表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/63

12  ブロムナーとの会話

 馬車へ戻ったアランが、待たせていた二人の近衛(このえ)騎士に対し、一人は自分と一緒に行動し、もう一人はアーシェを領事館の客室に連れていくよう命じた。


 珍しく強い言い方だったのと、今は従うしかないと思ったのか、アーシェが大人しく馬車へと乗りこみ、監視役の近衛(このえ)騎士とともに領事館へと帰っていく。

 それを見送ったアランは、玄関まで見送りに来ていたカメリアに別れを告げ、もう一人の近衛(このえ)騎士と一緒に役所――法務局へと向かった。



 法務局は迎賓(げいひん)館からさほど離れておらず、町の中心部から少しだけ離れたところにある。十数分ほど馬車に揺られていると、車が減速し、やがて停車した。

 先に降りた近衛(このえ)騎士が、


「殿下、ブロムナーさんの馬車が止まっています」と言った。

「なんだって?」


 アランが外へ出ると、自分が乗ってきた馬車の前方に、特務機関が使う馬車が止まっていた。誰がどの馬車を使うかは、車体の前後左右に付いている小さな印と色で分かる。三角形に白はブロムナーが乗る馬車だった。


「何をしに……?」


 アランが自然と(つぶや)いていると、法務局からブロムナーが出てくるのが見えた。


「ブロムナー!」と言って、彼の元へ駆けよる。「お前、ここで何をしている?」

「殿下こそ、いったい何をしに?」

「ちょっと調べたいことがあってな……」

「カメリアさんに言われたわけですか」


 間違いでは無いから、「ああ」と答えた。


「あの犯罪者はどこです?」

「アーシェのことか?」

「それ以外にいませんが?」

「だったら名前で呼べ。いくらなんでも無礼だぞ」

「窃盗犯である可能性は否定できたのですか?」

「そう言う問題ではない。被疑者なら何をしてもいいわけじゃないだろ? 王家直属の機関に属している自覚があるなら、注意しろ。兄でも父でも、その手の無礼は許さんぞ」


 少し間があいてから(ため)息を()き、


「彼女はどこへ?」と、仕方なさそうに尋ねなおした。

近衛(このえ)騎士と一緒に領事館へ帰らせた」

「では、殿下は何をしにここへ?」

「ホザー・トリナーム(はく)爵が残した遺言(ゆいごん)状を閲覧しに。――お前は?」

「諸々の用事で出入国の管理局へ行きまして、そのついで…… と言うわけではありませんが、遺言(ゆいごん)状と財産状況の確認をしに来ました」


「財産状況?」

「はい。金銭に困って夫人が犯行に及んだと言うなら、ホザー・トリナーム(はく)爵の遺産が底をついていると思いまして」

「どうだった?」

「ビックリするほど、手を付けていませんでした。財務状況も健全そのもののようです」

「なら、遺言(ゆいごん)状の内容は? もう見たのか?」


「いえ」と言って、眼鏡(めがね)を触る。「見ておりません」

「は……?」

「正確に言うなら、紛失されたそうなので見ていません」

「紛失? 遺言(ゆいごん)状をか?」


 アランが驚きながら声をあげる。それで、通行人が彼に目をやりながら歩いていた。


「――どういうことだ?」と声量を落とす。

「そのままの意味です」

「紛失って…… 遺言(ゆいごん)状だぞ? 管理の仕方に問題でもあったのか?」

「いえ、問題は無さそうでした。おそらく、何者かが侵入して抜き取ったのではないかと」


「抜き取った……? じゃあ、盗まれた?」

「そう言うことになるでしょうね、今のところ」

「いつ頃、盗まれたか分かるか?」

「残念ながら、全くの不明です。ひょっとすると十年以上も前かもしれません。遺言(ゆいごん)状の確認なんて、数年もすれば滅多にありませんから」


 アランが(あご)をさすりながら、


「どういうことだ? いったい誰が……?」

「私は大体、目星を付けております」

「――教えてくれ」

「カメリアさんは、その辺りのことは何も言わなかったのですか?」

「盗難されているなんて想像しないだろう、普通は。指示役や黒幕は色々と心当たりがありそうだったが……」


 突然、法務局に入ろうと男性が近付いてくる。二人は離れるように移動し、建物に入る男性を見送りつつ、自然と馬車の方へと移動していた。


「ここからは移動しながら、互いの情報をすり合わせましょう」

「賛成だ」


 こうして、ブロムナーが乗ってきた馬車は近衛(このえ)騎士に任せ、二人はアランが乗ってきた馬車へと乗り込んだ。

 馭者(ぎょしゃ)が馬を走らせると、車輪が回って車が動く。

 アランの提案で、目的地はダーレン・トリナームの屋敷の近くとなった。


「やはり」とブロムナー。「トリナーム夫人が犯人だと(にら)んでいたわけですか」

「確証は無い。――が、そう考えるのが人情の観点から自然だろうと。俺としては、遺言(ゆいごん)状が消えている時点でかなり正解に近付いたと思っている」


「犯人かどうかはさておき、他は珍しく同感です」

「あとは、トリナーム夫人とアーシェの母君との関係も含め、具体的にどうなっているのか把握する必要がある」

「それでしたらご安心を。私の方で調べておきました」

「――そっちも、話す必要が無いからずっと黙っていたのか?」


「殿下がカメリアさんのところへ向かったので、私は私で調査をしていただけのこと。増援も欲しかったので、その話も通す一環で、ついでに法務局の遺言(ゆいごん)状と遺産状況を確認しに行っただけです。気になるのなら、今までの経緯を全てお話しますが?」

「じゃあ、教えてくれ」


 ブロムナーが眼鏡(めがね)の縁の位置を、指で調節してから、


「まず始めに、アーシェさんの母親…… ラニータさんが、レイナック家の人間かどうかですが、現在、部下に調査を任せています。ベリンガールとの情報のすり合わせも必要ですので、報告は早くとも明後日(あさって)の昼過ぎ以降になりそうです。

 それから、アーシェさんと同じような事例…… 要するに、不自然な死刑判決が無いかの調査もしました」


「どうだった?」


「多分に私の法解釈と判断が入っている前提ですが、今回のような死刑判決がいくつかあったと判断しています。判決に至る記録も尋問の調書も杜撰(ずさん)な上、裁判を担当した司法官や保証人の何人かはすでに退職していたり、死亡しています。無論、全てを今回の事件と結びつけるのは早計ですが、事例として考えた場合、偶然と言うには奇妙だと言えそうです」


「どうなってるんだ、この町の司法関係者は……!」


「嘆いたり(いきどお)るのは簡単ですが、ある意味では不可抗力的に手を染めてしまったとも言えます。秋革命後は、それこそ経済や産業の構造が大きく変わりましたからね。

 古い産業と貴族の利権が残るロンデロントは、貧しい人が多い。加えて、先の秋革命で一部をベリンガールに占拠され、エルエッサムやアル・ファームとの戦いの場にもなった。孤児はもちろんのこと、アーシェさんのような人は、我々が把握しているよりもずっと数が多いと考えるべきでしょう」


「だが、(えん)罪の(ほう)助なら犯罪に違いない。場合によっては情状(しゃく)量の余地はあるかもしれんが…… まぁ、その件は今後、改めて捜査するとして…… とにかく、大きな組織が動いていると言って良さそうだな?」


「ここまで来ると、ほぼ確実でしょう。我々の追ってる組織かはさておき」

「具体的に、どのくらいの件数が該当しているんだ?」

「先ほども言ったように私見混じりですが、ここ三年で、おそらく十人はよく分からない判決で絞首刑となっています」


「十人……!?」

「落ち着いてください、殿下。由々しき事態で(いきどお)りたくなるのは同感ですが、今は目の前のことに集中しましょう」

「――すまん、続けてくれ」と、大きく深呼吸をしてから、アランが言った。


「過去の十人を調べるのは、時間が()ちすぎているので無駄足になると思われます。やはり、直近のアーシェさんを集中的に調査すべきです。そして、彼女の王冠窃盗の裏にある、ネイドの殺人も」


「そちらは少々、面白い話を聞いた」

「なんです?」と、少し身を乗り出すブロムナー。

「シェーン大司教の話では、鑑賞会自体が急な開催だったらしい」

「ほう?」


「それから、ネイドさんは王冠の鑑賞会があった当日、シェーン大司教に相談したいことがあると告げていたらしい。もしそれが原因で殺されたとすると、当日の鑑賞会に集まった貴族や司教、関係者たち…… 誰もが容疑者の一人となり得る」


 ブロムナーが(ため)息を()いた。珍しく不満()な顔で、


「カメリアさんは、いつも人が悪い。そう言うことなら、さっさと教えてほしかったものですね」

「俺たちに手紙を送ったあとに分かったことだろうな。たとえば…… シェーン大司教が監獄所へ行ったのを察知して、止めに行ったときとか」


「やはり監獄所へ行ったのですね、大司教は」

「彼のお陰で、アーシェは救われた。俺たちも無駄足にならず、今回の(えん)罪事件に対して大きく前進できた。そうだろ?」


 馬車の音が、しばらく車内を支配した。


「少なくとも」と、ブロムナーが沈黙を破る。「我々に見つからないよう帰宅する必要は無かったのでは?」

「それはシェーン大司教に直接言ってくれ。――多分だが、余計な会話で時間を取らせたく無かったのかもな」


「まぁ、いいでしょう。鑑賞会がどのような経緯で提案され、ネイドが大司教に何を相談しようとしていたのか…… トリナーム夫人の屋敷の次に、調べに向かうべきです」

「賛成だ」


 ブロムナーがジッとアランを見やるから、


「なんだ?」と尋ねると、

「今回は珍しく、意見が合ましたね」


 と、ブロムナーが言った。

 アランは苦笑い、


「前にも言っただろ? 俺は犯罪組織を取り締まるために特務機関にいる。お前もそうだ。方向性が一致しているなら、協力し合うのが当然だろ? アーシェを死刑台から助けに向かったときもそうだったしな」


 ブロムナーは納得しかねると言った顔で眉をひそめ、両肩をすくめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ