれない。一度、屋敷に行ってみましょう」
同意したアランは、捜査員をその場に待機させ、ブロムナーと一緒に屋敷の正面玄関へと向かった。
屋敷は静まり返っており、窓には全て鎧戸がされてある。どう見ても留守にしか見えないが……
「すみません!」
ブロムナーが声を張って、扉を何度か打ち鳴らす。が、誰の声も気配もしない。
互いに顔を見合わせ、
「裏庭へ行きますか?」
と、ブロムナーが言うと、アランは首を横へ振り、
「駄目だ、不法侵入になる」と答えた。「夜ならまだしも、今は昼で、人に見られるぞ?」
「見られたところで、こちらは特務機関です。警備兵や衛兵に事情を説明すれば事が済みますが……」
「ひとまず、捜査員のところへ戻ろう」
ブロムナーが両肩をすくめた。
こうして二人は、捜査員のところへ戻り、今後のことについて話し合うこととなる。
ある程度、話がまとまると、ブロムナーが捜査員の方を向いて、
「君は」と言った。「引き続き、屋敷の監視をしてほしい。おそらく庭の小屋にラニータさんがいるはずですし、他の人間が屋敷内に残っている可能性もあるから、気は抜かないように。あとで人員も増やすから、合流してほしい」
「了解です」
「俺たちは?」とアラン。
「殿下はシェーン大司教に話を聞いてみてください。私は宿泊施設へ行って、可能なら夫人と話をしてみます。――仮に、夫人が事件に関与しているなら、アーシェさんがまだ生きている情報をつかんでいる可能性があります。他にも色々と知っているかもしれませんし、少々、突っついてみます」
「やり過ぎて、蜂の大群を呼び寄せるなよ? いくら特務機関と言っても、相手はロンデロントの古参貴族…… ごねられると面倒なことになる」
「百も承知です。そもそも、アーシェさんを引き取るとき、すでに法務局や自治区議員の何人かと話しあいをしてますから。それから、田舎の面倒な権力者とのやり取りには慣れております」
「最後のは余計だぞ……」
「おっと失礼。つい本音が」
アランが溜息まじりに「大丈夫か?」とまた尋ねたから、ブロムナーは再度、大丈夫だと告げて、
「殿下こそ」
と続けた。
「シェーン大司教に遠慮して、質問を引き下げるような真似はなさらないでくださいよ? 相手が誰であろうと、特務機関の人間なら踏みこむ必要があります」
アランは分かっていると返し、適当な馬車を捕まえに向かったブロムナーと、監視のために残る捜査員に別れを告げ、乗ってきた馬車に戻って、馭者にロンデロント教会へ向かうよう指示した。
教会は、迎賓館がある教区内の中心にあった。だから、来た道を引き返すように辿って、迎賓館がある端の方ではなく中心へと向かう。一つの大きな尖塔を囲むように、小尖塔が四つ建っていて、他に高い建物が無かったから遠目でも分かりやすかった。
さほど時間も掛からずに、教会の正面に到着する。
幅広の階段をあがって、大きな両扉の両側に衛兵が立っていたから、シェーン大司教に会いに来たことを告げて、中へ案内してもらった。
「ここでしばらくお待ちください」
衛兵が一礼しながら言って、身廊の先の脇にある扉をあけて姿を消した。
久しぶりに教会に来たのもあって、アランが周りの彫刻やステンドグラスを見渡していると、
「お待たせ致しました」
と、老人の声が響いた。
「シェーン大司教、お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりです。しばらく見ないあいだに、随分と大人になりましたな」
二人は握手を交わした。
「殿下が来られた理由…… なんとなく察しております」
そう言って彼は、アランを導くように歩きだし、
「どうぞこちらへ」と言った。
だから、アランは彼について歩いた。
教会内の小部屋に案内されたアランは、シェーンに近くの木製の椅子へ座るよう勧められたから、彼と向かい合うように座った。部屋は簡素な準備室のようで、机にはいくつかの本や筆記用具が置いてあった。
「このような場所で申し訳ありません、殿下」
「お気遣い、感謝します。それより……」
と言って、アランが少し身を乗り出した。
「大司教に訊きたいことがたくさんあります」
「存じております」
「お話の前に一つ。――カメリアさんから伝言を預かっています」
「ほう? なんでしょうか」
「『無茶はすべきではない』とのことです」
シェーンが笑って、「お互い様だが、心に留めておきます」と答えた。
「あと、監獄所の一件、感謝しております。偶然でしょうが助かりました」
「そうですか。何があったかは知りませんが、お役に立てていたのなら幸いです」
「それで…… まずは王冠についてお訊きします」
「ええ、どうぞ」
「情報によりますと、急に王冠の鑑賞会が決まったそうですが…… 事実ですか?」
「はい。鑑賞会が開かれる三日前ですね」
「誰から提案されました?」
「ドロッカーさんはご存じですか?」
「確か…… 自治区の司法官の一人ですよね?」
「そうです。彼が鑑賞会の企画をなさったと伺っています」
「伺った……? ドロッカーさんから、企画内容を聞かされたわけでは無いのですか?」
「実はこの話を直接、私にしてきたのは、ネイドさんとトリナーム夫人なんです」
「えっ? 二人が?」
「関連性は不明ですが、お二人がやって来て、鑑賞会の企画の話を持ってきたんです。そのとき、この企画自体はドロッカーさんが考えたと……」
――妙な取りあわせだ。
「ネイドさんとトリナーム夫人は、鑑賞会に参加すると言う貴族や有力者の方々の署名状を持ってきまして、当日の鑑賞会には、二十数人ほどが賛成なされていたようです」
「かなりの数ですが…… 全ての方々を確認、なんて言うのはしていませんよね?」
「残念ながら。一応、何人かはこちらで直接、あるいは手紙で訊いてみました。その範囲の限りだと、ご本人が署名なさったのは間違いなさそうです」
「たとえば、どのような方が署名なされていました?」
「自治区長を務めるカルテンネス侯爵や、アーカム伯爵などです」
アランが驚いた。そのあと、
「大変、失礼なことをお訊きしますが……」と続けた。「今ではあまり意味が無いとは言え、それでも、侯爵などの方々をドロッカーが集め、署名をさせると言うのは…… なんだか奇妙に思えます」
「ええ、そうですね。特にロンデロントは、今でも爵位に固執している地域の一つと言えるでしょうし。
ただ、当時の私の考えは、トリナーム夫人やドロッカーが仲介に入ったのではと考えていました」
――なるほど。
古参貴族であるトリナーム家の言葉なら、他の爵位の人たちも耳を傾ける可能性は高い……
「結果的に鑑賞会が開かれたわけですが、どうして、そんな会を開こうとなったのです? ドロッカーや他の二人から、経緯くらいは聞いたんですよね?」
「勿論。ネイドさんが言うには、毎年、貴族たちは教会へ寄付をしている…… だったら、勇者伝説で名高い国宝を、間近で鑑賞するくらいの権利はあるのでは? と言う話を皆にし、賛同してもらったとのことでした」
「寄付は任意ですよね? 権利がどうと言い始めると、単に見返りを得るための投資になりそうなのですが……」
「その通りです。しかし、ロンデロントはアル・ファームの各地区とは少々異なる文化を持っていて、エルエッサムやベリンガール、ケーストンの影響を強く受けています。
そのせい、とは言い切れませんが、寄付の金額が貴族の力の象徴の一つと言うところもありました。そして、我々教会の方はその寄付合戦で助かっていたと言う側面もある…… 言うなれば、奇妙なとも存関係があったわけです」
「確かに奇妙極まりないですね」
シェーンが苦笑い、
「無論、このような昔の慣習は廃れつつあって、若い方々の中には寄付を拒否するところもあります。我々としては苦しいが、しかし、それも自由の一つなわけですから、仕方の無いことではあります」
「教会も、何か仕事を見つけねばならない時代ですね」
「何を隠そう、若い頃の私もそう思っていたので、各地での説法の他に、教会でしか作成できないものを作って販売する、と言うことをしたことがあります。結果的には、教会に関わる物販作成は良くないとなり、今は農作物や加工食品などの販売に切り替えてます」
「まぁ…… 神様の効力や免罪があると言う代物を、何も考えず量産して売るのは、偽札を刷ってばら撒くのに近いことかもしれませんね」
「若気の至りですな。無知は幸福である一方、不幸の元にもなりかねない危険な状態と言うことですよ」
「肝に銘じておきます」
「ええ、ぜひ。――とにかくそう言う理由から、私もネイドさんやトリナーム夫人の言うことを強く拒否できず、鑑賞会を受けるか否か迷っていました」
「そこへ、カメリアさんが引っ越しの挨拶のために現れたと?」
シェーンが頷いた。
「ところで、トリナーム夫人はなぜ欠席を?」
「調書や裁判記録はご覧になられましたか?」
「一通り確認はしました」
「では、繰り返しになるかもしれませんが…… 開催の当日、急用が入って欠席すると言う手紙を私へ送ってきました。ちなみに、その手紙は司法機関へ提出してあります」
裁判記録などを確認したとき、その手紙も証拠の一つとしてあったのをアランは思い出した。
手紙と、エルエッサムからの客人と会っていたと言う警備兵――アーシェを逮捕しに来た衛兵たちの証言があったからこそ、夫人の不在証明が成立した。しかし、今思い返してみると、参加した客人の詳細は不明だし、警備兵の証言だけが唯一のものとなっていた。ブロムナーが杜撰だと言ったのも無理はない。
「単刀直入に訊きます。トリナーム夫人はネイドさん殺害や王冠の窃盗に関わっていると思われますか?」
「いや…… 私にはそう思えませんな。どうしてそうお思いで?」
怪訝な顔で答えるシェーンを見て、アランが背中を後ろへ倒し、
「カメリアさんが、そのように考えておられるようで……」
と言うと、シェーンはますます困惑した顔で、
「さすがと言うべきか…… しかし、普通なら見当も付かない根拠を元にしているのでしょうな」と答えた。
見当が付かないのはアランもだったし、カメリアを信じると公言し、頭ではそう思っていても、本心は半信半疑だったのもあってか、
「本人も、想像上だと何度も注意していましたね」と答えてしまう。
「しかし」アランが続ける。「あの方が言う想像も馬鹿に出来ないと言いますか…… 確か、王冠を偽物にしようと言ったのはカメリアさんでしたよね?」
「ええ。鑑賞会の目的もよく分からないし、あまりも急すぎて危なっかしいと言われて。この辺りはさすがと言うしかありませんよ」
「同感です。見習いたいものです。――それで、繰り返しになってしまいますが、ネイドさん殺害のときの状況や流れを教えてもらえますか? 記録には残っていますが、本人の口から聞きたいと思いまして」
「構いませんよ」
シェーンはそう言って、姿勢を正してから話を続けた。
「王冠を一階へ持っていく時間になったときです。二階へ行って、自室へ戻りました。そのときはカメリアさんが見張っていると言って聞かなかったもので、私だけで貴族の皆様のお相手をしてまして……」
「大司教が二階の自室へ行ったときには、すでにカメリアさんは、窃盗犯…… アーシェと言う女性なのですが、その女性と出会っていたんですよね?」
「そのはずです。私とカメリアさんが少し話をして、王冠が盗まれたことをどう説明すべきか、案を出し合っていたとき、悲鳴が聞こえました」
「迎賓館で働くメイドと聞きました」
「ええ。言うなれば臨時雇いのメイドです。今回はアデア様がメイドや給仕を用意してくださいました」
「今度の自治総裁候補の一人まで来ていたんですね」
「――その辺りの情報は、ご存じないのですか?」
「実は、裁判記録などが杜撰で、色々な情報が抜けています。どうにもアーシェと言う女性を死刑にしたくてたまらない連中がいるようで」
シェーンの目が細くなった。彼はさっきよりも幾分か尊厳のある低い声音で、
「おそろしいことだ…… 同じ人間とは思えぬ所業です」
「全くの同感です」
「役に立つか分かりませんが、保管してある署名状をお渡しします。それから、当日に参加された方のお名前もお教えしましょう」
「署名状をお持ちなのですか?」
「ええ。駆けつけた警備兵に渡そうとしたら、証拠になりそうないから不要だと言われまして」
――全くもって、杜撰極まりない。
アランは憤慨しながらも、「ぜひ、預からせてください。立派な証拠の一つになりますから。勿論、当日の参加者の名前もお願いします」と答えた。